第105話 まず隗より始めよ

 1062年12月上旬 イタリア北部 アルベンガ離宮 ジャン=ステラ(8才)


 朝が来た。日が昇る。寝室の窓から外を見ると、雲ちょっぴりの青空が広がっている。今日もいい天気。


 晴れの日の朝、外は寒いし部屋も寒い。12月だもの、寒くて当然だよね。まだ本格的な冬は始まっていないけど、暖炉にまきべて暖を取りたいな。


 暖炉でゆらめく炎を時々ながめながら、ロッキングチェアーを揺らして編み物をする。そして、そのままうたた寝しちゃう。


 そんなおしゃれで優雅な時間を過ごしてみたいけど、現実とは残酷なもの。そもそもこの離宮には暖炉がない。いや離宮だけじゃないんだよ。トリノの城館にもイシドロスの修道院にも暖炉はなかった。こんど改築することがあったら、絶対に暖炉を作っちゃおう。



 それはさておき、昨日に引き続き、今日も商人2人との面談予定が入っている。お母様が途中で寝落ちしちゃったから、2人へのご褒美をあげられなかったのだ。


 だって、カポルーチェのっぽトポカルボちびはお母様の家臣であって、僕の家臣じゃないんだもの。何を下賜かしするかは決めたけど、あげるのはお母様の役目なのです。


 ちなみにご褒美は大盤振る舞いしました。蒸留ワインをはじめとするトリノ辺境伯家の特産品を優先的に商売できるように取り計らう事を約束した。つまり御用商人に取り立てるってことだ。まぁ、家臣でもあるんだけどね。


 奮発しちゃった理由は単純明快。お調子者のトポカルボちびがごまをすりすり、たくさんご褒美をくださいってお願いするんだもの。


「我々のような貴族でない商人でも多くのご褒美をいただけるのでしたら、他の商人たちも次々とトリノ辺境伯家に帰順を願い出ること間違いなし! このトポカルボちびにどれほど素晴らしい褒賞が与えられたのか、方々の町で吹聴してきましょう。な、カポルーチェのっぽもそう思うだろう」


 トポカルボちびは大袈裟に胸をたたきつつ、北イタリア沿岸、リグーリア地方の商人たちがドミノ倒しのようにして、トリノ辺境伯家へ帰順すると主張した。その言葉にカポルーチェのっぽも大きく頷いて賛同する。


「ええ、ジャン=ステラ様、トポカルボちびの言うとおりでございます。ジェノバ属下の港町はどこも困窮しているのです。二年前にピサとの戦争に破れ、船を多数失った影響が今でも残っているのです。今、トリノ辺境伯家が手を差し伸べればこぞって麾下に馳せ参じることでしょう」


 二年前、ジェノバとピサはイタリア半島の西に浮かぶ島を巡って戦った。結果はジェノバの負け。ジェノバに味方したリグーリアの町々は多くの船を失ったのだ。失われたのは軍用船だが、平時は商船としても使われる。そのため、戦争で失われた船の分だけ、商売の規模も縮小せざるをえない。縮小した結果、カポルーチェのっぽの言う困窮が各港町で発生したという。


 困窮から救ってくれるのなら、つまり蒸留ワインをはじめとするトリノ辺境伯家の特産品を優先的に扱えるのならジェノバからトリノ辺境伯家へと乗り換えるだろう、そうカポルーチェのっぽは主張しているのだ。


 こちらでも中国の古事成語「まずかいより始めよ」ってことわざがあったりするのかな?


 かいっていうのは人の名前で、えんという中国北部の国の食客でした。そのかいが王様に言いました。

「優れた人材を集めたいのでしたら、私のような取り柄のない人間を重用ちょうようしてください。凡人の私が抜擢ばってきされたという評判を聞けば、『かいより優れた俺様ならもっと重用されるに違いない!』と自分から集まってくるのです」


 この場合、かいに当たるのがカポルーチェのっぽトポカルボちびで、集まってくるのが戦争に負けて困っている港町。


「本当にそんなに上手くいくのかな?」

 そんな疑問が僕の頭をよぎったけど、まぁいいや。べつに港町を支配したいわけじゃないしね。


 新大陸に行くには、なにはともあれ地中海を抜けて大西洋に出る必要がある。トリノ辺境伯領の港町であるアルベンガからジブラルタル海峡まで安全に航海できれば十分なのだ。トリノ辺境伯家と仲良くしていたらメリットがあると思わせておけば、それでオッケー。


 さてと。お腹も空いたし、そろそろお母様のお部屋に行こうかな。だけど、念のため、侍女のリータにお母様の様子を見に行ってもらおう。二日酔いになってなければいいのだけど、ちょっと心配。


「ねえ、リータ。お母様に朝ごはんの予定を聞いてきてもらえるかな? もし調子が悪くて寝ているようなら、僕は朝ごはん、一人で食べるよって伝えてきてね」


ーーーー

あとがき1

前回のあとがきの内容「金貨と銅貨がなかった」をtwitter に投稿したところ、プチバズり、いえ炎上しました。

当時の貨幣について、識者の方々からさまざまな知見が寄せられております。ご存じない方はよろしければご覧ください。

https://twitter.com/UsamiNanana/status/1622163978146414592


ちなみに、この炎上のおかげで執筆が滞り、更新が遅れました。楽しみに待っていただいていた皆様にお詫び申し上げます。

追伸:バズも炎上ももうりなのですが、そのおかげで読者も増えました。痛し痒しですね


あとがき2


☆宇佐美ナナの歴史コーナー☆


ナナ : みっなっさーん、ごきげんよう! ナビゲータを務めるピンクのウサギ、ぬいぐるみのナナで~す☆

マティ: そして私が助手の黒猫ぬいぐるみ、マティキャットで~す★

ナナ : 今回のテーマは暖炉です!

マティ: ジャン=ステラちゃんが冒頭で暖炉が欲しいっていってるよね

ナナ : そうそう、ロッキングチェアーを揺らしながら編み物したいって

マティ: おまえは おばあちゃんか!

ナナ : 転性したの忘れてるんじゃない?

マティ: お母様が刺繍や編み物をしているから、感化されちゃったんだと思うよ

ナナ : 騎士のまねごとをしてるアデライデお母様、刺繍なんてできたのね

マティ: 女性は子供の頃、母親から教わりますからね~

ナナ : それはさておき、本題に戻ろっか

マティ: 暖炉~ それは猫にとってコタツに次ぐ至福の場所♪

ナナ : トリノ辺境伯家に暖炉がないんだって

マティ: そーそー。マティが生まれたトスカーナ辺境伯家にもなかったにゃ

ナナ : それもそのはず。暖炉が発明されたのは12世紀らしいのです

マティ: あれ? ローマの邸宅に暖炉ってなかった?

ナナ : あったよ。でも古代ローマが滅ぶのと一緒に暖炉もなくなっちゃったんだって

マティ: 歴史だけじゃなく、技術も断絶しちゃうんだね

ナナ : まさに古代ローマという一つの文明の滅亡だよね

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