第13話 深月と弥凪2

 大学を出てわりとすぐにあかりが立ち止まった。

「では、夜まで解散しましょう。深月みつきも十分休んでください」

「え」

 これから事件現場に向かうんじゃないのか。そのために俺が損壊された死体を修復していたんだろう。

「は、張り込みは……?」

「自分ひとりで事足りるので、深月は休むなり絵を描くなりしていてください」

 まあ……俺の役割は死体を修復することだから、死体がない現場にいても意味はないかもしれないけど。

 灯は、俺が修復の特異能力を持っているから一緒にいるんだよな。そうだよな。それ以外に俺なんかと一緒にいるメリットはない。仕事だから一緒にいるだけだ。

 少しだけなにかを期待してしまっている自分にため息がこぼれそうになる。

「わかった。じゃあ、夜にここで」

「はい」


 午後を回った日差しが少しきつい。

 結局いつもの画廊前で昨日の続きの風景画を描くことにした。

 陽が沈んだら借りている部屋に戻ってちょっと眠ろう。

 頭の中でこれからの予定を組んでいると、熱かった頭が急にちょっとだけ涼しくなる。

「みーつーきーちゃん!」

 楽しそうな声に顔を上げると、生姜しょうがくんが笑って手を振っていた。

「この前さ、深月ちゃんの絵を持って仕事に戻っただろ?」

「は、はぁ」

 知らないけど。

「そしたら店長が深月ちゃんの絵を気に入って店に飾りたいって言うんだよ!」

「へぇ」

「売ってる絵ってここに出てるので全部?」

「いや、後ろの画廊に色々あるよ」

 見たい見たいと急かす生姜くんに少し照れながら、椅子から立ち上がり画廊の扉を開けた。

 あれほど早く見せろと騒いでいた生姜くんが、画廊独特の雰囲気の中に入る事を躊躇っているのか、意外と遠慮がちに一歩を踏み入れた。

「お邪魔しまーす……」

「入ってすぐ左のスペースが俺のだから」

 わりと無造作にびっしりと置かれている絵を少し物色して、生姜くんは一枚の絵を指差した。

「これ……タイトルある?」

 それは田舎町の川原で描いた水辺の風景だ。

「ないよ。タイトルなんていちいち考えないから」

「じゃあ今つけよう」

「今? ……そうだなぁ……」

 特に売り物にするつもりもなくただの暇つぶしで描いた一枚だ。

「……暇つぶし一号」

「ええ?! もっと神秘的な名前にしてよ! そんなセフレの呼称みたいなのやだ!」

 お前はセフレにそんなあだ名をつけるのかよ。

 随分下衆だな。

「神秘的とか言われても……じゃあ、『玲瓏れいろう』とか?」

 半ば投げやりに川っぽい適当な熟語を言ってやると、生姜くんの目が輝いた。

「おー! かっこいい! それにしよう!」

 喜んでいるようだし、まあいいか。

 財布を開いて価格の発表を待つ生姜くんに手の平を向けて対価を催促する。

「二千円です」

「深月ちゃんマジ良心的。なぁなぁ、いつもタイトルってつけないの?」

「思い入れのある絵には付けたりもするけど、それは自分の中でだけで公にはしないなぁ」

「画家って自分の絵にタイトルつけるもんだと思ってた」

 話しながら画廊を出て外に戻る。

「普通はそうかもしれないけど、俺はただ目に見えるものを描くだけだから。主題なんて見る側がそれぞれ感じ取ったものでいいと思っているんだ」

「ふーん? たとえば、オレがこの絵を見て初恋を思い出すからこれは初恋の絵だ! って勝手に思ったら、全然違うのに、って思わない?」

「思わないよ。君がそう思ったのならこの絵のタイトルは『初恋』だ」

「……芸術家ってみんな偏屈な奴だと思ってた」

「そうかな? 俺は寧ろみんな自分の絵の主張なんて無理にしていないと思うけど。受け手によって様々なタイトルに出来る面白みがあるから俺達の発信手段は絵なんだよ。文章とか、伝えたい事を明確に伝える事が目的なものじゃなくてね」

「なぁる……。深月ちゃん、いい事言うねー。益々気に入っちゃった。今度店に来てよ」

「何のお店?」

「創作料理の店だよ。あっちの角曲がってすぐのところにある『エウテルペの都』って知らない?」

 その店なら画廊に来る途中にいつも通るから知っている。入ったことはないけど。

「ああ、あの店の……。生姜くん、そこの店員さんだったのか……」

「普段は厨房にいるからわかりにくいと思うけどね」

 という事は生姜くんは料理人なのか。

 しかも創作料理という事は、彼の言う芸術家だ。

 生姜くんは気さくに見えるけど料理に関してはうるさいのだろう。

「料理、するんだ……?」

「そ! こう見えて料理が特技なんだよね、俺! 違うな……特技兼趣味? 深月ちゃんもそうでしょ?」

「いや、俺は料理なんて特に……」

「んーん。絵のことだよ。深月ちゃんもお仕事が特技兼趣味じゃん?」

「ああ……そういうことなら」

「俺たち、オソロだね!」

「は……?」

「それじゃ、深月ちゃん、また来るし、来てね~!」

 生姜くんは今日も嵐のように去って行った。

 騒々しいのは嫌いだ。

 でも、生姜くんは不思議と嫌な気がしない。肩に力を入れなくても話せる。

 俺の絵を褒めてくれるからかな。

 芸術家同士通じるものがあるのかもしれない。

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