2120年/7月7日〜2120年/7月8日 変動

 我ながら、だらけ過ぎじゃないかと最近思うようになった。

 と言うのも、飛び級する力があるのにわざわざここに残っているのは何故なのかと、自分を思い返すくらい暇な店番のおかげで、再始動するかと言うやる気のようなモノが湧いて来たと言う訳だ。

 しかし、いざ再始動しようと思っても、飛び級試験はまだまだ先、勉強をするにしても、大学院卒業程度なら既に分からない所は無い。

 なら、今俺は何をするべきなんだろうな。

 また家族の為に家事でもするか?美帆さんも仕事があるわけだし、家事に疲れる日もあるだろう。

 未だに燈は美帆さんの事を家のお手伝いさんだと思ってる節があるから、たまには家事をしない日でも作るか。


 冬夜は日曜の早朝、朝4時にそんな事を考えながらキッチンに立っていた。


 父さんは休日診療とかの関係で日曜も仕事がある。美帆さんもそんな父さんと同じ職場って事もあって仕事だ。

 毎朝、朝早く起きて父さんの弁当を作ってる。

 燈は俺が作った物しか食べないから俺も作ってるんだが、正直人材過多じゃないか?

 燈が俺が作った物しか食べない関係で俺が作るのは確定しているのなら、朝は俺が作った方が良いのではないか?

 そんな訳で、こんな時間から朝食と弁当作りだ。


 幼少期からやってるだけあり、冬夜の手際は極めて良く、直ぐに弁当分の調理が終わり、朝食の支度も進める。

 2人の出勤の時間に合わせる為に支度だけして少し暇を潰す。


 流石に朝早過ぎたな。

 2人分の弁当を作るのに1時間なんてかかるはずもない。

 それなのに4時からスタートして、アホか?

 いやまぁ、美帆さんより先に始めたかったからなんだが。


 冬夜はテレビをつける。


 テレビなんて見るの何年振りだろうな。

 燈が子供向け番組を見ている時に一緒に見たりしていたのが最後か?

 ざっと10年以上か。時が経つのは早いな。

 あの期間がいかに濃かったか窺い知れる。今は日常があまりにも薄過ぎて印象に残ってないからな。

 あの期間の事は昨日の事のように思い出せる。思い出して笑いそうになる。

 必死に頑張っているのは認めるが、必死過ぎだ。もっと心に余裕を持ってやっても間に合う力量がお前にはあるだろってツッコみたくなる。


 冬夜は日曜の朝にやってる番組を見ながら彰人に突然のメッセージ送信攻撃をする。

 ただの思いつき&嫌がらせである。


『お前朝何時だと思ってんだ』

『5時前だな。部屋に時計無いのか?』

『あるわ、時間聞きたかった訳じゃねぇわ』

『早起きは三文の徳、今日からお前も朝4時から起きるんだ』

『5時じゃねぇのかよ。それはそれとして、お前5時前に送信した最初のメッセージが《馬の耳に拳骨》ってなんだよ、馬に何の恨みがあるんだよ、やめてやれよ』

『次はお前だ』

『事後かよ、しかも俺も殴るつもりかよ』

『お前の耳に拳骨』

『馬じゃなくて耳に恨みがあったのか……』

『時間だ、オメェさもう用済みだ』

『はい?』


 冬夜はそう言い残して携帯電話を置く。


 さて、朝食の準備をするか。


 完全に暇つぶしのオモチャとして使われた彰人だった。

 冬夜が朝食の準備を始めると、美帆が起きて来る。


「もしかして……不味かった?」

「いや、どうせ燈の偏食のせいで俺も作らないといけないなら、俺1人で作ろうって思っただけ。それに、美帆さんも父さんも仕事だしな」

「ちょっとやる気戻ってきた?」

「まあ、そんなところ」

「なんか、私が来てからやる気無くなっちゃったみたいだったから……良かった」

「長い五月病だよ」


 10年以上5月だったのか俺は。

 道理で自分が成長していない気がしていたんだよな。

 まあ、5月が6月になったところで、成長するかと聞かれれば話は別なんだが。


 冬夜が朝食を作っていると、それを察知して燈が起きて来る。


「あ、サボってる」

「燈、美帆さんはお手伝いさんじゃないぞ」

「未だに義母さん扱いですらないのはちょっと傷付くよ……」

「家族はお兄ちゃんが居ればいい」

「しれっと父さんも切り捨てるなよ」


 燈の矯正も考えていかないとな、本格的に。

 転校するか、よしそうしよう。


「今決めたんだが俺、来年引っ越すから」

「「なんで!?」」

「何故そこで美帆さんまで」

「流石に唐突過ぎるよ!?」

「本格的にそこの義妹の矯正をだな」

「ぎ、義妹……」

「最早家族と縁を切ると言わんばかりだね……」

「結局の所、人間は環境に適応する生き物だ。俺がいない、関わらない環境に適応させる。それがブラコンの治療としては良いだろうって思っただけだよ。最悪、それも念頭には入れているが」


