第16話 深月と灯3
灯の要件も早く済んだのか、画廊前には既に灯がいた。
「
「……そ、それが……」
灯には嘘をついても仕方ない気がして、正直にあったことを全部話す。
「……はぁー……」
盛大にため息を吐かれたんだけど、俺だってため息くらい吐きたい。出会って間もない女の子に、未遂とはいえ襲い掛かったなんて。
「ふむ。しかし、今回はよく我慢できましたね。称賛に値します」
「え」
殴られてもおかしくないと思っていたのに、灯はどうしてか俺に甘い気がする。前に言っていた、俺に感謝している、という身に覚えのないことに関係しているのだろうか。
そう思って黙っていると、灯から残念そうな視線が送られてきた。
「しかし、『俺、死体大好きなんです。
「そんな事言ってない!」
「同じ事です。会ったばかりの人には自分の性格まで伝えようとしなくていいんです。せいぜい名前と辺り触りのない世間話くらいでしょうね。はじめから自分を受け入れてくれる人なんてそうそういないものですよ」
正論すぎて返す言葉が出てこない。
だけど、それに関しては灯に一つ文句があるので、極々小さい声で反論を試みる。
「灯は、知っても俺の事平気そうだったのに……」
「なるほど。確かにそれは自分が悪いですね。では今更ですが自分を基準にしてはいけません。深月だってもともと他人にはとても話せない事だと思っていたから隠していたのでしょう?」
それは俺があまり他人と関わってこなかった所為だ。
俺が学んできた倫理的に、死体が好きだなんていう事は世間では受け入れられていない。
そんな事はわかりきっていた。
だからこれまで誰にも話さず心のうちに秘めてきた。
俺のその秘密をはじめに知ったのが灯だ。
俺はそこではじめて、俺の秘密を知った人間の反応を見た。
受け入れられていると、思っていた以上に恥じるものではないのかもしれないと、そう感じた。
そんな心の油断が平塚さんに話してしまった要因だ。
俺は今日一つ学んだ。
対人関係の参考としての
信用ならないからこそ、灯には俺の事を話しても受け入れてもらえる気がした。
「……そんな深く話せるような相手もいなかったが……俺、こんなだし、各地を転々としてるから友達なんていた事ないんだ」
転々としていなくても友達なんていなかった自信もあるけど。
「……配慮の足りない発言をしてしまいましたね。すみませんでした」
謝ってほしかったわけじゃない。
謝ってもらおうと思ったわけでもない。
同情されるのは一番嫌だった。
でも、灯が俺に向けたのは同情なんかとは全く別のものだ。
彼女の言葉通り、考えの甘かった自分を悔やんでいるように見えた。
ずるいと思う。
普段は意地悪な事ばかり言ったり、遊んでいるのかからかうような事ばかりしてきたりするくせに。
こういう時は嫌に素直ではっきりした潔い女の子だ。
だから俺は灯も苦手だけれど、嫌いじゃない。
嫌われたくない。
「深月は、詩歩のことが嫌いですか?」
「……苦手だ。俺のことをなにも知らないくせに、一方的に自分の価値観を押し付けてきて……」
「嫌な思いをしましたね。それはお互い様なんだと思います」
「それは……俺が手を出さなければ、あんなことにはならなかったかもしれないけど……」
「詩歩が怒っているのは、深月が理解できなかったからだと思います。深月と詩歩はまだお互いのことをなにも知りません。それなら、もう一度きちんと話してみてはいかがですか」
灯の言う通りだ。俺は平塚さんのことを知らないから、彼女がどうしてそんなに俺を嫌悪するのかも知らない。知らないくせに、なんて思うのは、確かにお互い様だ。
「……そうだな。明日平塚さんの大学に行って、もう少し話してみる」
「それがいいです。くれぐれも喧嘩はしないように」
「……それは保障しかねるな……」
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