第238話 次兄アメーデオの価値
1064年8月上旬 北イタリア トリノ アメーデオ・ディ・サヴォイア(14歳)
アデライデお母様のトスカーナ侵攻計画が明らかになった。
とはいえ俺の担当領地はアルプス山脈の西側で、トスカーナ辺境伯領と接していない。
そのため、俺にとってはどこか他人事なんだよなぁ。
それよりも俺とジャンヌとの結婚話はどうなるのか。そちらの方が気になる。
なにせピエトロ
「アデライデお母様、俺とジュネーブ伯令嬢ジャンヌとの結婚を認めてもらえるってピエトロ兄ぃから聞いてますが、まじですか?」
「ええ、認めるわ。ただし条件はつけさせてもらうわよ」
いったいどんな無理難題が出されるんだろう。うわぁ、緊張してきたぜ。
「あらあら、アメーデオ。そんなに緊張しなくてもいいのですよ」
アデライデお母様が俺に微笑みかける。その笑顔に俺の背筋は凍り付きそうになった。
だってよぉ、お母様の笑顔をそのまま信じる奴なんてここにはいないんだからな。
ごくんと唾を飲み込み、お母様の次の言葉を待つ。
「ふぅ、アメーデオったら疑い深いんですから。困ったことね」
前置きを終えたお母様が、一拍子置いてから条件について語る。
「教皇猊下のイベリア十字軍にジャン=ステラが参加するのは知っているわね」
「たしか、バレアス諸島の海賊どもを駆逐するんだったよな」
お母様が俺の言葉を首肯する。
「ええ、その通りよ。アメーデオにはジャン=ステラの
「名代?」
「そうよ。ジャン=ステラの代わりに軍船を指揮し、バレアス諸島を征伐してきてちょうだいな。それが成功したらジュネーブ伯嬢との婚約を認めてあげるわ」
「え、それだけでいいのか?」って言いたいところだけど、それは無茶だろう。
俺が持っている船といったらせいぜいローヌ川を行き来する船だけで、海で戦えるような船は持っていない。
「アメーデオ、何を勘違いしているのかしら。あなたが船を持っていないことは私も知っていますよ。あなたはジャン=ステラの兄として、お飾りの提督になればいの」
「うはっ、ひでぇ」
やばっ。反射的に口から文句の言葉がでてきた。
とはいえ、お飾りの提督ってそりゃそうかもしれないが、息子に言う言葉とは思えねぇ。いくらなんでもひどすぎないか?
「文句があるのでしたら、聞きますわよ」
ギロっと俺を睨んでくるお母様。
「いやいやいや、ジャンヌとの結婚を許して貰えるなら、お飾りでもマリオネットでも何でもするぜ、お母様」
「お飾りの提督でいることを了承するのはいいのですが、理由ぐらい聞いたらどうなのですか、アメーデオ」
いつも通りとはいえ、お母様の俺への当たりはきついなぁ。まぁ、いいけどよ。
「では遠慮なく。なぜ俺がお飾りなのです? 俺じゃなくジャン=ステラでもいいではありませんか」
どうせ同じお飾りなら、預言者であるジャン=ステラの方が見栄えするだろうに。
「ジャン=ステラはお飾りなんかじゃありませんよ」
ぎろっと俺を睨んでくるお母様。いや、聞けって言われたから聞いただけなんだが。
返事をせずにいたら、お母様が先に折れた。
「まあいいわ。ジャン=ステラには他に仕事がたくさんあるのです。バレアス諸島の制圧に使う時間が惜しいくらいにね」
今回のバレアス諸島の海賊討伐は、イベリア十字軍の一環として行われる。そのためジャン=ステラはイタリア半島西岸の諸侯に呼びかけて十字軍を編成するんだとか。
「諸侯とはいっても軍船を出せるのは、ピサ、ジェノバ、ローマ、アマルフィだけでしょう。
それでも十字軍の資金提供を各地の諸侯に持ち掛けねばなりませんし、ジャン=ステラはアルベンガで書類仕事の日々を送ることになるわね。
で、アメーデオはジャン=ステラの代わりができますか?」
