第62話 ピザを食べたいって、七つの大罪!?
1057年9月上旬 イタリア北部 トリノ トリノ城館 ジャン=ステラ
僕の前に座っているイルデブラント助祭。
すこし下を向いて何かに思いつめたように見えていたのに、一転して上気した顔でとんでもないことを口にした。
「ジャン=ステラ様。 あなたは神の代弁者なのですね」
神の、代弁者?
え、代弁者ってなに?
イルデブラントの言葉の意味をすぐに理解できない。
とんでもない事を言われているだけど、頭が拒絶している?
えっと、言葉通りだと、神に成り代わって、神の話を伝える人、って意味、だよね。
「はぁぁぁああ!!!」
ようやく理解できた僕は目を見開いて、思わず叫んでしまった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ」
「はい、いくらでもお待ちしますよ、ジャン=ステラ様」
いやいや、「ちょっと待って」って、そういう意味で声に出したんじゃないってば。
でも、待ってくれるのは助かる。
落ち着いて対応しないと、なんかやばい。
ひっひっふー、ひっひっふー。
ちがう、それラマーズ法。
私、子供うまない。産んだのは前世のお姉ちゃん。
えっと、そうだ。深呼吸。
大きく息を吸って~、止めてくださ~い。
止めてどうする? それ健康診断のレントゲン。
うがー。こんな事になったのは目の前のイルデブラントが悪い。
「そうだ、そうだ。悪いのはおまえだー」とイルデブラントを
3歳児が
などと考えいたら、やっと落ち着いた。
「イルデブラント様、そんな突拍子もないことを言われても、僕、困ってしまいます」
「はて、どうしてお困りになるのでしょうか?」
「いや、だって神の代弁者なんて言われたら誰でも困惑するでしょ?」
「そうでしょうか。私のような凡人なら言下に否定します。ですが、ジャン=ステラ様は困惑するだけなのですよね」
「いやいやいや、代弁者だとは肯定できないから、困惑しているんですよ!」
イルデブラントは、嬉しそうに笑っている。嬉しそう、というか
というか、僕、
「では、否定なさりますか?
司教枢機卿の皆様は預言者誕生の噂は耳にしているのですよ」
枢機卿というのは教皇庁の上位聖職者。
その中でも司教枢機卿は最上位の位階になる。
教会を含む教皇の領土を管理するのが教皇庁だから、日本なら大臣に相当する。
前教皇のウィクトル2世は、僕が預言者だろうと当たりを付けていて、皇帝の娘と婚約の約束を取り交わしていた。
この約束、ヴィクトル2世が亡くなったことで有耶無耶になったかと思っていたけど、教皇庁内部ではきっちり引き継がれているらしい。
当時、首席枢機卿だったのが、現教皇ステファヌス9世だから当然といえば当然。
さらに、ステファヌス9世はギリシアからトリノに来たイシドロス司教の動向もつぶさに調べていたらしい。
僕が生まれた1054年に、西方教会と東方教会はお互いを破門しあっている。
ステファヌス9世は当時から首席枢機卿だったから、東方教会側の怪しい動きに目を光らせていたそうだ。
「預言者なのか、あるいは
教皇庁は、ジャン=ステラ様の行動を陰から見守っていたのです」
イルデブラントの言葉に、アデライデお母さまが口を挟んできた。
「それは『見守っていた』のではなく監視していたのではなくて?」
「いいえ、そんな人聞きの悪いことをおっしゃらないでください、アデライデ様。
なにせ、ジャン=ステラ様はトリノ城館から出る事もなく、大切に
残念そうに首を横に振るイルデブラント。
うわ、それってストーカーだよね。
お母さまは、「ジャン=ステラを外に出さなくて正解だったわね」と小声で呟いている。
それはともかく、状況は大分飲み込めた。
前世の知識の事を隠しているつもりだったけど、実際は筒抜けだったみたいだね。
「はぁ~」
僕はわざとらしく大きな
「イルデブラント様、確かに僕は預言らしきものを授かって産まれてきました」
前世の知識ってやっぱり預言なのかなぁ。
でも、断言もできないから、どうしても微妙な表現になってしまう。
「でもそれが神からの預言だと、イルデブラント様はどうして断言できるのですか」
そういって僕は挑戦的にイルデブラントを睨みつける。
「それは、私の直感でしかありません」
「えっ?」
「正直な所を申しますと、ジャン=ステラ様とお会いするまで預言を僭称していると思っておりました」
教皇の耳目としてイルデブラントが拾ってきた噂話は、食べ物に関するものが多かった。
美味しいものを食べるために、ギリシアに人を派遣し、さらに何やら物品をトリノに集めている。
