漫才コンビ「埋葬済み」は今日もウケない

八百十三

第1話

 大阪のとある演劇場、人間とモンスターが入り混じって見つめる壇上、そこで漫才を披露している一組の漫才コンビの名は「埋葬済み」だ。


「それでな、コンビニに入ってきた強盗さんが、俺に拳銃向けながら言いよんねん。『撃っても死なねぇじゃねぇか!』言うて」

「撃たれるも何もとっくに死んどるやないかい! もうええわ!」


 ボケをかましたスケルトンはボケ役の袴田。ツッコミを入れたのはツッコミ役の幽霊、小野寺。ツッコミを入れた手が袴田をすり抜けるほどにキレキレのツッコミをかます小野寺だが、しかし笑い声はまばらだ。

 そのあまりウケなかった事実に居心地の悪さを感じながら、二人は深く頭を下げる。


「「どうも、ありがとうございました~!」」


 退場の合図に拍手が起こる。その拍手に送られながら二人は舞台袖へ、そして楽屋に戻っていく。

 楽屋の椅子に腰掛けながら、袴田が深くため息をついた。


「はぁー」

「今日もウケへんかったなぁ」


 小野寺もうなだれながら椅子に腰掛ける。彼の言葉通り、最近の「埋葬済み」は滑りっぱなしだった。今日に披露した「不死者の死ネタ漫才」は鉄板の持ちネタで、これで何度も笑いを取ってきた。

 しかしここのところ、ちっとも笑いを取れていない。首をひねりながら袴田が言う。


「何がいかんのやろ、前はウケたネタやと思うんやが」

「そりゃ袴田ちゃん、あれや」


 と、そんな悩みを零す袴田に、小野寺がびしりと指を突きつける。そして率直に彼は指摘した。


なんねん、俺らのネタは」

「ま……マンネリ?」


 マンネリ、と言われて戸惑いがちな声を発する袴田だ。そんな相方に対し、小野寺は握った拳を隣の小テーブルに向かって振り下ろす。拳はテーブルの板面をするりとすり抜けた。


「いい加減おもんないねん! 幽霊とスケルトンの死ネタ漫才なんて! お客さんも見飽きてんねん!」

「えぇー?」


 小野寺の言葉に袴田が納得行かないような声を上げた。

 マンネリ、と言われたら否定はできないかもしれない。死ネタ漫才一本で七年ずっと活動してきたのだ。飽きられてもしょうがない。


「なぁ袴田ちゃん、いい加減俺らも飽きられてんねや。芸風を変える時期に来てるんやと思う」


 小野寺の言葉に、袴田はカリカリとこめかみを掻いた。七年変えずにやってきた芸風、今更変えると言ってもどうやって。


「芸風を変える言うても小野寺ちゃん、見ての通りわてら幽霊とスケルトンやで? 生命の宿った漫才なんて逆にでけへんくない?」

「それもそうや」


 袴田の言葉に小野寺が腕を組んでうなずく。確かに不死者系モンスターであることがウリの二人だ。ここでいきなり血の通った漫才をやりだしたら、逆に客が離れるだろう。

 小野寺が人差し指を立てながら切々と語る。


「でもな、俺らとっくに死んでる不死者系モンスターやろ。なら身体を張った芸だって、生きてる芸人はんよりやりやすいやんか」

「いや……でもなぁ」


 その言葉に、納得したようなしないようなという声色で袴田は返した。確かに既に死んでいるし、神経の通った肉体を持っていない。「痛い!」と声を上げてからの「いや肉体ないやん!」という持ちネタもあるのだ。

 だからこそ、小野寺の提案に袴田は難色を示した。


「でもなぁ小野寺ちゃん、わし思うんやけど。ああいう身体を張ったリアクション芸って、実際に肉体を持ってる芸人さんがやるから面白いんであって、わしみたいなスケルトンがやって、平然としてるの見ても、逆におもんなくない?」

「あー……うーん……」


 その指摘に、はっと気がついた様子で小野寺は言葉に詰まった。

 確かに今まで、身体を張ったタイプの仕事は来たことがある。だがそういう仕事はあまり長続きせず、自分にはそんなに向いていないんだろうな、と思ったものだ。

 とはいえこうして本業の漫才でもウケていない事実。打開策はなんとしてでも見つけたい。


「でも俺はそもそも肉体がない幽霊やで。リアクション芸やろうにもやりようがないねん。前に企画で塩ラーメン食って苦しんだのが関の山や」

「せやろなぁ」


 小野寺の零した愚痴に、袴田も頷いた。確かに小野寺が以前グルメ旅番組に呼ばれた際、塩ラーメンを食べて塩のせいで苦しんだ姿はだいぶウケが良かった。しかしそれが、肉体のない幽霊である彼には精一杯だ。

 どうしたものか。二人はここが演劇場の楽屋であることも忘れて頭を悩ませる。


「どないしよ……」

「どないしよなぁ」


 そのまま、少し沈黙の時間が流れる。と、そこで袴田が声を上げた。


「んっ」

「袴田ちゃん?」


 その声に小野寺も顔を上げる。ぱっと顔を上げた袴田はコツンと手を打った。


「せや! 新しいネタ思いついたねん、小野寺ちゃん」

「ほう、どんなんや」


 小野寺も身を乗り出しながら袴田の答えを興味津々で待つ。袴田は一つ咳払いをすると、胸を張って言い始めた。


「異世界に遊びに行ったらモンスターに間違われて、村の人から追い回されるわ衛兵さん呼ばれるわで大変やったわー」

「いや、間違われるも何もお前さんモンスターやないかい! ……はっ」


 袴田の話した内容に思わずツッコミを入れてしまう小野寺だが、ツッコミを入れてから気がついた。

 この展開は、今まで自分たちがやってこなかった流れだ。しかし自分も相方も揃ってモンスター、この漫才はやりようがある。おまけに死人ネタより共感を得やすいだろう。


か……アリやな……」

「せやろ? この路線を増やしていくのはどうや」


 小野寺が呟くと、袴田も膝を叩きながら歯を鳴らした。どうやら思いついた袴田も、この路線はウケると確信しているらしい。

 そうと決まればこんなところに留まっている時間はない。次の公演までにネタを作り、練習し、モノにしなければ。


「よし、やってみよか!」

「ほなら、帰ってネタ出しせえへんとな!」


 そうして二人は荷物をまとめて楽屋を飛び出す。次回の公演で大爆笑と万雷の拍手に包まれるのが、二人は今から楽しみで仕方なかった。

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漫才コンビ「埋葬済み」は今日もウケない 八百十三 @HarutoK

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