第15話 秋祭
そんな中、椿は一人取り残されるような寂しさを覚えていた。
痛みはないとはいえ、全身が焼け爛れた姿だ。気にしないと決めても、やはり人目が気になって、外に出るのは避けてしまう。
元々、武家の嫁は屋敷の奥にいて、あまり人前に姿を見せないものだ。けれど椿は春正に誘われるまま、よく外出していた。
今までが自由過ぎたのだと、椿は自由に外を歩く人をうらやむ心を諌める。
祭りの準備をしているのだろうか。外から賑やかな祭囃子の音が届いた。
針を運ぶ指を止めて、椿は耳を澄ませる。目を閉じると、祭りの景色がまぶたの裏に浮かんできた。
椿が瀬田の秋祭りに初めて参加したのは、水嶌家に嫁いで最初の秋のことだ。
領主である水嶌家の者たちが見物する前で、領民たちは太鼓や笛の音に合わせ、楽しげに踊る。
生まれ育った三谷でも、秋になれば似たような祭りが行われた。しかしどこか格式ばった
けれど瀬田の祭りは三谷よりも賑やかで、大きな輪を作って踊る領民たちは、皆心からの笑顔を見せていた。
「椿、お出で」
領主のために用意されていた席で見物していた椿の手を、春正が引っ張る。
「春正様?」
戸惑う椿を連れて、春正は踊りの輪の中に混じっていった。領民たちは笑顔で幼い次代の領主と、その幼妻を迎え入れる。
「ほら、椿、真似してごらん」
「こうでございましょうか?」
「そうそう。上手い上手い」
初めは戸惑いで強張っていた椿だったけれど、春正に褒められて、徐々に緊張が抜けていく。
見様見真似の椿は、周囲に比べて動きがぎこちなく、一拍は遅れていた。それでも皆笑顔で、椿に声を掛けてくれる。
「若様の御方様、お上手でございますね」
「お優しそうな御方様を迎えられて、若様はもちろん、私らも幸せ者ですな」
ほめそやす声に頬を赤らめながら、椿は一生懸命に手足を動かした。
「本当に、こんな可愛い妻を貰えて、私は幸せ者だよ」
領民たちに返す春正の言葉を聞いて、椿はますます赤くなってしまう。耳まで真っ赤に染めて、目を潤ませながら、椿は必死に踊る。
恥ずかしいながらも、幸せな時だった。
自分は春正の妻なのだと。この瀬田の地と、ここにいる領民たちを護る領主の妻になるのだと、彼女はその時、はっきりと意識した。
そして、春正の隣に立てることを、誇りに思ったのだ。
「春正様」
幼い頃のことを思い出していた椿の口から、夫の名が零れた。
「呼んだか? 椿」
出かけていたはずの春正が声を返してきて、椿は驚いて振り向く。
顔を頭巾で隠したままの春正は、風呂敷包みを抱えて、なにやら嬉しそうに笑っていた。
頭巾の下に、怪我などはない。ただ末姫からの縁談をかわすために、火傷の跡が残っていると偽っているだけだ。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。少しいいか?」
「ええ、もちろんです」
縫いかけの布地を脇に片付けて、椿は春正に向き直した。
頭巾を取って椿の正面に座った春正は、持っていた風呂敷を、彼女の前に広げる。中からは、桐の箱が大小二つずつ出てきた。
「開けてみろ」
言われて椿は、小さな箱から開ける。中には
「これは?」
「大きい箱も開けてみろ」
よく分からぬまま、椿は言われるままに、大きいほうの箱も開けてみる。
「まあ」
中に入っていたのは、青い鳥の面。
椿が確認したのを見て取ると、春正は残りの箱も開けていく。こちらも鳥の面と青い組み紐だ。
「これをかければ、人目を気にすることもあるまい。もうすぐ祭りがある。夫婦鳥と洒落込もうではないか」
春正は手にした鳥の面を顔に当てがって、悪戯っぽく口の端を上げる。
「真によろしいのですか?」
思わず問うてしまったのは、彼女の胸に、不安が燻り続けていたからだろう。
姿を目にした者に、怖がられることは悲しいが、自分で選択したことだ。彼女に後悔はない。後ろめたいことなどないと、胸を張って己の姿を晒す自信もある。
それでも、自分の容姿のせいで春正の評判まで落とされてしまうことが、椿は恐ろしい。
「私が椿と共に祭りに行きたいのだ。駄目か?」
「そのようなこと、ございませぬ。春正様と一緒なら、私はどのようなことでも幸せなのですから」
「私も同じだ。椿と一緒なら、どのようなことも喜びに変わる」
春正の気遣いと、彼が心から椿と出かけたいと願っている気持ちが分かって、椿は嬉しかった。
彼女が嬉しげに笑えば、春正も幸せそうに笑う。
その年の秋祭り。
揃いの鳥面を被った若君夫妻の姿を見た領民たちは、相変わらず仲がおよろしいことだと、微笑ましく見ていたという。
夏の戦から、春正が顔を頭巾で隠すようになり、椿の姿を見かけなくなった。領民たちも、心配していたのだ。
賑やかな祭囃子が、今年も瀬田の夜を賑やかに彩る。
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