第118話 はったり

1063年1月中旬 イタリア北部 アルベンガ離宮 ジャン=ステラ(9才)


不遜にも、クリュニー修道院のスタルタスは、お母様を破門すると言いがかりをつけてきた。


ひどい話だよね。そう思わない?


だから、お母様と僕は、聖剣セイデンキを使って身の潔白を証明してみせた。セイデンキの刀身をお母様の肩に当てても、雷が落ちなかったのだ。イエーイ☆


ということで、次はスタルタスが身の潔癖を証明する番。


聖剣セイデンキをスタルタスの首筋にあてて、パチッと静電気を飛ばすだけの簡単なお仕事。のはずだった。


「どうしてこうなった……」


まずは、セイデンキに羊毛を擦りつけ、静電気を帯びさせなくっちゃ始まらない。

それなのに、羊毛が準備されていないだなんて。


おまけに、羊の毛を持ってきてもらうため、「ひ・つ・じ!」と叫んだ僕の声が、静かな宴会場に響き渡っちゃった。



全員の視線が僕に集中する。


(ヤバイ……)


こんな状況で、羊の毛を持ってきてもらったら怪しさ満点だよね。セイデンキに細工をしていますって言いふらしているようなもの。


(どどど、どうしよう)


心が焦るばかりで、打開策が浮かばない。緊張で視界が歪み、目がぐるぐる回り始めた。


(オーマイガッ。神様仏様、どっちでもいいから僕を助けて!)



そんな中、イルデブラントが僕に声をかけてきた。


「ジャン=ステラ様、『ひつじ』がどうかされましたか?」


イルデブラントの質問に無反応な僕。だって答えられないんだもの。


(その「ひつじ」がどうかしちゃってるから、困ってるの! 僕の味方だったら助けて! どうしたらいいか教えてよぉ)


もう、泣きそう。「うえーん」って泣いて逃げられないかな。


「ざわざわ、ざわざわ」

「いったい、どうされたのでしょう?」

「聖剣に問題が?」


宴会場の雰囲気が、静寂からざわめきへと変わってきた。もう時間延ばしはできそうにない。

お母様の方をちらっと見たら、顔が青ざめていた。

今更ながら、お母様も羊毛がないとセイデンキが使えない事に気づいたのだろう。


(お母様ったら、今頃気づいたの? まったく、お母様のうっかりさんにも困ったものだよねぇ)


羊毛のことを忘れていたという点では僕も同じ。だけど、お母様の焦った顔をみたら、なんだか逆に落ち着いてきた。お母様のためにも、僕がしっかりしなくっちゃ。


よぉーしぃ。ダメでもともと。開き直っちゃえ。お母様に対する破門の言いがかりは取り消されたんだもん。あとは、スタルタスにセイデンキで神罰を下すか、下さないかだけ。


別に、スタルタスに静電気を流さなくても、とりあえずは困らない。宣戦布告されていた気もするけど、伝家の宝刀「破門」に失敗し、神の権威を使えなくなった修道会なら怖くない。お母様が軍隊を使って物理的に取りなしてくれるだろう。各地に散らばった修道院を各個撃破で蹂躙じゅうりんするなら、きっと簡単なお仕事だよね。



なーんだ、何も問題ないじゃない。「ひつじ」なんて叫ぶ必要もなかったね。しかし、いまさら過去を振り返っても仕方ない。


羊ひつじヒツジ。何かない? そうだ、ひらめいた!


