2章
第21話 空葉ルーテル学院大学2
今日は自然と建物の融合を描こう。
そう決めて、何度か足を踏み入れた
ここの校舎は好きだ。
教会のような厳かさと清潔さの象徴である白が白い。
一口に白と言っても、クリーム色っぽい白もあれば赤みがかった白もある。実に多くの白がある。俺が好きなのは死体の白だ。冷たく暗い白い色がいい。
そうだ。この校舎を死体色にしよう。そうしよう。
前はスケッチしかしなかったからな。今日はイーゼルを立ててキャンバスに油絵の具で描くぞ。
校舎にかかるあの木の葉は死後36時間ほど経過した死体の色だ。枝は死後48時間経過した死体の色だな。
空は……死後12時間程度の死体だ。
全部死体だ。
暗い下色を塗ったやつを持ってきてよかった。
そうはりきって、乾いた下色の上に青で輪郭を作っていく。
「あら、
高い声が聞こえて、邪魔だなと思いながらも声の方を向く。
「……こんにちは」
「今日はどうされたんですかぁ? 絵……?」
「柚さんには言ってなかったけど、俺、絵描きなんだ」
「画家さんですかぁ?」
「ん……えっと、そんな立派なものじゃないけど……」
詩歩が急に絵をのぞき込んできた。
「
「えっ」
「深月さん、わたくしのこと描いてくださるのですかぁ?」
どうしてこうもみんな俺に描いてもらいたがるのだろう。人間は死体しか描かないぞ。
「悪い……今、校舎の絵を描いてるから……」
「じゃあそれが終わったら柚の絵描いてよ」
「いや……それは……」
「もしかして、依頼料がいるとか?」
「別にいらないけど……そうじゃなくて」
詩歩とはいつもテンポが合わないな。返事が速すぎる。考える時間をくれ。
「詩歩ちゃん、深月さんが困っていらっしゃいますよぉ」
「えっ、なんで?」
「……人物画は描かない主義なんだ」
「え? でも」
詩歩は俺が死体を描くのを知っている。でも、死体は生きている人とは違う。それに、あれは儀式だ。汚されてしまった尊いものを元に戻す神聖な儀式なのだ。
「そういう主義なら仕方ないですねぇ。では、今度深月さんの絵を見せてくださいませんかぁ?」
「それなら……いいけど……」
絵に興味を持ってもらえることは素直に嬉しい。
「深月さん、この学校にも美術部があるんですよぉ。見学されますかぁ?」
美術部か……少し興味があるな。
「部外者が入っても大丈夫なのか?」
「はぁい。どなたでも大丈夫ですぅ」
大学の美術部なんてこれまで見る機会がなかった。どんなことをしているんだろう。絵だけじゃないんだろうな。どんどん気になってきた。
「じゃあ、私見学申請してくるね!」
走り出しそうな詩歩に筆を掲げる。
「待って。今日はいい。また今度、手荷物のない時にお願いしたい」
「ああ~……それもそっか。あからさまに本業だってわかる人が来ても緊張させちゃうかもしれないしね」
それは考えていなかった。
「深月さん、深月さん」
なんだろう。まだ何か用か。
「わたくしのこと好きになりましたぁ?」
「え……?」
なんでだ。
「あっ、ほら、柚の提案よかったでしょ? 大学の美術部なんて真野さんの好みに合ってて」
ああ、そいうことか。
「大学の美術部に興味はあるが……柚さんにはその、別に……興味ない」
詩歩に容赦なく頭を叩かれた。
「バカ! なんでそういうことをはっきり言うの?!」
「いて……そもそも俺は人に興味がないんだ。まだわかってなかったのか」
トクソの活動上、詩歩の機嫌なら多少とっておいた方がいいかもしれないが、柚は正直どうでもいい。興味がないから好かれようが嫌われようが知ったこっちゃない。こんなに一気に人と関わって、その全員と友好的に付き合うなんて俺には無理だ。
「柚、あのね、真野さんは柚だから興味ないとかじゃなくて、言ったでしょ、変態だって。女の子に興味ないんだよ」
おい、なんで今女の子って限定したんだ。生きてる人間全般だろ。
「では、深月さんはなにに興味がおありなんですかぁ?」
そんなの死体一択なんだけど、それは流石に言えない。言ってはいけないことを俺は学んでいる。
答える気のない俺に代わってか、詩歩が眼球を動かして思案のポーズをとっている。
「ええと……あれだよ、真野さんは、ほら、あれ……人形……に興味がある人……なんだ……ね、怖いよね」
どんなとんでもない答えが出てくるかと若干身構えていたが、人形か。悪くない。人形は好きだ。温度がなくて、動かなくて、話さない。死体に通じるものがある。
「そうだな……人形か……」
人形に思いを馳せる俺に、柚さんは変わらずにこにこしている。
「お人形さんはわたくしも好きですよぉ。深月さんと好きなものが一緒で、光栄ですねぇ。運命でしょうかぁ」
そうは思わないだろ。
詩歩に助けを求めようと目線を投げたが、受け取ってもらえない。
「そ、そうだよね~! 運命だよね~! 真野さん、柚と付き合っちゃいなよ!」
そもそも詩歩はどうして俺と柚をくっつけたがっているんだろう。はじめは大反対してなかったか。
わずらわしいな。
無視して絵の続きを描こう。
建物に視線を移すと、視界に入った女子大生集団の一人がこっちに向かって手を振った。
「詩歩~! 宿題見せて~!」
「
「お願い! 食堂の硬いクレープご馳走しますがな!」
「私がいつもいつも食べ物でつられると思うなよ~?」
そう言いながら詩歩の足は集団へと向かっている。
「ごめん柚、またあとでね!」
「いってらっしゃい詩歩ちゃぁん。わたくしは深月さんのお仕事を見学しておりますねぇ」
わいわい集団に紛れた詩歩がいなくなって、柚はおとなしく俺を見ている。
こんなにじっと見られながら描くのは緊張するが、専念できるのはありがたい。
柚は、詩歩についていけない俺をさりげなく助けてくれたり、今は会話を望まない俺に合わせてくれている。
悪い子ではないんだけどな。
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