イルデブラントは、僕が七つの大罪の一つである貪食に侵されていると感じていたそうだ。
つまり神の預言ではなく、悪魔の預言だ、と。
僕は首筋がひんやりするのを感じた。
「イルデブラント様、悪魔の預言だったら僕はどうなるのですか」
「教会の全勢力を挙げて排除いたします。諸侯の力もお借りすることもやぶさかではありません」
なに、当然の事です、とばかりにイルデブラントがさらりと教えてくれた。
それはそうですよね~。悪魔ですもの。
キリスト教としては排除一択ですよね。
一諸侯でしかないトリノ辺境伯が全キリスト世界を敵に回すわけにはいかないよねぇ。
はぁ。また溜息がでた。
どうやらイルデブラントによって逃げ道が塞がれてしまったみたい。
もう全面降伏するしかないのかな。
「じゃあ、神の預言者でいいです」
「では神の代弁者だとお認めいただけたという事でよろしいでしょうか」
喜色を浮かべて確認してくるイルデブラントに対し、僕は首を横に振った。
ちょっとくらい抵抗したっていいよね。
「預言者は認めても、神の代弁者だとは認めないです」
「それは、どうしてなのか伺ってもよろしいでしょうか」
「僕は預言という知識を授かっていますが、神の使命を受けてないのです」
神の代弁者というのはつまり、神に代わって話をする人に他ならない。
しかし、僕は前世の知識があるだけ。
転生はしちゃったけど、僕は神に会う事はなかった。
当然、転生する目的は与えられなかったし、使命もない。
「つまりジャン=ステラ様は、代弁すべき言葉を神から授かっていない。そうおっしゃるのですか?」
「その通りですよ。無いものは無いのです」
驚きつつ問いかけてくるイルデブラントに対し、お手上げだとばかりに、僕は両腕を横に開いた。
一拍の後、イルデブラントは再び真剣な表情で僕に問いかけてくる。
「ではなぜ、神はジャン=ステラ様に預言を授けたのでしょうか」
それは僕の方が知りたいよ。なんで転生したんだろ。
「それは僕にもわからないです。
もしかすると、うかがい知れない、隠された神の意図があるのかもしれないですよ」
ちょっと投げやりで皮肉がこもった返事になってしまったのも仕方ないよね。
ねえ、神様、僕はどうして転生しちゃったの?
過去じゃなくて、未来への転生だったらこんな苦労は無かったのかな。
「神のみぞ知る、という事でしょうか」
分かったような分からないような言葉を呟いたイルデブラントだったが、何か納得したようでしきりと首を左右に振っている。
イルデブラントの首振りを見ているだけでイライラが湧いてくるんですけど。
したり顔を見ているだけで無性に腹が立ってくる。
その首振りがとまったかと思うと、また質問がやってきた。
「して、その隠された意図は、預言から推し量れないのでしょうか」
ありゃ、納得してないの?
そんなの僕が知るわけないじゃん。
もう疲れた。
いやだいやだ。
ご飯は美味しくないし、不潔だし、娯楽もないし。
贅沢を一度知ってしまったら元に戻れないんだよ。
ピザも食べられないような過去に転生しちゃって僕は苦しんでるんだよ。
なんとか、順応しようとしてるけどさ、
それなのに、何さ。
悪魔の預言だと疑われたかと思ったら、手のひらをくるって返されてさ。
神の代弁者ってなんだよ、まったく。
常識が違うのはわかる。だけど、言葉が通じるのに話が通じないのは疲れるんだよ。
知らないものは知らないの!
もう、こんな会話、いやなんだよ。 うがー。
「そんなのしらないよ。神の言葉を推し量ってしゃべったら、それこそ神への冒涜だし、神の言葉の僭称でしょうが。
預言者を前にして興奮しているのかもしれないけどさ、もう黙りなよ。
『 神の行為を疑うのなら、イルデブラント、おまえこそが神を冒涜する者だ 』 」
最後の方は敬称も無くなり、
疑われ続けて腹をさぐられるなんて、前世でも今世でも慣れてないんだよ。
怒りがこみ上げてきて言葉が荒くなるのも仕方ないんだよ、そう。
しかたないの!
ぷりぷりしている僕に対して、イルデブラントはとはいうと……
僕の前で西洋風の土下座してました。
顔を挙げた土下座で、両手を合わせて僕を拝んでる。
「おお、神よ。お許しを」
恐怖にひきつった顔で、何度も何度も許しを乞うている。
は、なんで?
どうしてこうなった?
もう常識が違いすぎて、何がなにやらさっぱりだよ。
だれか説明プリーズ!
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