第25話 違和感

 部屋の中で目を覚ます。やけに薄暗い。

 時計を見るとまだ十四時だ。

 窓には水滴が留まることなく流れていく。

「雨か……」

 今日は仕事は休みだな。

 いや、こういうのもたまにはいいか。

 起き上がって、白いキャンバスを取りに行く。部屋の中にイーゼルを立て、窓に雨がたたきつけられる様に色を乗せる。

 そうやって絵に没頭して、気づけば外は暗くなっていた。


 水たまりを避けて、雨が止んだ夜道を歩く。

 昨日も集合した舟木のアパート付近にあかりが先に来ている。

 灯はいつも飄々としているけど、今日はなんだかピリピリしている気がする。

深月みつき、こんばんは」

「こんばんは」

「今夜もまだ自宅から出てきませんね……。仕事には通常通り出勤しているようです。今日も定時に退勤してまっすぐ帰宅しています」

 こういうピリついた空気は苦手だな。灯からこういう空気を感じるのは、多分二度めだ。

「……灯、なんか怒ってる……?」

「……失礼しました。自分は焦っています」

「灯が?」

「このまま舟木ふなきに張り付いたままでいいのか、また昨夜のように出し抜かれるのではないか、今夜の方針を決めかねています」

 それはそうだな。

「……他の警察の人は?」

「依頼しようと思ったのですが、未成年の補導や見回りにかり出されてしまいました。自分にどうこうできる人員は多くありません」

 トクソって普通に怪しげな課だしな。灯のような女の子……ではないけど、とにかく若い女性が課長として指揮している課で、課員は俺たち一般人だ。警察本体の全面協力なんか得られるわけないだろうな。

 俺も俺なりにできることはやるべきだ。

「灯はここを動くな。俺が見回りしてくる」

「ちょっと待ってください」

 あっさり許可が下りると思っていたから、灯の返答に肩すかしを食らう。

「深月は今日詩に会いましたか?」

「え……? 会ってない」

「夕方から連絡がつかないんです。どうせ今夜ここで会うからさほど気に留めていなかったのですが……」

 灯が腕時計を気にしている。のぞき込むと、集合時間を既に二十分越えていた。

「……遅いな」

「また喧嘩でもしましたか?」

「してない。今日は会ってないし、最近そこそこうまくやれてると思ってる」

「自分にもそう見えました。もう一度連絡してみます」

 灯が携帯電話を操作して耳に当てる。

 そのまま動かない。

「……出ないのか?」

 灯は頷いて電話を耳から離した。

「繋がりませんね……」

 詩歩は責任感の強い子だ。逃げ出したこともあったが、怖がりながらもなんだかんだ毎晩捜査について来てくれていた。

 その詩歩が何十分も遅刻をするなんて思えない。また逃げ出したのだろうか。俺にはそうとも思えない。

 詩歩は俺に、逃げ出して後悔した過去を話してくれた。あんなに強く覚悟を決めた様子の詩歩が、今更逃げ出すだろうか。

 友達の多い詩歩には、きっと守りたい人が大勢いるんだろう。そんな詩歩が、こんなところで逃げ出すだろうか。

 俺はそう思わない。

 だとしたら、どうして詩歩は来ないんだ。

「……遅刻、だといいんだけどな……」

 唐突に灯に手を引かれた。

「深月、予定を変更します。詩歩を捜索しましょう」

「え……」

 考えないようにしていた可能性を、灯が示す。

「深月は詩歩が遅刻しているんだと思いますか?」

「……思わない」

「なら、ここに来られない事情があるのでは?」

「……」

「考えている暇はないかもしれません。手分けしましょう。自分は詩歩の自宅へ行きます。深月は舟木のアパート周辺を捜索してください」

 平塚家から舟木のアパートに歩いてくるルートか。

 昨日詩歩がやってきた道を思い出す。

「わかった」

「一時間後にここに集合しましょう」

 灯と別の道に向かって走り出す。

 まずは昨日行った公園だ。

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