「聞けぃ、迷える子羊たちよ!」


両手を広げ、僕は声を張り上げ、全員に語りかける。羊ってキリスト教徒を表す比喩だった。


なお、偉そうムーブは継続中。


(よし、これでヒツジを回収した。あとは良さげな事を適当に言って誤魔化そう)


静寂になるのを待ち、次はすこし小さめの声で続きの言葉を語りかける。


「聞け、迷える子羊たちよ。ジャン=ステラの身を借りて、なんじらに問いかける。汝らの中に罪を犯したことがない者はいるであろうか」


宴会場を一度見渡す。全員が僕の言葉に耳を傾けているのを確認し、次へと進む。


「いや、おるまい。その汝らが軽々しく破門を口にするなど烏滸おこがましいにも程がある。そうは思わないかね。


罪を憎んで人を憎まず。


神は懺悔ざんげし、贖罪しょくざいするものを決して拒みはしない。


しかして、汝らはどうであろう。


天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。


神の前に人は皆平等であることを、忘れるなかれ」


使えそうな言葉を適当に選んだから、孔子や福沢諭吉がまざっちゃってる。でも正論だよね。


これでどうだ! むふぅ、って鼻息荒く、威圧するように周りを見渡す。


これだけ偉そうな言葉を連ねたら、反論者はでないだろう。

出ないよね。お願い、出ないで。


静まりかえる宴会場を、僕は再度見渡す。


だれも発言せず、じっと僕の方を見ているだけ。


よっしゃあ! はったり成功! あとは決めの言葉で締めくくるっ! 

「皆、己の罪を悔い改めたまえ、アーメ……」

「異議あり!」


空気の読めない奴は誰だっ! あとは胸の前で十字を切って「アーメン」と唱えるだけだったのにぃ。


声のする方を見たら、それは床に転がる豚さんこと、スタルタスだった。


猿ぐつわをされていたスタルタスだったが、どうにかして外してしまったみたい。そのことにようやく気づいた衛兵たちが慌てふためき、もう一度スタルタスに猿ぐつわをはめようとする。


(・・・ もう遅いよ! あとちょっとだったのに台無しじゃない)


ここでスタルタスの発言を猿ぐつわで封じ込めても、後で悪い噂がたっちゃうよね。仕方ないから、スタルタスに発言してもらおう。


「もうよい。衛兵、下がれ。そこの者、発言を許す」


話してもいいけど、おまえなんか床に転がったままで十分なんだよーだぁ。名前だって呼んであげない。


「こんのクソガキが! 我々に説教するとは何様のつもりだ。


お前はその身に神を宿したとでもいうのか!  神に対する冒涜だ!


おまえは神に対する畏れはないのか!


ここには助祭とはいえ枢機卿もいるのだ! ここに俺はお前の異端審問を要求する。


イルデブラント殿、ここに及んで、異端審問を断るとはいうまいな!」


おーおー、スタルタスが激昂してる。興奮しすぎて、蟹さんみたいに口角から泡がでてる。


破門の次は異端審問ですか。ああ、はいはい。教会の権威を使わないと自分を保てないのかなぁ。弱い犬ほどよく吠えるというけど、キャンキャン泣き言を言っているようにしか聞こえない。


どんなに怒鳴ったって床に転がったままでは怖くないんだからねーだぁ。


それにしても、今度はイルデブラントまで巻き込んじゃうなんて困ったものだ。クリュニー修道院副院長という肩書きが通用しないからって、他人の肩書きを使うんじゃないってーの。虎の威を借る狐は嫌われちゃうぞ~。


「ふむ。神に対する冒涜とは一体なにを指すのかね。説教された事が気に食わなかっただけであろう。おのれの分をわきまえたまえ」


めっちゃ上から目線で反論したら、スタルタスの顔が真っ赤に染まった。図星ついちゃったかな?