 まだ引っ越し先とか考えてないが、取り敢えず行きたい大学の近くにしようか。

 幸い、バイトモドキの経営者だから金は集まるしな。

 となると、ちゃんとした経営戦略を考えて行かなければだな。

 やり甲斐のあることで。





 その日から燈の冬夜引っ越し阻止計画が始まった。

 元々頭の良い燈は、冬夜が引っ越しをする理由を正しく理解出来ていた。

 よって、せめて外面だけでもブラコンではなく普通、なんなら嫌いくらいな雰囲気を保とうとした。


「あぁ……死にたい」

「君が始めた事なのだから辞めれば良いのでは?」

「三輪車で轢き殺しますよ、会長」

「仮にそれで死んだら愉快だね」


 冬夜を嫌おうと言う燈の計画は初日の昼には限界が来ていた。

 燈の考えることは冬夜に簡単にバレてしまう為、冬夜はそれに乗っかって朝から燈に非常に冷たかった。

 第一に、冬夜が弁当は自分で作れと言って先に出発してしまい、その時点で燈の心が折れた。


「それで今日は惣菜パンなのか」

「うぅ……」

「いやしかし、君の兄は凄いな。朝の段階で気が付いて対応して来たのだろう?人材としては素晴らしいな」

「会長、もう席がありませんよ」

「書記くん、無いなら作れば良いと思わないかい?」

「え、冗談ですよね?」

「流石に冗談だよ。私にもそこまでの権限はない」


 結局、生徒会に用も無いのに今の冬夜に近づくと心を徹底的に折られそうな気がして生徒会にやって来た燈だったが、仕事がないのに冬夜から距離を置くようになってしまった環境に絶望したのだった。


「しかしだ、こんな状態で放置もして置けないな。書記くん、何かいい案はないかい?」

「何故俺」

「同じクラスなのだろう?」

「そんなこと言われてもですね……。今のあの人は完全無欠、絵に描いたような完璧人間ですよ。あの人を変えるならどう考えても、こっちを変えるべきです」

「なるほど、詰みか」


 惰性が抜けてやる気になった冬夜はよもや手加減無用、立ち塞がるならねじ伏せ消し飛ばすが如く、授業態度やテスト点数を全て満点の対応、点数を叩き出していた。

 そして、午前の授業で黒板に書いてみろという学校でよくある風景で、教師よりも分かりやすく、クラス全員が完璧に理解できるように解き、説明してみせた。

 その時点でクラスの中での教師のカーストが冬夜の下になった。

 登校してお昼までの約4時間、たったの4時間で教師は立場追われてしまった。


「4時間で学年の事実上の王か。いやぁ、素晴らしい人材じゃないか。私よりも優秀そうだ」

「今や、実力至上主義、能ある人間が上に行き、無能は叩き落とされる。人間性のみのスクールカーストが崩壊しましたよ。おかげでクラスでの地位が若干上がりましたが」

「陽キャと呼ばれる人間が淘汰されたと?」

「遠回しに陰キャって言ってます?」

「まさか」

「はぁ、別に陰キャ陽キャで格差が出来たわけじゃありません」


 ある意味では真の平等を得たと言っても良い。

 冬夜は特に何かしたつもりはなく、ただ真面目に過ごしているだけで、これまでの事も相まって本人が知らない所で王のような扱いされているだけである。


「しかし、副会長がこの様子だと後々仕事に支障が出そうだ。書記くん、呼んで来てくれるか?」

「えっ……」

「何か問題でも?」

「トドメになりませんか?」

「トドメになるかは燈次第だけどな」


 冬夜が突然現れて柏原はひっくり返る。


「直接会うのは初めてですね高嶺会長。燈の兄、雪染冬夜です」

「君が……そうか。いや、それよりも何か用があるのかな?」

「個人的にはあまり気乗りしないのですが、理事長から生徒会を含めた明確なランク制度導入の通達です」


 冬夜は高嶺に直接書類を渡す。

 その書類には生徒会を学園のトップとし、学年で分けるのではなく、生徒の能力でクラスを分けると言う内容が書かれていた。

 具体的には生徒会をSランク、下にA〜Fランクまでのクラスを作り、次の全学年に能力テストなる勉学、運動能力、適応力などの現代人としての能力を数値化するテストを受け、その数値ごとにクラスを振り分ける。

 学年は学年で残すのだが、卒業の際にクラスのランクが内申書に記載される為、この人間がどのくらい使える人間なのかを見て分からようになる。

 飛び級という制度すら既に古い、これからは学年ではなく全生徒が正しい能力で評価される学園にする、そう言う制度だ。


「なるほど、理事長も思い切った事をする。それで、この能力テストについては何か聞いているかい?」

「午後の授業を使うそうです」

「……なに?」

「わざわざ1日あけて対策を立てるなど、本人の素の実力を見られないからと言う判断です」


 正直、俺も相当思い切った事だと思う。

 しかし、これが許されるのが今の社会だ。能力を示す為ならば古い制度や伝統など破壊しても構わない。

 そんなモノに足を引っ張られていては人間は前には進めない。

 常に新しい事をと言うわけではないが、能力を正しく評価する為ならば何だって起こるって訳だ。


 冬夜は去り際に燈を見てそのまま生徒会室を去る。


「早速不味い事になったな。この書類を見る限り、審査は月一、ランク変動があればその都度クラス替えが行われる。しかも、上位何%がって分かられ方をしているせいで、評価が90点を超えていてもFランクになる可能性すらある」

「それは……」

「分かっているさ。流石に言い過ぎだが、そのうちそうなる。低ランクから上がる為に努力した者だけが上に上がれる。全員がそうすれば必然的に学園全体のレベルが上がる。更に、学年を統合した事で人間のチンケなプライドも刺激出来る。エゲツないが、これほど合理的な事もそう無い。さて、最初の地獄が始まるまであと5分ほど。またこのメンバーで生徒会が出来ることを祈っているよ」


 高嶺はそう言うが、高嶺本人すらそれが不可能な事は分かっていた。

 冬夜が確実にここに入って来る。それはほぼ確定している

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普通の家族 月ノ輪球磨 @TukinohaKUMA

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