第192話 知ったかぶり対決
1063年9月上旬 ドイツ オーストリア辺境伯領 ウィーン ジャン=ステラ
ギリシアからやってきた中年おじさん、ミカエル・プセルロスの冷たい口調が礼拝堂に響く。
ミカエルによれば、地動説よりも天動説の方が、惑星の動きを正確に予測できるんだって。
「ジャン=ステラ殿はアル=バッターニーの観測結果を否定してまで、地動説が正しいと主張するのですか」
アル=バッターニーという偉大な天文学者を知らないのか、この物知らずの小僧めが、とでも思っているんだろうね。
僕のことを見下し、バカにしているように感じる。
むかつく。
間違っているのはお前の方じゃん。いまどき天動説なんて小学生の間でだって
それなのに、ミカエルは完全に天動説を信じている。
それも、アル=バッターニという偉い人が「天動説が正しいのです」って言っているから、正しいんだって主張している。
あのさぁ、ミカエルさんや。
アル=バッターニがどれほどの偉人さんかは知らないけれど、ミカエル自身の知識として天動説を語っているようには見えないんだよ。そこの所、どうなってる?
僕にとってのミカエルは、アル=バッターニという虎の
ギリシアでは偉いおじさんなのかもしれないけれど、さきほどまで僕に罵声を飛ばしていた
地動説が正しい可能性を検証したとは到底思えない。
まあ、僕も高校物理で習っただけなんだけどさ。まぁ、今は棚に上げておこう。ひとまずはミカエルに反論しなきゃ。もちろん皮肉たっぷりに、ね。
「反論の前に論点を整理する必要があるでしょう。まずは、天動説が正しいと主張する理由を述べてもらいましょうか。
アル=バッターニが誰だろうか関係ない。他人の言った事を鵜呑みにするだけなら、その辺の子供だってできる。
ミカエル殿は天動説と地動説、この2つのモデルに対し、アル=バッターニの観測結果を当てはめ、精度を自分で計算して確認した。大口を叩くのだから、その位はしたんでしょうね」
ちなみに、他人の知識を鵜呑みにしているというのは、僕のことでもある。教科書に書いてあった事をそのまま覚えているだけ。
だけど問題なし。だって僕、学者じゃないもん。
「いや、そのような事をする必要はないであろう。アル=バッターニが作成した天文表を見ればそう書いてあるのだ。読んだこともない者が、そのような無礼な態度をすると、其方のためにならぬぞ」
むっとしたのか、ミカエルが言葉の最後に要らぬ脅しを付け加えてくる。
へーんだ、そんな事をいわれたって怖くないですよーだ。
そんなの鼻で笑い飛ばしてやる。
「はぁ、そうですか。自分で計算した事もないと。よくそれで帝都大学の教授が務まったものですね。だれだれさんが言っていたから正しいんだぁ、で済ますなら、学者だ研究者だなんて、名乗る資格はないでしょう」
「ふ、ふざけるな、この小僧め。この儂を誰と心得る」
そんなのしーらない。ここはコンスタンチノープルの帝都大学じゃないんだよ。
権威で自然法則を曲げられると本気で思ってるのだろうか。
それに、僕だって伯爵家当主だもん。子供だと侮ってもらっては困る。
目には目を。舐められたらやり返す。
「あーぁ、お話にならないや。僕の知識に挑戦したいなら権威を使わないでくれるかな。現世でいくら偉かろうが、自然の摂理を曲げられない。その事を理解できる頭がないなら、この場に立つ資格はないね」
ちなみに、さきほどまでと違って僕が強く出られるようになったのには理由がある。
それはトリノから連れてきた僕の手勢が武装した上で、礼拝堂に集結したから。
僕がミカエルと挨拶していた時間を利用して、護衛のグイドが裏口を抜け出し、待機中の兵士たちに声をかけてくれたのだ。
おかげで罵声に怯えることも、暴力に屈する必要もなくなったのは正直に言ってありがたい。
グイドの貢献に感謝だね。
それはさておき、ミカエルと僕は、絶賛にらみ合い中。
だって、ミカエルが何も言わなくなっちゃったんだもん。
うーん、なんて不毛な時間。僕とのにらみ合いに勝ったところで天動説が正しくなるわけじゃないのになぁ。
そんなミカエルと僕の間に、若い
「ミカエル様、私は天動説と地動説、両方の計算をしたことがございます。この場は私にお任せいただけませんか?」
「おお、ピサネロか。よろしく頼む」
ミカエルは喜色を浮かべたあと、若い聖職者にその場をゆずった。
そしてピサネロは、細く笑っていない目を僕に向けてくる。
「ジャン=ステラ殿、私はピサネロ・ゲオルギオス。ミカエル・プセルロス様の弟子の一人です。数学を専門としています」
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あとがき
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アル=バッターニの天文表(サービア天文表)
太陽・月・惑星の天球上での位置の変化を記したもの
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