「このっ、言わせておけば、このガキが! そうだ、セイデンキだ。お前が手に持つセイデンキこそが、お前が悪魔である証拠だ。神の怒りをまといし剣などと嘘をついて、世を惑わしておるのだろう」


ふーん、今度は悪魔呼ばわりですかぁ。雷は神の怒りで、雷は静電気でしょ?だったら、聖剣セイデンキの静電気って、神の怒りじゃん。うん、完璧な理論武装。


そもそも、セイデンキが悪魔ってどういう理屈なんだろう? スタルタスに聞いてみたい気もするけど、藪蛇になったら嫌だなぁ。


床に転がっているスタルタスをじーっと見ていたら、なんだか弱いものいじめをしている気分になってきちゃった。


僕は首をゆっくり振りつつ、スタルタスに憐れみの言葉をかけてみた。

「雷が神の怒りであると知らぬと申すか。まったく哀れな」

「その位、しっておるわ! ワシをコケにする気か!」


「ならば、なぜセイデンキを怖がるのかね。それこそ、心の中に神に言えない後ろめたいことがある証拠ではないか。スタルタス、おのれが犯した罪を懺悔ざんげせよ」

「なにを! ワシの心にやましいことなど一点たりともないわ!」


そんなわけないでしょ? 心に一点の曇りもないなんてどんな聖人なのよ。少なくとも床に転がっているスタルタスがそんな聖人なわけない。


スタルタスが大声のぶんだけ僕はゆっくりと、一語一語を噛み締めるようゆっくりと、最後通牒通帳を突きつけた。


「ならばそれを神に誓えるのか、スタルタスよ。罪を犯したことはなく、心清らかだと。ここで嘘をついたら、天国の扉は永遠に閉ざされるであろう。それでもお前は神に誓えるというのかね」


「そ、そんな事より、異端審問はどうなった! セイデンキは悪魔の剣なのだぞ!」


スタルタスは神に誓う代わりに、話題をそらそうと大声で喚き始めた。それも。床をのたうち回りながら。見苦しいったらない。


「悪あがきはもういい、黙れ」


僕は衛兵を呼び、スタルタスに猿ぐつわをはめるよう命じた。


そして、勝利を宣言する。


「神授の聖剣セイデンキを使うまでもなく、神はスタルタスの所業を批難されているのは明らかである。スタルタスよ、神の怒りに触れたくなければ、汝、悔い改めたまえ」


言い終わると、僕はセイデンキをさやに納めた。そして、執事にセイデンキを渡した。


(よっしゃー! 静電気を使わずに済んだ。それもお母様は無罪で、スタルタスだけが神の怒りに触れたって事になった。これって最高のエンディングだよね。ジャン=ステラちゃん大勝利〜)


自画自賛が表情や態度に出さないよう、心の中だけで歓喜の祝福をあげていた僕だったけど、テーブル上の料理が僕の視界に入ってきたことにより、心に冷や水を浴びせられた。


つめたくなった唐揚げ。さめてしまったトンカツ。


冷めると硬くなるし、油っぽく感じて美味しくないんだよ。


僕がどれだけ頑張って唐揚げの作り方を料理人に教えたか知ってる? 豚肉にころもをつけて揚げるって料理法を理解してもらうのだって大変だったんだよ。ころものつけ方ってたったの3ステップ。


1. 小麦粉つけて、2.卵液につけて、3.最後にパン粉をまぶす。


たった三工程なのに、どこで失敗するっていうのさ。

「小麦粉と卵とパン粉を混ぜちゃいました」ってなに? ほんと、信じられない。


そんな試練のような日々が走馬灯のように僕の頭をよぎる。


(僕、今日の料理をとっても、とっても、とっっっても楽しみにしてたんだよ)


つめたくなった唐揚げ。さめてしまったトンカツ。


僕の楽しみを台無しにしたスタルタスに対して、セイデンキを使わず勝利してよかったって? そんなの、ありえない。


(ゆ、許せない!)


心の奥底から怒りがふつふつと湧いてくる。


(食べ物の恨み、晴らさずおくべきか!)


もう手元にセイデンキはない。執事に渡してしまったから、今更返してとは言えない。


周りを見渡すと、お母様が豚の丸焼きを切り分けていたナイフに目が止まった。


おデブなスタルタス豚を成敗するには、ちょうど良さそう。


肉切りナイフを右手に取り、スタルタスに切先を向ける。


「おい、スタルタス。神の怒りの次は、僕の怒りをその身に受けてもらおうか!」

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