第103話 帝王学

 1062年12月上旬 イタリア北部 アルベンガ離宮 ジャン=ステラ(8才)


 地中海のちっこい港町、サボナを平和裏にトリノ辺境伯領に取り込んだ後、僕たちは大宴会の準備に関するお話をすることになった。


「話し合いがとても長くなってしまいましたが、もともとあなたたち、サボナの商人を呼び出したのは、アルベンガで行う大宴会の小麦が足りなかったからなのですよ」


 お母様が、本来の用件であった小麦の調達について話を切り出した。


 そういえば宴会に必要な小麦が足りなかったから呼び出したんだっけ。僕の頭からすっかり本来の目的が抜け落ちちゃってたね。まだ動揺しているのかな。だって手形の小麦引き換えの話が、蓋を開けたらサボナ併合になっていたんだよ。お母様はどうして平気なんだろうね。


 カポルーチェのっぽトポカルボちびの2人が目と目で会話した後、トポカルボちびが代表してお母様の呼びかけに答えた。


「真に申し訳ございません。手形を全て引き換えるだけの小麦を準備することはできなかったのです。方々の村々を駆け回り、すこしでも多くの小麦を集めようとしたのです。しかし、あっちの村では断られ、こっちの村では警備兵に追い立てられる始末。少しでもアデライデ様のお役にたとうと足を棒にして走り回ったのです。しかし……」


 トポカルボちびは体を縮め、今日でこの世が終わってしまうのではないかというほどの絶望を貼り付けた顔で、小麦が準備できなかったと答えた。


 そりゃそうだよね。小麦が高騰して品薄なんだもの。準備は無理に決まっている。準備できるようなら、プリアマール商会のカステッロも、サボナから逃げ出さなかっただろうしね。


 トポカルボちびの顔を見ていると、「そんなに絶望しなくてもいいから。大丈夫だよ」って声をかけたくなってくる。お母様もそれは同じだったようで、トポカルボちびを優しい声で慰めようとしていた。


「あらあら、大丈夫よ。宴会で足りない小麦の量はそれほど多くないのよ。安心してね」

「おおお、アデライデ様のなんとお優しいことでしょうか。まるで聖母マリア様のように輝いて見えます」

「あ、あらそうかしら。そうよね、ジャン=ステラの母ですものね」


 トポカルボちびは両手を合わせ、キリスト像を拝むのと同じ仕草でお母様を拝み始めた。傍から見ていると、ちょっとドン引きするくらいのヨイショだけど、お母様は満更でもないみたい。これもトポカルボちびの話芸なんだろうね。


「ですが、このトポカルボちびカポルーチェのっぽと共に出来るかぎりの小麦を集めてまいりました! その量、馬車にして20台分にもなったのです」


 こんどは満面の笑みに早変わり。まるでネズミをとって来た猫が飼い主に褒めてほめて!って言っているみたい。馬車20台分もの小麦を精一杯の努力で集めてきたと、トポカルボちびが激しくアピールする。それも功を誇る嫌味は混ざっておらず、主人に仕える喜びに溢れ、褒められることを露ほども疑っていないように見える。


 うん、トポカルボちびは交渉の達人だね。相手の心にすっと入ってきて、人を喜ばせる言葉を紡ぎだす。まるで、身振り手振りの激しい芸人さんのコントみたい。ちょっと滑稽にも感じるけど話芸の達人といっていいだろう。



「まあ、20台も集められたの? 本当なら1台分でよかったのよ。トポカルボちび、とても頑張ったのね」

「うひゃぁ、このトポカルボちび、アデライデ様にお褒め頂き天にも昇る気分でございます」

「あらら、本当に天に昇ってもらっては困りますわ」


 お母様までトポカルボちびにあわせて軽口を叩く始末。お母様ってこんなにおだてに弱かったんだね。


 一方トポカルボちびの相方のカポルーチェのっぽは、終始口を挟まずにこにこ笑みを浮かべているだけ。事前に十分な打ち合わせをしてきたんだろうね。きっと、お母様と僕は彼ら商人2人に値踏みされているんだろう。そう考えたら、このまま主導権をトポカルボちびに奪われたままではだめだよね。


