でぶせん女子のメシはうまい。~異世界転移編~

志馬なにがし

+(extra)kg でぶせん女子のドラゴンテールスープ


 気がつくと、鬱蒼うっそうとした森の中にいた。

 すでに日は傾いていて、このままだと夜になってしまう。


「ここは……どこだ」


 たしか、就活面接の帰り道、美帆に米を買ってきてと言われ10キロの米袋を抱えて家に帰っているときだった。カタツムリがトラックに轢かれそうになっていたのだ。


 俺は「危なあああああああああい!」と叫んで、そのカタツムリの前に飛び出したんだけど……。


 俺はトラックに轢かれている。

 そしてあの状況だと確実に即死だったと。


 俺は自分の体をなで回してみると、傷ひとつない。

 スラックスにワイシャツもきれいなもので、俺のそばには10キロの米袋がある。


「どういうことなんだろう……」


 理解が追いつかない。

 そこらの木は雲より高く、ユグドラシルって言われても不思議じゃないほど大木で、葉っぱは地面に落ちる一瞬に淡く輝いて、地を這う虫? もカラフルだ。

 ここは地球……なんだろうか。


 混乱していると、森の中から、「ひょ⤴ ひょ⤴ ひょ⤴⤴」と聞いたことのない動物らしき鳴き声がして、ズドン、ズドン、となにか巨大生物の足音が地響きを立てている。


 岩の影からのぞき込むと、ビルよりも大きいがいた。

 そのトカゲは二足歩行をしていて、背中に大きな羽がある。

 そう、そのトカゲはトカゲではない。


 ドラゴン。


 そう呼ぶことを俺は知っていた。

 空想上の生物だと思っていた。

 おとぎ話の生物で、実在しない……そう思っていた。


 ドラゴンが息を吐くたびに、口元からわずかに火が吐かれる。

 ドラゴンの吐息は生暖かく、そして臭い。

 森の匂い、土の匂いに混じって、血なまぐさい。


 直感的に悟る。

 殺される。

 牙でひと噛み、もしくは、あの鋭利な爪で割かれるか、太い尻尾でひと振り。

 そんな簡単なことで、俺は殺される。


 心臓が、痛いほど脈打つ。

 死を目の前にして、異常な緊張からか、視界が飛びそうになる。

 

 そのときだった。

 バキッと、小枝を踏んでしまった。


 ドラゴンがばっとこちらに目線を送る。俺は即座に岩陰に隠れ、息を殺す。

 こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。こっちにくるな。

 ただただ祈るのみ。


 ズドン、ズドン、ズドン、と足音が近づく。

 死ぬ。

 そう思ったとき、森の奥から「ひょ⤴ ひょ⤴」と鳴き声がして、ドラゴンがゴウッ! と小さく吠えた。それから足音が遠のいていく。


 助かった。

 胸をなで下ろすとか、そういうことはしなかった。


 必死だった。


 俺はあたりを見渡し、近くの大木の根のところを掘り返した。

 自分ひとりが入れる空洞を作り、隠れる。

 歯がガタガタと鳴っている。

 俺は震える身を両手で摩りって全身の震えを抑えようとした。





~10日後~





 洞穴から迂闊うかつに出ると、ドラゴンに遭遇するかもしれない。

 そう思うとどこにも出られなかった。

 根を傷つけると水滴が垂れて、それを飲んで命を繋いだ。


 察するに、これは異世界転移というやつだ。


 俺はトラックに轢かれるカタツムリを助ける際、事故に巻き込まれて異世界に転移したようだ。


 おいおい。こういうのって、死ぬ直前の善行に対して、超越した能力を与えられるもんじゃねえの? チュートリアルもなし? 善行が足りなかった? カタツムリじゃ不足ですか神様よ。


 根から滴る水のみで生き延びている俺はもうガリガリになっていた。


 あれだけ美帆に育てられたからだも……見る影もない。


 このままじゃ、美帆に絶叫されてしまうな……。


 空腹すぎて意識が朦朧もうろうとした。

 あ、これ死ぬわ。

 そう思った。









「ダメ――――――――――ッ!」











 はは。美帆の声が聞こえるや。








 自分の死期を悟って笑える。

 

















「ダメ――――――――――――ッ!」




 また、美帆の声がした。




「ダメだよダメだよ痩せちゃダメなんだよ! コウくんは痩せちゃダメなんだよ!」




 からだをガクンガクンと揺さぶられるので、目を開けると……。

 



