第31話 柚の話
「
「詩歩はひとりで出て行ったのか?」
「そのようです」
「……灯が詩歩のことも気にかけてくれててよかった」
「詩歩を勧誘したのは自分なので、責任を感じないでもありません。それに、詩歩の失踪は損壊事件と全くの無関係とも言い切れません。そう思っていたのですが」
詩歩がひとりで出て行ったということは、事件に巻き込まれたわけではなく、家出、ということだろうか。
「証言によると、詩歩は
「ああ」
灯に先導してもらって町の中心部から離れる。
「
灯のことだ。弥凪のこともしっかり追っているんだろう。俺も俺で、死体を冒涜するような行為をしていた弥凪は許せないが、そっちは灯に任せるべきだ。俺は詩歩を優先したい。
「そうか」
店員同士の仲が良さそうだったから、あの店に長く勤めているのかと思っていた。
「
「えっ」
「各地を転々としていて住居が定まっていないところが。一カ所に留まりたくないのか、各所で問題でも起こしているのかわかりませんが」
「……俺は別に問題を起こして転々としているわけじゃないからな」
「わかっています」
急に灯が立ち止まる。
建物や街灯で賑やかな町中とは違って、遠くが見通せるほど建物が少ない。街灯も少ないから今は見通せはしないが。
「ここから先はどこへ行ったのかわかりません。詩歩らしき人物を見た、という証言はここで途絶えています」
暗くてよくわからないが、道の先には工場らしき建物や何かの施設らしきものが見える。
「なにか手がかりがあればいいのですが……しらみ潰しに近くの工場から入ってみましょうか……?」
詩歩が事件に巻き込まれたのなら、暗がりとか、人目に付かないところとか、そういうところが怪しいと思って探していたけど……詩歩が自分で向かったなら、詩歩に縁のある場所なんじゃないだろうか。
「灯、詩歩からなにか聞いてないか? よく行く場所とか」
「ふむ……詩歩がよく行くケーキ屋やパフェ店なら、詩歩と行ったことがありますが……」
そういうんじゃないよな。
ケーキ屋に、パフェ? どこかで聞いたな、それ。
柚も、そんな話をしていた。あの時、他にも場所の話が出た。
「……小学校は?」
「小学校?」
「ああ……詩歩が通っていた小学校が、今は廃校になってるって言ってた。こっちの方にないか?」
「学校名は?」
「わからない」
「少し待ってください。思い出します」
灯が口元に手をやって、考えている。思い当たるところでもあるんだろうか。
「……そういえば、この先に二年ほど前に廃校になった小学校があります」
「それだ」
「行ってみましょう」
工場らしき建物を過ぎて十分ほど歩くと、校門の柵が鎖で留められている学校が現れた。
廃校のはずなのに、窓から明かりが漏れている部屋がある。
「灯っ」
「誰かいますね」
夜の大学も不気味だったが、夜の廃小学校はもっと雰囲気がある。
校門の鎖は、侵入する者を拒むように柵に絡み、足を凍り付かせる。
灯が躊躇いもなく柵に上って越えた。
「……」
「深月も早く」
灯のこういうところは適わないな。
霊的な存在をあまり信じていない俺でも、廃校なんて怖い。
絵の題材だと思えば怖さは軽減されるが。
灯の後について、校舎の中に入る。
鍵とかかかってないのか。
いや、先に入った誰かが開けたのかもしれない。
暗い一階の廊下を、足音を立てないように、ゆっくり歩く。
しんと静まりかえった校内に、時折反響する物音に耳を澄ます。
暗い教室の横をゆっくりと通り過ぎて、物音がする部屋を目指す。
物音は一階から聞こえるように思える。
でも明かりがついていた部屋は二階だ。複数の人がいる、ということだろうか。
一階廊下の突き当たりにさしかかる。部屋の上にあるのは理科室の表示だ。
灯と一緒に理科室の閉じられた扉に耳を当てる。
ここから物音がする。
中に誰かいる。
灯が、理科室の扉をゆっくりと開けた。
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