西暦12122年のもち米蒸し団子

@itan

第1話

 私は永い眠りから揺り起こされた。一眠りしていた間にどれだけの時間が流れさっていったのか、覚醒した私は記憶を呼び覚まそうとあちこちの記録をあたった。だが、その作業は頓挫した。どうやら一部の記憶が飛んでしまっているようだ。私を起こした二人が意思の疎通を試みている。背の高いほうが男でその後ろに女が立っていた。どちらも若かった。とはいえ男は三十代、女は二十代前半というところだろう。男が私に話しかけた。

「□▼GR※KL※・・・◎BYU○・・・△・・・」

 何をいっているのかまったくわからない。

「あなたがたは誰です?」私は久しぶりに声を出した。かすれがちのしわがれ声だったが何とか発声できたことに私は満足した。だが私の問いに対する男の答は私を失望させた。

「○■◆※○◎J23I!#$ ̄_・・・」

「何をいっているのかわかりません。あなたは何語を話しているのですか」

 不意に私は意識を失った。目覚める前と同じ状態に、つまり目の前が真っ暗になった。


 再び私は目を覚ました。そんなに長い時間意識を失っていたわけではないようだ。さっきと同じ二人が目の前にいた。男が喉にはめた何かの機械を操作しながら私に話しかけている。話の途中で私は彼の言葉を理解できることに気がついた。

「#○$%◆5JKкж△☆・・・わか・か?わた・がは・す・・・が」

「わかります。あなたが今使った言葉なら聞き取れます」

 男が女に振り返って「通じた!」といった。今度ははっきりと聞き取れた。女も男の言葉を聞き取ったらしい。両手をあわせて小躍りした。

「よかった!生きていたのね」

「古代日本語を使うなんて珍しい奴だ」

 男が喉元につけている変な機械に手をやりながらいった。どうやら彼らは私の言葉――なんと、古代日本語などと呼ばれているらしい――をつきとめたようだ。つまり、彼らの常用語は《古代》日本語ではないということだ。きっと喉の機械が翻訳機のような働きをするのだろう。

「よし、君は何とよばれていたか、覚えているかね」

 男が私に顔を近づけて尋ねた。

「『シェフ』といわれていました」

「君の仕事は?」

「料理を作ることです」

「やった!」女がさっきと同じポーズで小躍りをした。よく踊る娘だ。

「得意料理は?」

「・・・すいません、思い出せないことがたくさんあります」

 すまなそうに聞えたのだろうか、男はなぐさめるような口調で私を励ました。

「しかたがないよ。それでもすべて忘れてしまったわけではないんじゃないか」

「はい」

「思い出せることだけでもいいから」

「『挽肉』を使った料理なら思い出せます」

「例えば?」

「『ハンバーグ』という料理です」

「作れるかい?」

「材料さえあれば」

「何が必要なんだ?」

「できれば牛肉を、あるいは牛肉百パーセントの挽肉を。それから油、玉ネギと塩・胡椒・ナツメグ。何味をお望みですか」

「どんなのができる?」

「デミグラスソースならば相応の準備が必要になります」

「手早く作るとしたら?」

「グレービーにケチャップとウスターソースだけとか、大根おろしに醤油を垂らしたりとか、赤ワインにバターと砂糖を混ぜたり、とかが一般的でしょうか。チーズがあればさらに美味しくお出しできます」

 私の言葉に二人はあまり反応をしなかった。喜んでくれると思ったのだがどうやら肩透かしをくらったようだ。

「先生、今シェフは牛肉っていいましたよね」

「ああ、それが主原料らしい」

「私、それを知りません。何のことでしょう」

「調べてみよう」

 先生と呼ばれた男が手首にはめた機械に言葉をかけた。

「牛肉って何だ?」

「牛肉、一万年前に絶滅した四足歩行の哺乳類の肉」

 私は耳を疑った。(一万年前?・・・絶滅した?)

 女が私にいった。

「今の言葉を聞いた?」

「聞きました」

「びっくりした?」

「いささか」

「そうよね。でもあなたは一万年前のAIにしてはよくできているわ。きちんと意思疎通ができているし。人間っぽい反応もする」

「君の動力が何によるかを調べるだけでもかなり大変だったんだ。原始的な電力によって起動することがわかってね。なんとか変換ジェネーレーターを用意できてよかった。ただ君へ供給する電力は不安定でこころもとない。現代のエネルギーはエターナル鉱石によって得られるんだが君向けに変換する技術を即席で準備した。でも僕はそっちの方面の技術者じゃないからいつまで動くかは保証のかぎりではないけど」

「エターナル鉱石?私はその物質についての知識がありません」

「一定の条件下で内部に取り込んだエネルギーを外部に漏らすことなく無限ループさせるという特異な性質を持っている鉱石さ。その間に石の内部で跳ね回るエネルギーは共振し、増幅され、それが特異点を越えると無尽蔵といっていいエネルギー源となる。適当なところでこのエネルギーを放出させないと重力崩壊を起こすという危険きわまりないところがあるが、エターナル鉱石からエネルギーを取り出す技術が銀河系の三種族間で共同開発され、パーマネントジェネレーターが生まれ、この発明によって同盟星系の各種族は非常に効率のいい、燃料補給不要のエネルギー源を手に入れることになったのさ」

