第32話 再会

 窓際の実験台の上に、月明かりに照らされた男女のシルエットが浮かび上がる。二人は実験台の上で絡み合っている。

「……んっ……はぁ……っ」

 生々しい息づかいが聞こえてくる。

 こんなところでなにをしているんだろう。

 男の手が女の太股を撫でる。

「あ……っ、ふ……ん……」

 二人の顔が近づき、粘度のある水音が鳴る。顔の角度を変えて何度も、何度も音が鳴る。

 男が顔を下へと滑らせて首で止まる。

「んん……っ、そこ、だめ……っ」

 女から時折上がる艶っぽい声に、覚えがある。

 あれは……詩歩しほ、じゃないだろうか。

 カラーン。

 耳の上に乗せていた鉛筆が廊下に落ちた。

「うわ、やば……っ」

「詩歩ちゃん、壁作って」

 聞き覚えのある声のすぐ後に、何度も聴いた詩歩の歌が聞こえる。

 詩歩たちと俺たちの間に、見えない膜が降りる。

 パンッ!

 乾いた音と煙のにおいがすぐ傍からして、横を見るとあかりが拳銃を構えて発砲した後だった。

 はっとして、詩歩たちの方を見たが、誰も傷ついた様子はない。

「……銃弾も通さないとは、先に試しておくべきでした」

 灯は拳銃を構えたポーズのまま、動かない。

「……え……ど、どうしたんだよ……詩歩がいるんだぞ……? なんで銃なんて」

正ヶ峯しょうがみねもいます」

 目を凝らして見ると、確かに弥凪やなぎだ。

「なんで見つかっちゃうかな~? いいトコだったのに」

「手を上げてください」

 銃口を向けられている弥凪は灯には従わずに笑う。

「はは、なんで? どうせ当たんないのに。ってゆーか、刑事サンと一緒にいるってことは、やっぱ深月みつきちゃんってそっち側なのか~! やだな~、ショックすぎ~」

 俺は、この状況に頭がついていかない。

 一体、何が起きているんだ。

 どうして詩歩が弥凪と一緒にいるんだ。

 どうして詩歩はこっちに来ないんだ。

 どうして詩歩は何も言わないんだ。

「深月、自分の後ろに下がってください」

「ま、待てって。詩歩、そいつは危ない奴なんだ。一緒にいちゃいけない」

 前に出て詩歩に呼びかけるが、どうしてか灯にコートを捕まれて強制的に下がらされる。

「深月、下がって」

「なんでだよ……詩歩がいるんだぞ。助けないと」

舟木ふなきのアパートに張り込むという情報を流したのはあなたですか」

 灯の銃口は弥凪に向いたまま、顔だけが詩歩の方を向く。

 なにを言っているんだ、灯は。詩歩は俺たちの仲間だ。あの時詩歩だって一緒にいただろう。どうしてそんなことを言うんだ。

「……そうだよ」

 詩歩の声が肯定した。

「灯ちゃんは、いつから私のことを疑ってたの?」

「自分は詩歩のことを信じていました。そうあってほしくないと考えた可能性が実現して非常に残念です」

 嘘だ。

 詩歩が俺たちを裏切っていたなんて、そんなの、嘘だ。

 あんなに過去の行いを悔いて、二度と繰り返さないと強く言い切った詩歩が、どうして、よりによって犯罪者の弥凪と一緒にいるんだ。

「詩歩、どうして……」

真野まのさんだって、知ってるでしょ……私が怖がりなの」

「知ってる……怖がりなのは、よく知ってる」

「じゃあ、わかってよ。怖いのはもうたくさんなんだ、私。気付いたの。怖いことをする側になれば、私はもう怖くないんだって」

 なにを言っているんだ。

 じゃあ詩歩は、弥凪のことも全部知っていて今ここにいるのか。

 犯罪者は許せないと言ったあの正義の言葉は、嘘だったのか。

 遠くから誰かの笑い声が聞こえる。

 弥凪が窓に向かった。

「頃合いだ。詩歩ちゃん、行くよ」

「……うん」

 詩歩に駆け寄るが、遮断膜に当たってそれ以上近寄れない。

「詩歩! なんでだよ……? どうして、そんな……」

 透明な何かに阻まれて、ただただ空気を叩く。

 先に窓を出た弥凪が詩歩の手を引いて窓の外へ連れ出す。

 灯に腕を捕まれた。

「深月、向こうから回り込みましょう」

 廊下は空気に押し戻されることなく進める。

 来た道を戻って、玄関から出るしかない。

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