「美帆?」


 俺の正面におわします制服姿の美少女――夏秋なつあき美帆みほは、4つ下の女子高生だ。背がちっちゃく華奢。目がパチクリのド童顔。それでいてお胸はご立派に育っているものだから、俺を揺さぶるたびぽよんぽよんと当たるわけ。


「はは、美帆が見えるや」



 死ってすげえ。

 妄想が見える。




「ダメだよダメだよ痩せちゃダメなんだよ、コウくんが痩せるなら私も死ぬ!」


「はは、落ちつけって美帆」


「落ち着いていられないよ! だってコウくんこんなにガリガリなんだよ! 意味わかんない、なんでちゃんと食べていないんだよ!」


「だってドラゴンとかすげえ怖いじゃん。このまま引きこもって餓死するしか俺には無理」


「ちょ、コウくん? ダメだよダメだよ痩せちゃダメなんだよ異世界にも食べられなくて困ってる人がいっぱいいるんだよ。それでも諦めなくて生きてるの! ちょっとドラゴンが怖いからってあきらめてどうするのって、ちょっとコウく――――――んッ!」


 昔、美帆と「俺、ダイエットしようと思う」って言ったとき、全力で阻止されたことがあった。そのやりとりを思い出して、ふふと笑う。


 空腹でかすむ視界には涙目の美帆が必死に声を掛けてくる。


「もう美帆はあんなに痩せたコウくん見たくないんだよ!」


 ――ねえ、コウくん!


「美帆は100キロ超えたコウ君がいいんだよ!」


 そう。

 何を隠そう俺の幼馴染みである美帆は極度のデブ専だ。

 

 手が届くところにブラックサンダーを置いたり、カバンにカロリーメイト忍ばせたり、事あるごとに俺を太らせにやってくるデブ専だったのだ。


 太らせようとしてくる美帆を、俺――水上貢介みずかみこうすけは就活の面接で印象がわるくなるからと、痩せようと拒んでいた。


「最期に……美帆の料理が食べたかったな……」


 そうつぶやいたとき、口の中になにかねじ込まれた。

 ぐりぐりとなにかが押し込まれていく。


 それは甘くて、濃い、チョコレートのような味。

 砂漠のように干からびた体に、エネルギーが浸透していくような気がする。

 そして、なにかねじ込まれたと思ったら、次は顔がびちゃびちゃになるほどの水がぶっかけられる!


「うわ!」


 思わず、溺れかけて身を起こす。

 と、そこには涙目の美帆がいたわけで。


「あれ、美帆? って、妄想じゃない?」


 美帆は「よかった」と顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。




 美帆の話によると、俺たちは本当に異世界転移したそうだった。


 俺がトラックに轢かれ、異世界に飛ばされたとき、美帆も俺を追いかけるためにトラックに突っ込んだらしいのだ。


「無茶するなあ……異世界転移できなかったらどうするつもりだったんだよ」


「大丈夫だよ。ちゃんと転移してもらうために神様と仲良くなってね」


「ちょい待て。神と仲良くなって?」


「私、神社にめちゃめちゃ課金したんだよー。そしたら、いつもありがとうって神様が声をかけてくれたんだ」


「賽銭を『課金』とか言うなよ……バチが当たるぞ」


「神様に聞いたら、コウくんは異世界に飛ばされたっていうから、私も飛ばして欲しいって言ったら、善行を積みなさいって」


「善行? 美帆もカタツムリを助けたのか?」


「いや、それだと最弱一般人コースでの転移になるらしいから、MAXレベルで転移できるようにがんばったんだよ」


 ぶい、と美帆はピースサインをつくる。

 転移にコース選択ができる事実にあたまを抱えるが、とりあえず美帆がどんな善行をしたか聞いてみた。


「まず難民キャンプに行って、みんなのお腹を満たしたね!」


「えらい!」


「そして戦争を止めたね!」


「すげえ!」


 思ったよりスケールがでかくて単語しか突っ込めねえ。


「すげえ……さすが美帆だぜ」


「だって、どうせコウくん、最弱コースで飛ばされているだろうから、私がちゃんとしなきゃって。あ、ちょっと見せてね。《ステータス・オープン》 ほら、やっぱりコウくん一般人じゃん」


「ちょっと美帆? さっきのなに? 《ステータス・オープン》って」


「なにってステータスを見るんだよ。これで相手のレベルを見て、勝てそうになかったら逃げる。鉄則だよ?」


「え。どうやるって?  《ステータス・オープン》?」


 俺は美帆のマネをして、手刀をつくり美帆の前で呪文を唱えながら指を滑らせて見る。すると美帆のステータスが見えた。


==

 夏秋美帆:ヴァルハラの女神

 レベル :999


 ちから :998738

 ぼうぎょ:872679

 まほう :999999

 かしこさ:780923

 うん  :93089


 しょうごう:勇者/世界を救うもの

==


「すげえ。なんだよ《ヴァルハラの女神》って。レベルもステータスもえげつねえ……勇者だし」


「そだね。コウくんを探す中で四天王ってやつらをやっつけちゃった」


 あとは魔王だけと、ぶい、と美帆はピースサインをつくる。

 え。そんなノリ?


