初デート・ラプソディ【冒険者ギルドの受付嬢推しをする彼はその娘に嫌われてました〜外伝〜】

マクスウェルの仔猫

第1話 初デート・ラプソディ

「おはよう、カナン、リリア」

「あれ、ジル来た。おはよー…」

「おはようございます…」

「今日は集まる日じゃなかったよね。どうしたんだい?二人とも疲れた顔をして」


 カナンとリリアが揃ってぐったりとソファに座り込んでいる姿にジルが目を瞠る。


 ここは、ギルドからA級以上のパーティーに貸与されている、ギルドに隣接した建物の中にある『銀麗の翼』専用ルーム。


 使用用途は特に取り決めがなく、公序良俗に反しない範疇であればパーティーの自由である。


 バスやトイレ、キッチンもあり、コンシェルジュが常駐するといった高級ホテル並みの至れり尽くせりの環境を備える、上位ランクを目指す者達の憧れの「持ち部屋」であった。そこに、疲れ切った若い女性が二人。


「「テスタのせい」」

「え?」


 声を揃えた女性陣二人にジルが目を白黒させる。


「テスタが今日エド君との初デートでしょ?ここのところテスタがハンパなくって大変でさ、今朝送り出すまでヤバかったんだよ〜」

「うん、テスタめちゃめちゃ嬉しそうだったよね」


 エドはテスタレーゼがかれこれ1年程前から片思いをしている、冒険者ランクDの青年である。家族思いの優しい青年で、その人柄から街の人達に愛されている。


 以前テスタレーゼが、回復薬の素材を買いに出た際に、財布を忘れて会計に困っていた所を、立て替えてくれて名も告げず去っていったのがエドとテスタレーゼの出会いだった。


 先日、エドが憧れていたギルドの受付嬢の奸計により、危うく命を落とす所を、テスタレーゼによって助けられた。


 ジルは、好みは千差万別であるし、また人を見る目もそれぞれである、とは思っているが、受付嬢が策を弄して命を天秤にかけたのがいけなかった。


 ただし、結果としてエドは助かり、テスタにはいい方向に話が向いたので、悪くない展開だろうと、考えていた。あくまでも結果論ではあるが。


「それは、しょうがないんじゃないか?受付嬢を見つめるエド君を柱の陰からヤキモキと見ているテスタを、何とかしたいって言ってたんだから、君達も苦労のしがいがあったろう」


 ジルは、そう言って笑った。


「ジル、それに関しては私達のテスタへの認識が甘かった、と言わざるを得ません。浮足立ったテスタは、正に天災です」

狂戦士バーサーカーだったよ…」


 リリアとカナンが、悟りを得た様な表情で話す。


「そ、そこまで?」

「この前、私が初デートの服を相談されて買い物に行った時の事なんですが…」


 これは話が長くなりそうだ、と直感したジルはリリアに断りを入れて、人数分の飲み物と軽食をメッセージボードに書き込む。


 このボードに書いた内容はコンシェルジュのいるフロントに魔法で伝達される。

 承りました、の返答を見てジルはソファでリリア、カナンと向かい合った。


「お待たせ。それでリリア、買い物はどんな感じだったの?」

「それがですね…」


 ●


 テスタレーゼから、初デートの用の服を見立ててほしいと頼まれたリリアは、ふたつ返事で引き受けた。


 そもそも、テスタレーゼの片思いに業を煮やし、焚きつけた『銀麗の翼』メンバーとしては罪ほろぼしと恋を応援したい気持ちが半々である。


 買い物当日。


 買い物用にギルドでお金を下ろしてくるというテスタレーゼとリリアは、ギルド前で待ち合わせをした。


「リリア、すまない!待たせたな」

「いいえ〜、ついさっき来たところですから。…その袋、重そうですね、何が入っているんですか?」


 テスタレーゼが肩に背負っている頭陀袋が、非常に重そうに見えたリリアが問いかける。


「ああ!気にしないでくれ!今日はリリアが初…初デート…の服の検分をしてくれるのだからな。金が足りん、という事態は避けたい。なので、多めに下ろしてきた」


 リリアが勧めようとしている服は、多く見積もっても金貨10枚ほどで、先に伝えなかったリリアの責任である。

 

 申し訳ないと思う反面、初デートに向けて気合い充分なテスタレーゼを可愛らしいな、とリリアは感じていた。


 そう、この瞬間までは。


「私のお勧めはトータルで多くても金貨10枚くらいですね。ちなみに、幾ら下ろしてきたんですか?不用心ですしあまり多く持っていかない方がいいと思いますが」

「ありがたい。金貨1000枚は流石に嵩張るし、重いな」


 リリアは固まった。

 それは、重いはずだ。重そうに見えるに決まっている。

 そしてそれよりも…。


「テスタ。貴女は初デートでドラゴンでも狩りに行くつもりなのですか?それで服に最上級の属性付与エンチャントを、とか…」

「…?そんな訳無いだろう、大丈夫か?」

「…金貨20枚ほど残して、ギルドに入金し直してきなさい。い・ま・す・ぐ!!」


 大丈夫か疑わしいのは貴女ですよ!と叫びたい衝動を抑えて、リリアはギルドを指さしたのであった。金貨1000枚は、豪邸とは言わないまでも家が買える額である。


 そしてこの後も、リリアは怒涛の不可解に晒され続けた。例えば。


「やはり、恋、恋人同士はペアルックとかがいいのだろうか」

「(まだ恋人ではないでしょう)…ペアルックまでいかなくてもお揃いのマフラーとか手袋とか、それかアクセサリーの小物系もいいんじゃないですか?二人の絆としてお揃いにすること自体が嬉しいんですよ」

