第61話 イルデブラント助祭の暴走
1057年9月上旬 イタリア北部 トリノ トリノ城館 ジャン=ステラ
アデライデお母さまとイルデブラント助祭は、僕の事について語り合っていた。
僕が貴族の矜持を持ち合わせていない、とか何とか言っている。
ふーん、そうなのかな?
貴族の矜持とか言っても、前世に比べると貧しいし、食べ物も美味しくないし、不衛生だしねぇ。
中世ヨーロッパの人は貴族も含め、みんな貧困にあえいでいるようにしか感じられない。
じゃがマヨコーンピザも食べられないしねぇ。
ふぅ、って溜息がでそうになる。
貴族がそんなに良いものだとは到底思えない。
一般市民でいいから前世に戻りたいよ、ほんと。
だから、貴族の矜持を持てといわれても、持てそうにない。
そんな僕を尻目に、緊張した面持ちのイルデブラントが僕に質問をしてきた。
「ジャン=ステラ様。あなたにとっては、貴族も平民も同じ存在なのでしょうか」
「イルデブラント様、同じ存在とはどういう意味でしょうか。
貴族も平民も人という意味では同じですけど、そういう意味ではないですよね?」
イルデブラントが何を聞きたいのだろう。
貴族の矜持とか、平民の矜持とかが、関係するのかな?
イルデブラントの質問に対し、僕は質問で返した。
しかし、イルデブラントは答ではなく、「やはり、そうですか」と小さい
「ジャン=ステラ様。それで十分な答えになっております。
ご回答いただきました事にこのイルデブラント、感謝いたしております」
より緊張の色を深めたイルデブラントが軽く頭を下げ、丁寧な言葉を僕に返してきた。
これまでは、どちらかというと上から目線で僕に話しかけていたのに。へんなの。
でも、下手に出られると、居心地が悪くて、ついつい僕も下手に出てしまう。
これは、前世からの癖だから、治らなさそう。
「あの、イルデブラント様、何が答になっていたのか、お教え願えませんか?」
「そう、ですね。預言者であるジャン=ステラ様に説明するのは、はなはだ恐縮なのですが……」
イルデブラントは困惑気味になりながらも、聖書を引き合いにだしながら説明してくれた。
キリスト教では、王も貴族も平民も神の下、みな平等に
ただし、それは神の御前の話であり、それぞれの人は平等ではないのだと。
王とか貴族とか平民とかの身分があるし、貧富の差もとっても激しい。
それに、もって生まれた才能に違いはあるのだ。
いや、貧富の差という言葉では生ぬるい。
平民は領主の持ち物にすぎない。
領主は平民の生殺与奪の権を持っていから、仮に殺したって罪に問われることはない。
イメージ的には、平民は領主が飼っている家畜。
鶏の産む卵の代わりに、平民は税を納める。それだけの存在。
ペットみたいに可愛がられる事があっても、同じ立場とはなりえない。
これを平民出身のイルデブラントが言うのだから、自身の経験を踏まえての事だろう。
「貴族であれば、
イルデブラントは首を横に振り、一旦話に区切りを付けた。
こういう話を聞くと僕の心ありようは前世に縛られているんだなぁ、って思う。
身分社会である事は頭で理解していても、四民平等の考えから抜け出せるとは思えない。
お母さまは、
「当然でしてよ。 青い血が流れている貴族が、平民と一緒なんてありえません」
という顔でイルデブラントの説明を聞いていた。
「ジャン=ステラ様、ここまでよろしいでしょうか」
「はい、だいたい分かりました」
イルデブラントの確認の言葉に、僕は頷いた。
「そこで質問です。 『貴族も平民も人という意味では同じ』 とおっしゃるジャン=ステラ様は、どのような方なのでしょうか」
「うーん。イルデブラント様、この質問も僕には難しいです。どこかでお話が
「いいえ、簡単な話です。我々
つまり、神にとっては、王も貴族も平民も等しく同じということです。
そして、ジャン=ステラ様は神と同じことをおっしゃいました」
そこで話を区切ったイルデブラントはうつむき加減となり、一旦強く目をつぶった。
一拍の後、イルデブラントは目を開き、姿勢を正した。
そして、確信をもって一文を
「ジャン=ステラ様。 あなたは神の代弁者なのですね」
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