「ちょっとこれって自分のステータスも見れるのか?」


 美帆に教わって自分に対して《ステータス・オープン》をする……と。


==

 水上貢介:底辺オブ一般人

 レベル :2


 ちから :31

 ぼうぎょ:23

 まほう :0

 かしこさ:2

 うんこ :99


 しょうごう:ユグドラシルの寄生虫

==


「なんだよこれ……レベル2ってクソ雑魚じゃん」


「だ、大丈夫だよ。コウくんは美帆が守るもの」


 美帆が全力でフォローしてくれる。

 それが逆に惨めだ。


「それに、さいごのステータス、『うん』じゃなくて、『うんこ』なんだけど。うんこ99ってなんだよ。称号は寄生虫だし」


「それは、世界の守り木であるユグドラシルの根っこをかじって生きていたから……」


「それで寄生虫扱いかよ……それよりさっき口にねじ込んできたのはなんなんだ?」


「これ?」


 美帆はピー玉大の茶色い果実を手の平に乗せて見せてくる。


「これは、カカオラの実っていって、この世界にしかないとっても栄養価と油分が高い木の実なんだ。非常食としてよく食べるみたい」


「そうか……おかげで助かった」


「まだ起きちゃだめ。ちょっと待ってて、ちゃんとした料理作るから」


 美帆はニコッと笑って、シュパッとその場から消えていった。






 体感的に30分くらいして。





 俺が寝そべる穴ぼこにいい匂いが漂ってきた。


 じゅる。

 一瞬で口の中がよだれで満たされる。


「コウくん、お料理できたよ♡ 起きられる?」


 美帆がやってきて、肩を貸してくれた。

 そして俺を外に連れ出してくれる。


 穴の外には……。


「うわぁ♡」


 たき火がひとつあって、そのたき火の上には鍋がぐつぐつとスープが煮立っている。

 そこは野営って感じで椅子代わりの岩がセットされてある。

 なにより、ぐつぐつと沸き立つ鍋から、食欲を駆り立てる匂いがむわあっと漂ってくるわけで。




「じゃじゃーん。美帆の異世界料理でーす♡」


「こんなところで本当に美帆の料理が食えるのか? 夢じゃないよな」


 泣きそうになる俺氏。

 ほっぺたをつねってみて、痛みと同時、ぐうと鳴る胃袋の空転を感じて、生きている実感を得る。



「はは、美帆の料理だ。美帆の料理だ」


 ダメだ。泣けてくる。


 もう外は日が傾いていて、たき火のオレンジがやさしくその場を照らしている。

 もくもくと白い煙が藍色の空に昇っていく。


 そのシチュエーションにはらへり10倍増しなわけ。


 鍋のスープが超うまそうなわけ!


「私がモンスター避けしてあげるから、安心して食べてね♡」


 美帆は木の器に入れたスープを手渡してくれた。


 そのスープには牛の随みたいな骨がついたごろっとしたお肉が入っていて、そのほか、芋のようなものが入っている。

 スープは少し白濁していて、それでいて赤い油が浮かんでいる。

 肉の脂がスープに溶け込んだいいいいいいいいいいいい匂いがする!


 めっちゃ食欲をそそる匂いがする!!


「あ、熱いからがっついたらやけどするよ!」


 そう言って美帆は俺の器から木で作ったスプーンで肉とスープをすくって、ふうふうしてくれる。


 そして……。


「はい、あーん♡」


 じゅわっと視界に涙が広がった。


 いつもの美帆のあーん♡ だ……。

 太ってやるものか、と拒み続けた、美帆のあーん♡


 今日は……。

 今日こそは……!


 思う存分…………食べてやるッッッッ!



「いただきます!」



 叫んで、俺は美帆のスプーンからひとくち頬張った!


 ぱくり。

 もぐっ……じゅわ……。


「うまぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 叫んだ。叫んだ。叫んだよ。


「うまッ! とろっとろじゃん、このお肉!」


 ひとくち頬張ると、お肉の繊維がほろほろに解け、脂がじゅわっとあふれてくる。それにこの脂がしつこくないわけ。


 良質な脂がうまみになって口の中を巡る巡るかけ巡るわけ!