ジャン=ステラの代わり? それも軍勢集めと資金調達って、まんま外交じゃんか。
単なるモーリエンヌ伯の俺じゃ役者不足にもほどがあるだろ。
俺は精一杯の力を込めて首をブンブンと横にふる。
「アメーデオもジャン=ステラの苦労がわかったようで何よりだわ」
「あぁ、預言者の仕事って、預言だけじゃないんだな。全く知らなかったぜ」
「そう思うのなら、アメーデオもジャン=ステラを助けてあげてほしいものね。あの子は他にも色々と仕事を抱えているのよ。
商品の製造でしょ、新製品の開発でしょ。新兵器の案も考えているわね」
お母様が指折り数えていく。
そうだな。ジャン=ステラの作る蒸留ワインとトリートメントには俺もお世話になっている。
俺にとって蒸留ワインはアルコールが強すぎるが、近隣諸侯への贈り物として大歓迎されている。
それにジャンヌの心を射止めるのにトリートメントは効果抜群だった。
ーー あぁ、トリートメントを施したジャンヌの長い髪はうっとりするほど綺麗だったなぁ。
おっと、意識が変な方に飛んでしまっていた。だが、その間もお母様はジャン=ステラの仕事を列挙し続けていた。
交易で儲けるため日々商人たちに指示を与え、さらに資金提供もしている。
それに預言を元に学問の本を書き、コンスタンティノープルの教授たちに指導している。
美味しい料理を開発するため、食材の収集に取り組んでいる。最近はお米料理に精を出しているらしい。
「おいおい、ジャン=ステラ、働きすぎだろ」
「ええ、そうよ。だからアメーデオにはジャン=ステラの代わりを務めて欲しいの。海軍の指揮はエイリークとギリシア海軍の提督に任せておけばいいわ。あなたは飾りなのだから、変な命令をだして現場を混乱させなければいいのよ」
簡単でしょとお母様はうそぶくが、上に立つのに口を出さないって難しいと思うんだがなぁ。ま、何もするなと言われたなら何もしないように頑張ればいいか。
それに黙って指示に従うだけでジャンヌと結婚できるなら儲けもんだよな。無理難題じゃなくてよかったぜ。
ほっと胸をなでおろしていた俺だったが、お母様の話はこれで終わりじゃなかった。
「さてと、それでは次の条件に移りましょうか」
「え、次の条件?」
「ええ、そうよ。次は結婚の条件ね」
「ちょっと待って、お母様。ジャンヌとの結婚を許してくれたんじゃないのか?」
「ええ、婚約の条件は示したわ。ですから次は結婚を許す条件を出すんじゃない。なにか変ですか?」
いや、変だろ。ずるいだろ。
それなのに、俺のことを聞き分けのない困った子、みたいな目で見てくんのは勘弁してくれよ。それだと俺が悪いみたいじゃん。
俺の心からむくむくと反発心が湧いて出てきた。俺だって怒る時は怒るんだぞ、お母様にだって怒れるんだからな!
なのにギロって
「いえ、変じゃありません。お母様、続きをどうぞ」
無理だ無理、お母様には逆らうなんて俺には無理だ。内心でぐちをこぼすことしかできやしない。
子供の頃からそうだった。お母様、おっかねーんだよ。逆らっちゃいけないって本能が訴えかけてくるんだ。
「素直な子は大好きよ、アメーデオ」
おうっ、もう好きにしてくれい。
「さて、結婚の条件ね。これは婚約の条件が満たされた後の事になるわ。婚約より先に結婚するなんて有りえませんから当然よね」
そう言ってくすくすと笑うお母様を、おれは真顔で見つめる。
なにがおかしいんだ? 条件をつけられる俺にしてみれば、ぜんぜん笑えねえっつ~の。
「アメーデオ、あなた副王になりなさい。カナリア諸島副王になってジャン=ステラを支えるのよ。いいわね」
「は、副王?」
「ええ、王であるジャン=ステラの兄ですもの、副王でもいいでしょう?」
いやいやいや、副王ってそんな簡単になれるものなのか?
