第14話 詩歩の特異能力

 夜になり、空葉からはルーテル学院大学に向かう。

 昼間は神聖な雰囲気の大学だったが、夜は肝試しでもできそうなくらい不気味だ。夜の教会に似ている。

 門の前にはすでにあかりがいた。

「こんばんは。休めましたか?」

「……ああ。……」

 昼間の張り込みはどうだったのだろう。

「自分の方の報告ですが、残念ながら今日は現場にあやしい人物は現れませんでした。まだ遺体が発見されていないと思っているのかもしれません。まずは明日以降に期待ですね」

「そうか……」

 遠くから平塚が歩いてくるのが見えた。

 俺たちを見つけて慌てて走ってくる靴音が、静かな夜にうるさい。

「こんばんは、詩歩しほ。来てくれて嬉しいです」

「一応、約束だから……」

 灯を見る目と、俺を見る目の温度に大分差がある。

「まずは詩歩に特異能力を使用してもらいましょうか」

「うん! わかった」

 元気よく返事をした平塚だが、そんなにすぐ使い方がわかるんだろうか。

「どうやってやるの?」

 やっぱりわからなかったか。

「詩歩の特異能力はおそらく音に宿ります」

「音?」

「はい。力を抜いて、落ち着いてください」

「う、うん」

「詩歩の能力を解放した時に見えたものをイメージしてください。自ずとフレーズが出てくるはずです」

「……」

 目を閉じてじっとしていた平塚がなにかひらめいたように瞬きをする。ブレス音のあとに、聞いたことのある旋律が流れてくる。

 俺には、うまいのかどうかはよくわからないが、綺麗だと思った。

 何の曲か思い出そうとするより早く、歌が終わる。それと同時に、平塚を中心に半径二間くらいのドーム状の膜が見える。見えるというか、感じる。

「……はっきりしていますね」

「うん。不思議だね。誰かに楽譜渡されたみたいに、この曲だって勝手にわかって」

「それが特異能力です」

 内側にいる灯が、薄い透明の膜を指先でつつく。膜は硬質なのか、たわんだり壊れたりしない。

「なるほど、物理的なものか……」

 灯の呟きに俺も外側から手のひらを当ててみる。窓のようだ。薄い見た目よりもずっと頑丈に思える。

「どうして俺だけ外側にいるんだ……?」

「当たり前でしょ。私、異常者と同じ空間にいるのNGだから」

「…………」

「詩歩、深月みつきは異常者ではありません。普通の人よりも少しだけ感覚がずれているだけです」

「少しだとは全然思えないんだけど」

「それはまあ、確かに、感じ方には個人差がありますね。そんなことより、遮断されているのは物質的なものだけのようですね。声は通っているようですし。話はこのまま出来るのでひとまず問題はないでしょう」

 問題あると思う。昼間、仲良くとかなんとか言っていなかっただろうか。これが仲間に対する態度なのか。大人になっても、どこへ行っても、結局俺は邪魔者だ。誰かの輪に入れてもらえることなどない。

 遮断膜に触れたままの手のひらに、温度が伝わってくる。俺の手の位置に、灯がもたれ掛かっていた。

 この人だけは、いつも俺をひとりにしないな。

「さて、いつもならこれから死体が遺棄されていそうなところを歩き回るのですが、まずは話をしましょう。昼間、事件の不審な点の話はしましたよね」

「うん。凶器が謎なんだよね」

「犯行はおそらく特異能力で行われています。そこでふたりに訊ねたいのですが、身の回りに様子のおかしい人はいませんか? たとえば、人との接触を嫌っていたり、不思議な力がある噂があったり、その人の周りでおかしなことが起きる、とか」