「なんだこれうっまいな!」


 それに異世界の香辛料だろう。ニンニクや玉ねぎみたいな滋養強壮に良さそうな香りがスープの土台を支えているッ!


 焚き火がパチパチと弾けて、木の燃えるいい匂いが料理のおいしさを爆上げしてくるわけ。まるでキャンプ気分で最&高!


 最最最最最最&高高高高高高ッ!!


 そして、


「ピリ辛だな! なんだこれ超うまいじゃん! 何の肉?」


「ふふ……それはね」


 美帆は笑ってドヤ顔で言った。


「そのお肉はドラゴンだよ!」


「ドラゴン!? ってここらでうろついていたやつ?」


「そう、そのドラゴンの尻尾のお肉なんだよ! ドラゴンって尻尾なら自分で再生するから、何度もぎ取っても食べ放題だし!」


「ドラゴンってそんなトカゲみたいなことなんの!?」


「そう! それにドラゴンってね、この実をよく食べるらしいの」


 美帆はピー玉大の真っ赤な果実を手の平に乗せて見せてくる。


「これはハバロイエの実って言って、人間が食べるには劇物並に辛い木の実なんだ。ちょっと舐めただけでも気絶するくらい辛いの。けどドラゴンは好物らしくて、この木の実を食べるドラゴンの実はほんのり辛いんだ」


「だからこのスープはピリ辛なんだ」


「おいしいでしょ」


 にんまりと美帆は笑う。

 たき火の温かさも相まって、からだの芯が温まっていく。


 ひとくち、またひとくちと美帆のスープを味わっていく。


「うめえ……」


 もう号泣だった。

 うますぎて。

 助かって。

 美帆に会えて。

 いろんな感情がスープに溶けて、俺を温めていく。


「あ、コウくんが大事そうに抱えていたお米も炊いたんだ」


 はいっ、と美帆が白いごはんをよそってくれる。


 あの日、買ってきてくれと言われた米。

 届けることはなかった米。


 それを……美帆が炊いてくれた。


 俺はごはんをスプーンですくい、スープにひたして、食べる。



「うまっしゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 もうこれ完落ちするやつじゃーん!

 俺は叫んでごはんをかっこんでいく。


 ごはんがスープのうまみを吸って、脂と辛みとごはんの甘みが口いっぱいに広がって、口の中まるで遊園地状態なわけッ!


 スープ→ごはん→スープ→ごはん→肉→スープ→ごはん→スープ→ごはん→スープ→ごはん→スープ→肉→ごはん→スープ→ごはん→スープ→ごはん→スープ→肉→肉→肉→ごはん→スープ→ごはん→スープ→ごはん→スープ→ごはん→スープ→ごはん→スープ→ごはん→スープ→ごはん、のノンストップパレードなわけッ!


 スープ? おかわりだよね。

 ごはん? 山盛りでお願いします。


 もう何杯も何杯もかっこんで、のど詰まらせかけて、スープで流し込んで……もう脳内麻薬でも出てんのかな「しあわせ~」が脳内に広がっていく。


 永遠に食い続けられるぜドラゴンテールスープ!



 うっまい。

 うまい!




「ひょ⤴ ひょ⤴」


 急に美帆が奇声を発し始めた。


「それは?」


 美帆は顔を赤くして、こっち見ないでと言う。


「この森に住む、エムヌシカズラっていう森の主の鳴き真似なんだ。この声を定期的に出していたら、モンスター来ないから」


 安心して食べて、と美帆は恥ずかしそうに笑う。


 もしかして、俺がドラゴンに襲われそうになったとき、あの日も助けてくれたのは美帆だったのかもな。


 俺は美帆にあらためて感謝して、目の前の超うまいドラゴンテールスープを完食するのであった。






「ごちそうさまでしたあああああああ!」






 最高だった。

 美帆が見つけてくれてホントよかった。





「さ、コウくん。行こうか」


「? どこに行くんだ?」


「もとの世界に戻るなら、魔王を倒してこの世界を守る必要があるらしいの」


「おいおい。まさか行くって……」


「大丈夫だよ。コウくんは美帆が守るもの」


 また、ニコッと美帆は笑う。

 そして、


「魔王なんて、イチコロだよ」


 ぶい、と美帆はピースサインをつくる。

 え。そんなノリ?


 俺は嘆息して、満腹になった腹を撫でるのであった。








=本日の摂取カロリー=


 ドラゴンテールスープ×10杯

 +ごはん×10杯


 6,348kcal(≒ドラゴンの尻尾はうまい!)

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