第196話 知識の重み
1063年9月中旬 ドイツ オーストリア辺境伯領 ウィーン ジャン=ステラ
「ジャン=ステラ様と東ローマ帝国ヨハネス・コムネノス様との協約の内容は、以上となります。異議なき場合、羊皮紙に署名をお願いします」
羊皮紙に署名した後、僕はヨハネス・コムネノスと力強く握手をした。
これからは、仲間だね。よろしく。
東ローマ帝国から訪れていた一行の中に、皇族が二人、紛れ込んでいた。
一人は東ローマ帝国先代皇帝の弟であるヨハネス・コムネノス。紛れ込んでいたというか、正々堂々と護衛隊長を務めていた。
皇族が家臣を護衛する事があるんだね。僕、知らなかったよ。
僕の驚きをイシドロスに伝えたら、やんわりと否定されちゃった。
「ヨハネス様は面白がって護衛隊長と名乗っておられますが、実体は異なります」
ヨハネス・コムネノスは、トリノ辺境伯、つまりお母様への密使であり、ローマ教皇への特使であるミカエル・プセルロスとは別の使節団なのだとか。
ただ、聖職者でない者が事前連絡なしで他国に訪れると戦争になってしまう。
そのため、ヨハネスは皇族である身分を隠すために護衛隊長を名乗っている。
そのヨハネスは、僕が預言者であると認めてくれた。そして、僕への支援を約束してくれた。
具体的にはコンスタンチノープルにある帝都大学の教授を5名、僕の元に派遣すること。
そしてギリシアの火といった技術を僕に提供することである。
支援の約束を口約束で済まさないため、僕とヨハネスは協約書を交わすことになったのだ。
ただ、支援といっても一方的ではないよ。
僕の方からも援助の見返りに、役立ちそうな知識を提供することになったから。
僕はてっきり、天国行きを約束してくれとか、聖パウロに口聞きしてくれ、とか無茶を言われると思っていたから、驚いた。
「ヨハネス様。見返りは本当に僕の知識だけでよろしいのですか?」
「ジャン=ステラ殿、俺のことはヨハネスでいい。預言者と皇族。どちらの立場が上とは判断できなかろう」
「では、ヨハネス殿。今一度質問するよ。見返りは僕の知識だけでいいの? ギシリアの火のような兵器と違い、知識ってすぐには役立たないよ」
「そんなことはないぞ、ジャン=ステラ殿。以前もらった地図は我が国に大きく貢献してくれた。それに知識は技術の母ではないか。将来の事を考えれば、ジャン=ステラ殿の知識は大いなる価値を有しているといえよう。
ミカエルたちもそう思うだろう?」
ローマ教皇への特使であるミカエル・プセルロス、そして帝都大学教授の五人がそろって首を縦に振った。
「知識は技術だけではなく、他の知識とも密接に関わってきます。天動説・地動説の検証にも三角法という数学が必要だったではありませんか。
ジャン=ステラ様の知識は、今後重要な役割を持つことに疑問をはさむ余地はありません」
数学者兼、天文学者のピサネロ・ゲオルギオスが僕の知識を褒めてくれる。
「水銀から金を作れると、ジャン=ステラ様は錬金術師に希望をお与えくださいました」
僕に感謝を表明してくれたのは、錬金術師のバシリオス・ペトロス。
ありゃりゃ。バシリオスは僕の知識を理解できなかったかぁ。
イシドロスに教授陣を打ち負かすよう言われたから、その通りに行動したんだよね。もちろん、バシリオスだって知識の
それにしても、さすがは帝都大学の教授だけの事はあったよ。
僕の知識をそのまま鵜呑みにするのではなく、質問し、反論してくるからついつい熱が入っちゃったんだよね。
その時に原子の周期表と原子核の構造を教えたから、そこから思いついたんだろう。だけどバシリオスは、陽子や中性子をどうやって操作するつもりなのかな。
できないとは言わないけど、ほぼ無理。まぁ、頑張れ。
音楽・修辞学のヨハネス・マウロポスには糸電話を作ってみた。
「音の正体が振動だと教えていただきました。さらには五線譜による楽譜の書き方も。
これで教会音楽の発展に拍車がかかるでしょう」
僕が知識を披露した教授陣の口から、次々と僕の知識を称賛する言葉が湧いてくる。
そのことに僕は感動した。
心にグッとくる。嬉しくて自然と涙が出てきちゃう。
だって、イタリアでは僕の知識なんて「ふーん、すごいね」程度でしかなかったんだもの。
トリートメントや蒸留ワイン、算数の教科書のように役立つ物は重宝されたけど、地動説なんてどうでも良さげだった。ちょっと驚いて口先だけの称賛でおしまい。数学だって興味も示してくれなかったし、地図だって隠してくべきだって言われちゃったもの。
僕のことを預言者だと言う人も、雷を呼ぶ聖剣だとか、天国の門番である聖パウロへの口聞きとか、知識と関係ない事ばかりを望んでくる。
僕が前世で学んできた現代知識を重宝されるのは、生まれ変わってから初めてなんだもん。
これに感動せずして、何に感動しろっていうのさ。
前世も含めて僕なのに、これまでずっと前世を否定されているように感じていたんだ。
それって、僕の人生の半分を否定されているって事なんだよね。
だからこそ、たったこれだけの言葉なのに、前世の自分を認めてもらったような気になったんだ。
ああ、生まれ変わってきてもよかったんだ、って。
「おいおい、泣くなよ」
「だって、知識を認めてもらったのって初めてなんだもん。僕、ここに生まれてきても良かったんだって」
涙でゆがむ僕の視界の中で、ヨハネスが困ったかのように頬ひげを触っている。
「まあ、皇帝だった兄がそうだったのだが、一番上に立つ者は孤独なもんさ。俺やほら、そこのミカエル・プセルロスに相談はできても、最終的には自分一人で決断しなければならないのだからな。
ジャン=ステラ殿は、この世でたった一人の預言者なのだ。これまで、いろいろと思うところがあったんだろう。
これからは盛大に知識をミカエル達にぶちまけてやってくれ。知識を受け止めることがあいつら教授陣の使命となるだろうからな」
ヨハネスが、僕を温かい目で見つめてくる。
そのヨハネスが言う通り、きっと僕は孤独だったんだと思う。
これからも孤独な事には変わらない。しかし僕が孤独だと知る人がいる。そう気づけただけで心が軽くなる気がした。
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あとがき
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ジ: ジャン=ステラ・ディ・サヴォイア
マ: マティルデお姉ちゃん
マ: 水銀から金って、どうやったら作れるの?
ジ: まずね、水銀に中性子をくっつけるの
マ: ふむふむ
ジ: 次に、
マ: (くっつくって、結婚?)
ジ: 中性子に変化したら、金の出来あがり〜
マ: ???
ジ:(そりゃ、分からないよね)
マ:
ジ: 僕はマティルデお姉ちゃん一筋だよっ!
いつの間にかマティルデお姉ちゃんが日本語を修得してる!
ってそんなわけないのです。
ジ: どうしてマティルデお姉ちゃん、突然登場してきたの?
マ: だって、ジャン=ステラが私のことを忘れているんじゃないかって心配になったんだもん
ジ: 僕がお姉ちゃんの事を忘れるわけないよ。いつだってお姉ちゃんは僕の心にいるよ
マ: 他の人に心を許したらだめなんだからねっ!
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