それに、俺が副王になったらお母様やピエトロ兄ぃの辺境伯よりも立場が上になるじゃんか。
「そんな事、私もピエトロも気にしないわ。アメーデオだってすぐ気にならなくなるわよ。
私だってジャン=ステラが王位に就いたときは価値観が変わるほど驚いたもの。
王位ってそんな軽いものだったのかってね」
お母様が何かを諦めたかのように、大きく息を吐きだした。
いやいやいや、王位が軽いってなんの冗談だよ。王って辺境伯より上だぞ。王位が軽いなら辺境伯はもっと軽いことになる。お母様、さすがにそれは変だろう。
納得していない俺の口から出てくるのは「はぁ」という生返事だけ。
「いいですか、アメーデオ。ジャン=ステラが領有する予定の新大陸は、王国が20個や30個できる広さがあるんですよ」
「はぁ……。ん? はあっ! 王国が20個や30個ってなんじゃそりゃ。ヨーロッパ全部の王国よりも多くないか?」
ヨーロッパにいくつの王国があったっけ? 正確な数は知らないが20国くらいだよな。
「これ、アメーデオ、声が大きいです」
「ちょっ、お母様こそ何を言っているか理解しているのか? ジャン=ステラが20から30の王位を任命できるって言っているんだぞ」
「これ、言葉遣いが乱れてますよ。まぁ、いいわ。ですが私は至って真面目ですよ。さきほど言いましたよね、王位に対する価値観が壊れると」
まじかよ。ジャン=ステラの予言にあった新大陸ってそんなにデカいのか。俺はまだ地図を見せてもらえてねぇから知らなかったが、そんな事になってたとは。
もう言葉がねぇぜ。王国が20国も30国もぽんぽこ出現して、それをジャン=ステラが任命できるっていうのか。
「将来的に、アメーデオにもいくつかの王を務めてもらわないとならないわ。ジャン=ステラの親族はあなたたち兄弟しかいないから、王になれる人が足りないのです」
アデライデお母様に指摘されるまでもなく、お母様のトリノ家も、親父のサヴォイア家も親族が少ない。
お母様は男兄弟が亡くなったからトリノ辺境伯を継いだし、親父のオッドーネも兄たちが亡くなったため四男なのにサヴォイア家を継いだのだ。
そして、ジャン=ステラの相手であるマティルデ様のトスカーナ辺境伯家も親族が少ない。少ないと言うか、継承権を持っているのがマティルデ様ただ一人なんだよなぁ。
ジャン=ステラの親族って俺たち兄弟しかいないじゃんか。
「ですから、副王になんかに驚いていないで、さっさと海賊を退治して、結婚の条件を満たしなさい。
あなたとジュネーブ伯の娘との結婚を許すのは、ジャン=ステラの親族を増やすためなのです。
子供が増えた分だけ王国が増えるのですから、さっさと結婚して昼も夜も励むのですよ」
「おうともよ!」
夜の方なら任せとけっ! ピエトロ兄ぃやジャン=ステラにゃ負けねーからな。
◇◆◇◆◇
アデ:アデライデ・ディ・トリノ
アメ:アメーデオ
アデ:私生児はダメですからね
アメ:え~同じ子供じゃん
アデ:キリスト教は一夫一妻なのです
アメ:子供に罪はないっしょ
アデ:私は認めませんからね
アメ:(ジャン=ステラなら認めてくれそうだけどなぁ)
ーーー後日談ーーー
ジャ:認めるよ、子供はね。ちゃんと責任とってその女の人と結婚すること
アメ:ジャンヌとの結婚は?
ジャ:破談
アメ:うそーん
ジャ:あたりまえ!
アデ:破談なんてだめよ。貴族の責任ががうんたらかんたら……
ジャ:その女の人かわいそうじゃん。悪いのはお兄ちゃんでしょ?
アデ:(いっそ、母子を始末して……)
ジャ:お母様、そんな事をしたら、僕、本気で怒るよ
アデ:(ぎくっ ですがジャン=ステラにバレない方法はいくらでもあるわ)
アメ:まてまてまて! まだ私生児いないから
ジャ&アデ:まだ?
アメ:今後もいないから、な、な。許して〜
ーーー
なお、女癖の悪い次姉の婿:皇帝ハインリッヒ4世の運命やいかに
ジャ:ハインリッヒ4世は世界の半分を敵に回した。すなわち女の敵だっ!
ーーーー
あとがき
ーーーー
史実のピエトロ&アニェーゼは男児に恵まれませんでした。
イタリア王家へとつながる血筋は、次男アメーデオ&ジャンヌの子孫なのです。
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