第6話 深月と灯1


 どれくらいかわからない時間が経つ。

 放心状態の俺は、見るでもなく、ただ眼下に寝そべる少女を視界に留める。そして気付く。

 損壊されていた体が、何も起きていないみたいに綺麗に修復された、という現実に。

「………………これ、俺が……」

 目が熱い。綺麗な少女の死体がぼやける。

 ああ、勿体ない。こんなに綺麗な死体だ。はっきりと見たいのに。

 溢れてくる涙を、制服の袖で何度も何度も拭い取る。

 いつの間にか、まゆずみさんが俺のとなりに屈んでいた。

 黛さんの静かな声が囁く。

「素晴らしいですね。こんなに完璧に再生させるなんて……」

 少女は夜の町中で静かに眠る。

 少女のささやかな胸が上下する事はない。

 開かれたままの目が瞬きで潤う事もない。

 まるで人形のように真っ白な肌が、月の光に照らされる。

「……なんて……可愛らしい……っ」

 呼吸が荒くなる。

 立っているのが辛くなって、地面に手をついた。

「大丈夫ですか? 力の反動か何かが……?」

 黛さんが駆け寄って来る足音と、自分の呼吸の音が耳に触る。

深月みつき?」

 人形のような目が、心配そうに顔を覗きこんでくる。

 黛さんの手のひらが背中に触れて、俺の中のなにかが飛んだ。

「っ?!」

 小さくて軽い身体を地面に押し付けて、驚いている唇を荒々しく奪った。

「ん……っ……?!」

 触れた唇は暖かくて、多分死体とは全然違う。

 この熱を冷ましてくれるのは、冷たい死体だけなのかもしれない。

 それでも、死体には触れてはいけない。

 生きている人間の手で触れて、汚していいものではないのだから。

「ちょ……っ、深月っ……、どうしたん、ですかっ?」

「はぁ……っ、悪い、黛さん……っ……、我慢出来な……っ」

 黛さんの黒いコートを剥がして、服の中に手を入れる。

 暖かい身体はびくりと反応して、俺の冷たい手から逃れようとした。

 細くてすべすべの脇腹を弄る。

「ひっ……、み、深月……っ」

 自分の荒い息遣いと、あかりの抑えた声が重なる。

 脇腹を上っていくと、レースの膨らみに行き当った。

 控えめな胸は、片手の中に易易と収まるサイズだ。

 左右の胸を両手で掴んで、遠慮なく揉む。

「ん……っ……い、た……っ」

 耳元に灯の吐息がかかる。

 闇の中で白く浮き上がる、灯の首筋に舌を這わせて温度を味わう。

「んひゃっ……ちょ、深月……っ、ひ……っ」

 そこが感じるのか、灯の体が逃げようと小さな抵抗を見せる。

「……はぁっ、は……灯……っ、駄目だ、おとなしくしろっ、動くな……っ」

 人形のような灯の目が静かに俺を見る。

「……少し落ち着きなさい。そういう事なら自分がなんとかします」

 力づくで俺と距離を取った灯は、逃げていくかと思ったのに再び俺の傍に来て屈んだ。

「……灯……?」

「深月は何もしなくていいですから」

 目線を合わせた灯が、俺の下半身を夜風に晒す。

「失礼します」

 灯の細い指に、その温かさに、背筋がゾクゾクする。

 灯がゆっくりと口を開いた。


 無表情のまゆずみさんが、ぺろりと舌を舐める。

「……深月、泣かないでください。えっと……ちょっと悪ふざけが過ぎたみたいです。すみません……」

 優しい手の平が髪をかすように、頭を撫でてくれる。

 黛さんのその言葉と動作で、俺は自分が泣いてしまった事に気付かされた。

「…………忘れてくれ」

「どうして? とっても可愛らしかったですよ」

「そういうことを言わなくていい」

 微笑む黛さんから目を背けて耳を塞ぐ。

 これが、穴があったら入りたい状況というやつか。生まれて初めてその言葉が身に沁みた。

 本当に心底、穴に埋まって二度と出て行きたくない。

 雲が動き、少女の体を闇に隠した。

「……深月、ありがとう」

 塞いでいた耳に、泣きそうな声が微かに届いた。

「………………え?」

「この子は、貴方が救ったんです。これで綺麗に家族に見送ってもらえます」

「…………」

 黒い地面を向いていた視線を、再び少女の方へと向ける。

 少女は五体満足で安らかな顔をして、まるでただ眠っているだけのようだ。

 そうだ。俺が彼女を治したんだ。

「貴方の死体への愛が、奇跡を起こしたんです」

 黛さんを見ると、ちょうど雲が月を隠して影が落ちたところで。

 一瞬だけ見えた黛さんも、泣いているように見えた。

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