「その人しか思い当たらないなあ」

 平塚に指さされる。

 灯の手が、俺を刺す平塚の指をそっと下してくれた。

「深月は自分たちの仲間なので却下します」

「……灯ちゃんさあ……」

「はい?」

「その人と付き合ってるの?」

「いえ。深月は詩歩と同じで自分の部下です」

 灯が淡々と答えた。少しくらい狼狽えるとか、動揺するとか、なにかないのだろうか。本当に動じない人だな。

「えー、だって、なんか優しくない? その人だけ勘違いしてそう」

 悪意のある目を向けられたから、俺も精一杯迷惑そうな顔を返す。

「勘違いしてない。俺は生きている人間が嫌いなんだよ。付き合うとか付き合わないとか、くだらない」

「くだらないってなに?! モテないからって……ん? モテ、なくはないのかな……」

 怒りだしたと思ったら、不躾に俺の顔をじろじろ見て、平塚は首を傾げた。

「でも、灯ちゃんのことは嫌いじゃないように見えるんだけど」

「灯は人形みたいだからな。見た目が好きなだけだ」

 売り言葉に買い言葉というか、隠しておかなければならなそうな本心をうっかり声に出してしまった。

 まずい、と思い、顔を背ける。

「うわ、ほんっと最低……」

 詩歩からの軽蔑の声をかき消すように笑い声が鳴った。

 面白い話題ではないと思ったから、驚いて声の出どころを探す。

「ふふ、最低? そうでしょうか? 自分はただ褒められただけだと認識していますが」

「怒って、ないのか?」

「怒る要素が見当たりません。自分は外見を褒められて嬉しいです。内面に言及しないのは、深月がまだ自分の内面をよく知らないからでしょう? 知った風な口をきかれるよりずっといいです。それとも、深月は、内面と比較して外見はマシだ、と揶揄したんですか?」

「してない」

「ということです。このように正直者で純粋な深月は悪い人ではないので、そんなに嫌わなくてもいいと思いますが」

 灯が平塚をなだめているが、『正直者で純粋な人』と『悪い人』は別に相反するものではない。灯は自分がおかしなことを言っていることに気づいているんだろうか。この人のことはいつまでたってもよくわからない気がする。

「……まあ、悪い人、じゃないのはわかってるんだ。警察に協力しているんだし……気持ち悪いけど」

「それでは、詩歩は、深月以外にあやしい人は知らないんですね」

「うん」

「深月は?」

「俺も思い当たるような奴はいない。灯は特異能力が見えるんだよな?」

「ええ。それが自分の力ですので」

「その特異能力ってのは、誰でも持っているわけじゃないのか?」

「特異能力は本人の心的外傷に起因した能力ですから。何らかの心的外傷があり、かつ、能力を持つ資質のある者だけに宿るものです」

 霊感のように完全にランダムというわけではないのか。

 でも、心的外傷、か。灯にはどこまでが見えているんだろう。

「心的外傷に起因した能力……。灯には俺の過去が見えるのか?」

「私の過去も?!」

「さすがにそこまでは見えません。自分に見えるのは特異能力自体だけです」

 灯が俺の背後に視線を送る。

 そういえば、灯は、特異能力を見たのは俺が初めてだったと言っていた。なら、どうして今回の事件に特異能力が関わっていると確信しているのだろうか。警察が捕らえたというふたりの犯人に特異能力を見たからではないのか。

「今捕まっている犯人に、特異能力は見えなかったのか?」

「ええ。……ああ、自分はすべての能力を把握しているわけではないので、特異能力を隠す能力があっても不思議はないと思います」

「それが見えた、わけじゃないんだな」

「この連続死体損壊事件に特異能力が絡んでいるというのは完全に自分の勘です。すでに容疑者が二名いて同じようなことを話し、なお事件が続くことからもわかるように、損壊は組織で行われていると見ていいでしょう。自分が危険視しているのは、あちら側にも、自分と似たような能力の者がいる可能性です」

「灯ちゃんと似た、って、特異能力を目覚めさせる能力者?」

「ええ。おそらく組織のリーダーがその類の能力を持っているのではないかと思うんです」

 それはまた大事になってきたな。

「あんなことを組織でやる意味なんかあるのか?」

「普通に考えるなら意味など全くありません。むしろ、芋づる式に身元がバレて、現行犯でなくとも捕まるリスクが高まるだけです。つまり、彼らの場合は組織でなければならない理由が何かある……」

 死体損壊なんて、そもそも集団でやるようなものでもないと思うんだが、変な組織もあったものだ。

 犯人が言っていた“神の御業”といい、ますますあやしい宗教じみてきたな。

「ともかく、単独犯の可能性はかなり低いです。犯行もひとりで行うものと断定はしない方がいいですね」

 もしかすると拳銃の所持でも求められるのではないか、という俺の期待は、心構えをしておいてください、とだけ言って解散を告げた灯の言葉に打ち砕かれた。

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