第28話 空葉ルーテル学院大学3

 朝までどうしようもないんだとしても、色んなことが気がかりで眠る気になんてなれない。

 詩歩しほは無事だろうか。どこにいるんだ。

 眠っている場合じゃない。今考えられることを考えたいのに、頭が痛くて思考がまとまらない。

 氷を袋に入れて後頭部に当てると、倒れ込むようにして床に転がった。


 窓からの雨音で目が覚める。

 今日も雨が降っているのか。

 重い体を起こして、町へと向かう。


 エウテルペの都の前にあかりがいた。

 店は開店前のようだ。昨夜は気づかなかったが、クローズドのドアパネルがかかっている。

「灯、おはよう」

深月みつき……あれから具合はいかがですか?」

「冷やしたらよくなった」

「それは結構。おはようございます」

 灯はいつからここにいたんだろう。灯こそきちんと休養をとったんだろうか。

「深月、これを見てください」

 灯に携帯電話の画面を向けられる。

 白い壁に深緑の玄関ドアの家が写っている。

正ヶ峯しょうがみねの自宅です。中には誰もいませんでした」

「入ったのか……?」

「ええ。よく片づいて綺麗な部屋でした。包丁などの調理器具が多いところが普通ではありませんでしたが料理人なら納得できます」

「へ、へぇ……」

「身元も判明しました。正ヶ峯しょうがみね弥凪やなぎというのは本名ですね。現在二十五歳。独身の一人暮らしです。両親は他の町に居住しています」

 考えたことはなかったが俺の身元も調べているんだろう。前科があったり疑わしい奴と一緒に捜査なんて出来ないよな。

 灯が腕時計を見る。

「現在午前七時五十分です。エウテルペの都の開店時間は午前十一時。開店準備をする者が来たら正ヶ峯の話を聞きます」

「わかった。俺は……」

 どうするべきか。

 灯と一緒に弥凪についての話を聞いてもいいが、他にもやることはある。

「俺は詩歩の大学に行ってみる」

「そうですね。何事もなく講義でも聞いていればいいのですが。そちらはお願いします」

「うん」


 空葉からはルーテル学院大学にやって来た。

 昨日は心底不気味に見えたけど、朝は逆に爽やかで明るい印象を受ける。

 詩歩は俺の絵が好きだと言っていた。ここで描いていたらひょっこり現れないだろうか。

 描きかけのキャンバスに色を足していく。

「深月さん?」

 呼ばれて振り向くと、ゆずが小首を傾げて立っていた。

「……どうも」

「こんにちわぁ。今日も絵を描いていらっしゃるんですねぇ」

 鬱陶しいな……と思いかけて、思い直す。

「柚さん、今日詩歩に会ったか?」

「いえ? 詩歩ちゃんなら風邪でお休みですよぉ?」

「風邪……?」

 昨夜は誰も家にいなかったと灯は言っていた。

 どういうことだ。

「深月さん、わたくし今日の講義は午前でお終いなんですぅ。お昼ごはんをご一緒してくださいませんかぁ?」

「柚さん、詩歩と連絡はつくのか?」

「はい? 今朝風邪で休む、というメールはいただきましたぁ」

「今は? 電話はつながるか?」

「……少々お待ちください」

 柚が携帯電話を操作して耳にあてる。

 待っている時間が長く感じる。

 まだ出ないのか。

「あっ、詩歩ちゃん……?」

 出たのかと思いきや、柚が電話を耳から離す。

「留守番電話でしたぁ……」

 やっぱりつながらないのか。

「貸してくれ」

 柚から電話を奪うように受け取って耳にあてると、まだ留守番電話の音声が流れている。

「詩歩! これを聞いたらすぐに連絡をくれ! 灯も心配してる!」

 柚に電話を返す。

「詩歩から連絡が来たら教えてくれ。たいていは町の画廊前にいるから」

 柚が風邪だと言うなら自宅に行ってみよう。

 灯の言うことを信じないわけじゃないけど、本当に風邪で部屋で寝ているだけかもしれない。

 絵の道具をがちゃがちゃと片づけて帰る準備をする。

 その腕に柚が絡みついてくる。

「深月さん、お昼ごはん、ご一緒してくださいますよねぇ?」

「いや、今それどころじゃ」

「お昼くらいに詩歩ちゃんから連絡があるかもしれなくてもですかぁ?」

 留守電に音声を入れたんだ。その可能性は十分にある。

 もう少し柚と行動を共にした方がいいかもしれないな。

「……わかった。一時半にエウテルペの都に来てくれ」

「はいっ! かしこまりましたぁ」

 ついでに店の方も気になる。

 灯は店員から何か聞き出せただろうか。

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