第31話 柚の話

詩歩しほの自宅周辺の聞き込みで、昨夜遅くに詩歩が家を出て行くのを目撃したという、近所の人からの証言が得られました」

「詩歩はひとりで出て行ったのか?」

「そのようです」

 あかり弥凪やなぎの調査をしていて、詩歩のことは後回しにしているんだと思っていた。

「……灯が詩歩のことも気にかけてくれててよかった」

「詩歩を勧誘したのは自分なので、責任を感じないでもありません。それに、詩歩の失踪は損壊事件と全くの無関係とも言い切れません。そう思っていたのですが」

 詩歩がひとりで出て行ったということは、事件に巻き込まれたわけではなく、家出、ということだろうか。

「証言によると、詩歩は空葉からはルーテル学院大学とは反対方向に向かったようです。これからそちらに向かいましょう」

「ああ」

 灯に先導してもらって町の中心部から離れる。

正ヶ峯しょうがみねのことですが、店長に履歴書を見せてもらいました。エウテルペの都には四ヶ月前から勤務していて、それ以前は様々な地域の飲食店を転々としていました」

 灯のことだ。弥凪のこともしっかり追っているんだろう。俺も俺で、死体を冒涜するような行為をしていた弥凪は許せないが、そっちは灯に任せるべきだ。俺は詩歩を優先したい。

「そうか」

 店員同士の仲が良さそうだったから、あの店に長く勤めているのかと思っていた。

深月みつきと似ていますね」

「えっ」

「各地を転々としていて住居が定まっていないところが。一カ所に留まりたくないのか、各所で問題でも起こしているのかわかりませんが」

「……俺は別に問題を起こして転々としているわけじゃないからな」

「わかっています」

 急に灯が立ち止まる。

 建物や街灯で賑やかな町中とは違って、遠くが見通せるほど建物が少ない。街灯も少ないから今は見通せはしないが。

「ここから先はどこへ行ったのかわかりません。詩歩らしき人物を見た、という証言はここで途絶えています」

 暗くてよくわからないが、道の先には工場らしき建物や何かの施設らしきものが見える。

「なにか手がかりがあればいいのですが……しらみ潰しに近くの工場から入ってみましょうか……?」

 詩歩が事件に巻き込まれたのなら、暗がりとか、人目に付かないところとか、そういうところが怪しいと思って探していたけど……詩歩が自分で向かったなら、詩歩に縁のある場所なんじゃないだろうか。

「灯、詩歩からなにか聞いてないか? よく行く場所とか」

「ふむ……詩歩がよく行くケーキ屋やパフェ店なら、詩歩と行ったことがありますが……」

 そういうんじゃないよな。

 ケーキ屋に、パフェ? どこかで聞いたな、それ。

 ゆずだ。

 柚も、そんな話をしていた。あの時、他にも場所の話が出た。

「……小学校は?」

「小学校?」

「ああ……詩歩が通っていた小学校が、今は廃校になってるって言ってた。こっちの方にないか?」

「学校名は?」

「わからない」

「少し待ってください。思い出します」

 灯が口元に手をやって、考えている。思い当たるところでもあるんだろうか。

「……そういえば、この先に二年ほど前に廃校になった小学校があります」

「それだ」

「行ってみましょう」

 工場らしき建物を過ぎて十分ほど歩くと、校門の柵が鎖で留められている学校が現れた。

 廃校のはずなのに、窓から明かりが漏れている部屋がある。

「灯っ」

「誰かいますね」

 夜の大学も不気味だったが、夜の廃小学校はもっと雰囲気がある。

 校門の鎖は、侵入する者を拒むように柵に絡み、足を凍り付かせる。

 灯が躊躇いもなく柵に上って越えた。

「……」

「深月も早く」

 灯のこういうところは適わないな。

 霊的な存在をあまり信じていない俺でも、廃校なんて怖い。

 絵の題材だと思えば怖さは軽減されるが。

 灯の後について、校舎の中に入る。

 鍵とかかかってないのか。

 いや、先に入った誰かが開けたのかもしれない。

 暗い一階の廊下を、足音を立てないように、ゆっくり歩く。

 しんと静まりかえった校内に、時折反響する物音に耳を澄ます。

 暗い教室の横をゆっくりと通り過ぎて、物音がする部屋を目指す。

 物音は一階から聞こえるように思える。

 でも明かりがついていた部屋は二階だ。複数の人がいる、ということだろうか。

 一階廊下の突き当たりにさしかかる。部屋の上にあるのは理科室の表示だ。

 灯と一緒に理科室の閉じられた扉に耳を当てる。

 ここから物音がする。

 中に誰かいる。

 灯が、理科室の扉をゆっくりと開けた。

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