「あなたがたは?」

「人類だよ。ホモサピエンスだ。だけど一万年前のビッグシックス――地球上六回目の大量絶滅――時に宇宙空間に移民した先祖の子孫ということになる」

「ここは、ビッグシックスを迎えた人類が作った避難シェルターの一画なの。部屋の入口には『食堂』という言葉があったわ。たぶん、生存のために必要な栄養補給をする場所だったと私と先生は考えている」

「あなたがたは」

「お金にならない研究をしているドクターとその助手」

「何を研究しているのですか」

「考古学よ。滅び去った古代文明の遺跡の発掘をするためにこの★におりてきた」

「すいません★?」

「ごめん、星ね。ここは地球という★、いえ星だったの」

「考古学はお金にならなくてね」男が自嘲気味にいった。一万年が経過しても通貨という概念はなくなっていないらしい。

「私を目覚めさせて何をお求めですか」

「君にできること」

「私はシェフです。料理しかできません」

「それをお願いするよ。さっき君がいっていたハンバーグとやらは作れるかね」

「原材料さえあれば。この奥に保管庫があります。そこに備蓄されていれば可能です。ですが一万年もの間・・・」

「見てみよう。たとえ不都合なことがあったとしても、保管庫の中の原材料のDNAさえわかれば、複製を造りだすことは可能だ。それにここは氷河の底にある。かなり良好な凍結状態で発掘できるかもしれない」

 そういい残して二人は私が要求した原材料を取りに保管庫に向かった。発見された原材料をそのまま使うことはできなかったが、試行錯誤を繰り返した末、私が要求した原材料を二人は私の前に用意することができた。あとは私が調理するだけだ。二人は私の指示に従ってそれらを収容すべき場所に収容すべき形で収容した。一万年前、私の仕事を見守っていた人々は唾を飲みこみながらおあずけをくらった犬のような顔をしていたが、今、目の前にいる二人の顔にはそのような表情は浮かんでいない。ドクターとその助手と自己紹介をしていたが、私の記憶のとおりの職業ならば、彼らの顔には学問的な探究心――好奇心――しか浮かんでいないように思えた。

「チン!」と音がして、赤ワインソースのハンバーグ――マスタードをたっぷりと添えた――と即席のグレービーソース――肉汁とケチャップ、ウスターソースをまぜた――のかかったチーズハンバーグが出てきた。

「お召し上がりください」

「どうやって?」ドクターが戸惑いを見せた。私はディッシュと一緒にナイフとフォークを出して、それを使って食べるのだと説明したが、二人は不得要領の顔をした。

「シェフ、私たちはふだん栄養補給は錠剤ですませているの。こんなに大量の・・・もの・・・を食べたことなんてないのよ」

 私はプライドを傷つけられたような気分になり――これもきっと私の製造者が洒落っ気で組みこんだキャラクターパラメーターなのだろうが――それでも根気よく二人に食事の仕方を教えた。二人は研究者というだけあって知性は豊かだった。私の指導とおりにマナーを守り、私の絶品ハンバーグを食べ終えた。

「先生・・・」

「うん、何ていうか、その・・・はじめての体験だからな・・・」

「お気に召しませんでしたか?」

 無理もない。彼らは生まれてこのかた錠剤しか口にいれたことがなかったのだ。――よく歯が退化しなかったものだ。そういえば、顎があまりはってないように見受けられる――だが、失われたはずの原初の記憶がDNAのどこかに隠されていたのだろうか。その後しばらく滞在した彼らに『味覚』が蘇ってきた。

「おろしハンバーグってあっさりとしていいわね」

「醤油を吸った大根おろしがハンバーグによくあうな」

「おろしハンバーグは牛肉百パーセントよりも合い挽き肉か豚肉百パーセントのほうがいいんです」

 私の講釈にもいちいち反応するようになった。私は徐々にハンバーグのクオリティーをあげていき、『山わさびの辛味和風ソースハンバーグ』や『チーズフォンデュークワトロフォルマッジハンバーグ』などで二人を唸らせたりした。

 ハンバーグ三昧の日々に飽食をしたのかドクターが私に質問した。

「ハンバーグ以外にオススめの挽肉料理はないのかね」

「あります」

「どういう料理?」

「もち米蒸し団子です。空前絶後に美味い中華風料理です。からし醤油で食べたら、もう、ほっぺたが崩落します」

 ドクターと助手はよだれをこぼさんばかりの顔になって互いに見つめあった。

「是非とも食べてみたいな。何を使うんだい?準備をするから」

「合い挽き肉に干ししいたけ、タケノコ、にんじん、もち米、調味料は塩、胡椒、オイスターソースですが、あと一品、これだけは絶対に欠かせない原材料があります」

「それは?」

 二人が喉を鳴らしながら私に迫ってきた。

「干し貝柱です」

「干し貝柱?」

「はい、それを・・・それを・・・それを・・・」

 突然、私の発声機関が変調をきたし、やがて外部知覚機関にも異常が発生した。目の前が暗くなっていく。喪失する意識の向こうでドクターの叫び声が微かに聞えた。

「いかん!ジェネレーターの変換装置が壊れた!電源が・・・ああ!もち米蒸し団子があぁ!」

(了)

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