「うおっほん」、と僕はわざとらしい咳払いを一つして、お母様とトポカルボの会話に割り込むことにする。



「ねえ、お母様。話し合いが長すぎて、僕、もう疲れちゃいました。ちゃちゃっと用件を終わらしてもいいですか?」

「そうよね。ジャン=ステラの体はまだ子供ですもの。長々と話してしまいごめんなさいね」


 お母様の許可を得たので、僕は2人に早速指示をだすことにした。


 え、子供の僕が指示を出してもいいのかって? そんなの今更。だって僕は摂政見習いだもの。


「では、2人に指示を出します。ちゃんと聞いてね」

「「は、謹んで承ります」」

 さきほどまでおどけていたトポカルボちびの表情が一転して真面目な顔つきになった。カポルーチェのっぽも僕の言葉を一言一句聞き逃すまいと、真摯に聞く態度をとっている。


「20台分の小麦を持ってきてくれてありがとう。改めて感謝します」

「「も、勿体ないお言葉をありがとうございます」」


 さきほどまで真面目だったトポカルボちびカポルーチェのっぽの顔に驚きの表情に変わった。それも並大抵の驚きではなく、天が空から降ってきたのを目撃したかのような驚愕の表情。2人の口は半開き。トポカルボちびなんて目ん玉が飛び出てるんじゃないかっていうくらい、目を見開いている。


 なんでやねん。コントみたいに突っ込みたい。 僕、今度はいったい何をやらかしたのかな。折角真面目に指示を出そうとしたとたん、これだ。


「まったくもう、ジャン=ステラったら。だめでしょう。家臣に感謝なんてして。ここは褒めるのよ、褒・め・るの。家臣に舐められちゃうわよ」


 僕が感謝した事に呆れたお母様が理由を教えてくれた。家臣は褒めるものであって、感謝したらだめらしい。感謝は対等以上の立場の者にするものだそうな。

「サルマトリオ男爵の離反騒動を忘れたの?」 とまで言われた。

 つまり感謝すると舐められるから、危険なのよと教えてくれた。


 これが帝王学ってやつでしょうか。小学校から大学までいろんな事を習ったけど、当然だけど帝王学は習っていない。それにしても感謝したらダメだなんて、道徳で習ったことを真っ向から否定しているよね。


 道徳的に振舞うと、反乱が発生する。


 転生したときに性別が反転しただけでも大概たいがいだったのに、道徳まで反転してたとは。こりゃまた参ったね。


ーーーー

後書き


読者の皆様のお陰で、100話目投稿後のPVブーストが続いています。多くの方に読んでいただける喜びをかみしめております。ありがとうございます。


本作のあらすじに夢を追加しました。少し恥ずかしいのですが、有言実行できるといいなぁとここに転記いたします。


★夢は大きくもしものお話 (戯言にお付き合いくださいませ)


1.もし書籍化の願いが叶うなら、英語、フランス語版、イタリア語版とか出せると嬉しいです。日本人の歴史ものがヨーロッパで出版されるなんて素敵だと思いません?


2.小学6年生から中学1年生くらい対象のジュニア版への改変も書きたいです。1章2章なんてうってつけではないでしょうか


3.本作は私の第一作目です。これ以前は「おてて絵本」のお話を作って遊んでいただけでした。そのため、一人称視点、三人称視点とかも知らずに書き始めました。最初の方を読み返すと粗が目立ちますが、最新話辺りでは大分良くなってきたと思ってます。Web版は拙いままにとどめ、お話の完結を優先させたいと思います。


4.第100話の後書きにかきましたが、現在は第一部「新大陸」です。 第二部「神聖でありローマでもある帝国(仮題)」も構想しています。


5.転生ではない、単なる(?)中世ヨーロッパのWeb小説タッチな歴史小説が書けそうな気がしてます。ジャン=ステラちゃんがいなくても、面白いエピソードはいろいろあるのですよ。ハインリッヒ4世に婚約破棄されそうになるベルタお姉ちゃんの話とかリアル悪役令嬢物です。ベルタの処女は僕が保証するから婚約破棄してくれと教会に申し出る。ハインリッヒ4世鬼畜です。


長々とここまでお読みいただきありがとうございます。夢のお話を読んだ皆様が、「将来を見越して作者もフォローしておくか」という気分になっていただけたなら幸いです。


末永く宇佐美ナナをよろしくお願いいたします (❀ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾ ペコリ

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