第139話 北回り航路とコロンブスの航路

 1063年3月上旬 北イタリア アルベンガ離宮 ジャン=ステラ


 新大陸が書かれた世界地図をユーグに渡したとして、新大陸に行く手段を持っているのだろうか。


 そんな僕の疑問に対し、ユーグが持ち出してきたのがユニコーンの角。


「このユニコーンは、ノルウェイから遠く海を隔てた大きな島でノルマン人が仕留めました」

「ユニコーン?」

 それって角の生えた馬ではないよね。僕の知っているユニコーンは架空の動物であって、実在しない。

 では、ユーグの言うユニコーンってなんのことだろう。


 僕が首を傾げていると、ユーグがなんだか嬉しそうに説明してくれた。


「ジャン=ステラ様もご存じありませんでしたか。いえいえ、無理もありません。ユニコーンとは角が生えた馬でして、ここイタリアとは比べ物にならない寒い地方に住んでいるのですよ」


 いや、知ってるし。寒い地方に住んでるというのは初耳だったけど、そもそも角が生えた馬なんていない。


 だけど、ユニコーンは実在するんだろうね、少なくともユーグの頭の中には。

 少し冷めた目で、僕はユーグに確認する。


「それはすごいね。ユーグはユニコーンを直接その目で見たことはあるの?」

「いえ、見たことはありませんが……」


 僕の質問にちょっとひるんだユーグだったが、すぐ気を持ち直し、ユニコーンであるという証拠を言い募り始めた。

「これを持ってきたノルマン人の商人は見たといっていたのですよ。ジャン=ステラ様も手に取ってご覧ください。象の牙とも、山羊の角とも似ても似つかないのです。ユニコーンの角で間違いございません」


(ユーグにとっては、象と山羊くらいしか角のある動物が浮かばないのかなぁ)


「ユーグがユニコーンを見たことがないことは分かったよ」

 ちょっと憎まれ口を聞きながら、僕は角を手に取った。


 ずしりと重いその角は、僕の身長よりも長く、まっすぐに伸びている。その表面はドリルのように螺旋らせんを描いており、中心部分に穴が空いている。


(やっぱり、そうだ)

 これだけの情報がそろえば角の正体、丸わかり。


 これほどすらっと真っ直ぐ伸びた角を持つ動物は、地球上でただ一種。北極海に住んでいる鯨の仲間のイッカクで間違いない。

 より正確には角ではなく、歯である。だって、神経が通る穴が空いているんだもの。


「ユーグ、これユニコーンじゃなくて、イッカクだよ」

「いっかく、ですか? 聞いた事のない名前です」

「ヨーロッパではまだ知られてないんだね。あ、もしかしたらノルマン人が隠しているのかも。だって、角が生えているクジラだもの。ユニコーンだって嘘をついていたから、引っ込みがつかなくなったんじゃないかな」


 ユーグの目が大きく見開いていて、なんだか可笑おかしいや。角の生えた馬かと思ったら長い歯の生えた鯨だものね。


「ジャン=ステラ様、なぜそのようなことをご存じなのでしょうか」

「さぁ。預言者だからじゃない?」だって教皇が認定してくれるんでしょう?


 でも、そんな事はどうでもいい。ユニコーンって言い張りたければ、どうぞご自由に。


 ここで重要なのは、イッカクが住んでいるのがグリーンランド沿岸ということ。


 ヨーロッパからアイスランドまで1000kmくらい。そこからグリーンランドまでさらに1000km。その途中に島はなかった、はず。


 僕が手に持っているイッカクの歯は、ノルマン人が1000kmを無寄港で移動できる証拠なのだ。


「ユーグが言っていた通り、ノルマン人は遠洋航海できるみたいだね」

「そうですとも、そうですとも。ジャン=ステラ様にもノルマン人の優秀さをお認めいただいたようでなによりです」


 ユーグがとっても嬉しそう。聖遺物として持ってきた虎の子の聖アポロニアの歯は僕の乳歯に負け、教皇からは地図の方が重要だとは教えられずと、へこむ事ばかりだったものね。汚名返上とばかりに意気込むのも無理はない。


「うん、新大陸を目指すのはノルマン人の傭兵にお願いすればいいと思うよ。僕も賛成する」


「では、新大陸の地図をいただけるのですね!」

「それはちょっと考えさせて。ノルマン人でも簡単には新大陸にいけないんだよ」

「なぜでしょうか? 理由を教えていただけなければ、このユーグ引き下がることはできません」


 新大陸を発見するために、僕が考えていた方法はアフリカ大陸からカリブ海諸島に行く航路。この航路なら、東から西へと流れる北赤道海流と貿易風が使える。史実でもコロンブスが使った航路だけど、途中に島がない大海原を5000kmも移動する必要がある。


 1000kmを移動できるからといって、無策のまま5000kmにチャレンジさせるのは流石に鬼でしょ?いや、ここはヨーロッパだから鬼じゃなく、悪魔かな?


 そして、もう一つの航路が浮上した。ノルマン人がグリーンランドまで行けるのなら、そこからカナダに渡ればいい。グリーンランドからカナダまで1000kmくらいなので、ノルマン人なら新大陸に到達できるはず。


「うーん、どっちがいいかなぁ」

「どっちとは?」

 口からひとりごとが出ちゃってたみたい。それを耳にしたユーグが僕に問いかけてきた。


「新大陸に行く方法が2つあるんだけど、どちらがいいか悩んでるの。もうちょっと待ってね」


 何のために新大陸に行くのか。

 それは、もちろんピザのため。


(それも単なるピザじゃだめっ。僕はじゃがマヨコーンピザが食べたいの)


 材料のうちコーンは北アメリカでも手に入る。グリーランド経由でOKだ。


 しかし、トマトとじゃがいもは北アメリカにはない。


 ピザソースに使うトマトは南米アンデス原産だけど、たぶん中米メキシコのユカタン半島でも栽培されている。


 そして、ジャガイモが一番の問題。ジャガイモって涼しいところで育つ植物なんだよね。

 そのため南米アンデス山脈の高地か、南米大陸南方の寒~いパタゴニアに行かないと手に入らないのだ。


(グリーンランドからカナダ経由で南アメリカ大陸の南端まで往復させてみる?)

 南北アメリカの端から端までだと片道15,000kmはある。途中でどれだけ補給できるかわからないし、さすがに往復は無理な気がする。


 結局、アフリカから南米に渡るショートカット航路を開拓することになるだろう。


 だったら、グリーランド経由の北回り航路は無駄になっちゃうよね。


 うーん、どうしよう。うーん、うーん……


「……テラ、ねえ、ジャン=ステラ?」

 はっ!

 お母様が僕に呼びかけている。


「お母様、どうかしましたか?」

「『どうかしましたか』じゃないですよ。何を考え込んでいたのかわかりませんが、お客様であるクリュニー殿を待たせすぎですよ。考え事はあとにしなさいな」

「わかりました、じゃあ決めます」


 どちらを選んでも悔いが残りそうだけど、一つに決めるなら、じゃがマヨコーンピザを狙うべきだよね。


「ユーグ、ノルマンの傭兵には、暑い南に向かってもらうね。まずは、アフリカのカナリア諸島に拠点を作ってきてくれる?」


 ーーーー

 あとがき

 ーーーー

 近況ノートにアメリカ北半球の地図を載せています。

 ジャン=ステラちゃんが求めているトマト、コーン、ついでにさつまいもの位置を記しています。じゃがいもは、南米アンデス山脈から南米南部のパタゴニアにあります。


 追加で航海に重要な海流と恒常風も記しました。

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