「そ、そうか!お揃いはいいな…店主殿、店主殿!ミスリルの鎧と剣を2セット、オーダーしたいのだが!」

「ちょっとお待ちなさいな!!」


「初デートとはいえ、これを足がかりにして末永くエド君と付き合っていきたいのだが、二人の新居を贈るのは早計だろうか」

「…(´・ω・`)」


 その時リリアは、自分の最大火力聖魔法ホワイト・ノヴァをテスタレーゼに使っちゃだめでしょうか…という気持ちと必死に闘っていたそうだ。


 ●


「おおう…それはスゴイ。リリア、大変だったね」


 ジルは、冷や汗を掻きながらリリアを慰める。


「私はリリア程では無かったけど…」


 カナンは料理を教えてほしい、と頼まれたそうだ。


 カナンは食べるのも作るのも大好きである。

 初デートで無理して手作りのお弁当を作っていかなくてもいいんじゃないかな?とは思っても、テスタレーゼの片思いに業を煮やし、焚きつけた『銀麗の翼』メンバーとしては罪ほろぼしと恋を応援したい気持ちが半々である。


「この前カナンが作った鶏肉と根菜の煮物が作りたいのだ。手作り弁当を、当日持参したい。スマンが、いろいろと教えてもらえないだろうか」

「お弁当にね、オッケーオッケー!煮物を入れるとしたら後はねぇ…」


 好きな人にお弁当作ってあげたいとかテスタ可愛らしいなぁ、とカナンは微笑ましく思った。


 そう、この瞬間までは。


 この後、カナンは怒涛の脱力感に悩まされ続けた。例えば。


「根菜の皮向かないで何でそのまま入れるの?その右手の包丁を使ってよぉ」

「煮れば皮は無くなってくれるのではないのか?」

「そんなわけ無いでしょ…」


「何で鶏肉の煮物なのに猪のお肉何回もいれようとするの?グレートボアの呪い?!」

「美味しそうだと思わないか?猪の肉」

「後で一緒に作ろ!あ・と・で!」


「…後はこうやって灰汁アクを取るの」

「む?料理にも悪はいるのか?」

「…悪ではないけど、浮いてるアクはいらないよ。丁寧にアク取りしないとお料理の味や香りにエグみが出ちゃうんだ」

「悪もアクも排除せねばいけないと言う事だな?ふふふ」

「…(´・ω・`)」


 その時カナンは、自分の最大火力の流星魔法ミーティアをテスタレーゼに使っちゃだめかなぁ…という気持ちと必死に闘っていたそうだ。


 ●


「…カナンも頑張ったね、お疲れ様でした」

「まぁ、結局は私がメニューと食材を徹底監視して、一緒にいろいろと料理を作ってから、お弁当に詰める物を選んでもらったんだけどね。みんなの分も…って思っていっぱい作ったから後でみんなで食べようよ!冷やしたり凍らせたりして保存してるから」

「ありがとう。早速後で頂くよ」

「カナンの料理で自分を慰めてあげます…」


 と、3人で話してる所に、銀麗メンバーのジェイドがやってきた。


「なぁ、テスタいるか?確認で来たんだが」


 ジルは、嫌な話の予感しかしない…と思いつつ、


「テスタはほら、例のエド君との初デートで、張り切って出かけたみたいだよ。どうしたんだい?」


 ジルの言葉に、ジェイドは不思議そうな顔で答えた。


「じゃあテスタじゃねえな、あの話」

「「「あの話?」」」

「いやな?ギルドに向かう途中で小耳に挟んでな。売出し中の物件の前で剣を二本腰に差して仁王立ちしてる、でっかい風呂敷持った得意顔の銀髪の女がいたって話だ」


「「「…」」」


 ジル、リリア、カナンが無言で立ち上がる。目に光が無い。


 野生の狂戦士テスタレーゼが現れた!

 スタンバーイ!スタンバーイ!

 さあ、こいつは戦争だ!


 僕の召喚獣もっふもふ達に足止めは任せてくれ!

 なあに、これであの娘は骨抜きだ!

 私のホワイト・ノヴァ漂白剤で、魂の欠片一つ残さずに真っ白に染めて差し上げますわ、うふふ。

 オッケー!トドメはボクのミーティアたらい落としだね!この一撃に、全てをかける!!

 おい、そこの3人、まずは説明プリーズ。


 ジェイドを置き去りにして、3人は部屋から飛び出して行く。


「おーい!…行っちまった。何が起きてんだ?」


 怪訝な顔をするも、揉め事の予感を感じ取ったジェイドは、触らぬ神に祟りなし、と魔導冷蔵庫を明けた。


「酒と、後は昨日カナンの言ってた料理をツマミにでもして…何だよ、食いモン何にも入ってねえや」


 その行方は、テスタが持っている風呂敷の中であったりする。


 それから三ヵ月、エドとテスタレーゼは順調に交際を進めているらしいが、銀麗のメンバーの完全個別指導の賜物だという噂があったり無かったり。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初デート・ラプソディ【冒険者ギルドの受付嬢推しをする彼はその娘に嫌われてました〜外伝〜】 マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