第36話 復讐試案1:天然痘

1057年2月上旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ


アデライデの暗殺対象にマティルデお姉ちゃんが入っていない事に僕はほっとした。


本当によかったよ。


でもね、アデライデからの問いかけ

「どうやってゴットフリート3世に復讐すればいい?」

には全く答えていないんだよね。


どうしようかしら。


毒矢を使うような直接的な暗殺はお母さまにお任せするとして、からめ手から暗殺ってできないものかな。


同じ毒でも、きのこの毒とかどうだろう。

カエンダケのように食べたら死んじゃうキノコって色々あるんじゃないかな。

あとは、青梅から採れる青酸カリとか。


料理に混ぜて食べさせる事ができれば暗殺できるかもしれないけど、そもそもゴットフリート3世に食べさせる手段がない。

そもそも、暗殺するような奴なら毒殺にも十分警戒しているだろうから、難しいと思う。


だったら、相手を油断させるような手段を使わないといけないよね。


油断した相手を卑怯な手で殺害する方法って前世で習わなかったっけ?


なんか習った気がする。


高校の歴史の授業? 

ジュリアス=シーザーの暗殺とか、井伊直弼が殺された桜田問題の変とかの年号は覚えた。

剣でぐさーっと突きさしたり、刀で切って殺したんだと思うけど、ずるくて卑怯な手なんて教わってない、と思う。


大学入試で「油断した相手を殺す方法を200文字で述べよ」なんて問題が出てくるなら先生も教えてくれたかもしれないけど、塾でも習わなかった。


じゃあ、大学の講義かな。

前世で僕は、 つまり藤堂あかりは農学部を卒業している。


大学にはへんてこな講義、というか雑談や武勇伝を我が物顔で語って聞かせる教授がたくさんいた。

藤堂あかりが受けた授業の中に、殺し方が混ざっていてもおかしくはない。


でも歴史の授業なんて受講してなかったんだよね。

なのに何か引っかかってる。


僕は、首をひねってうーんうーん、と考える。


“そうだ、思い出した!  動物の病気の授業だった ”


牛とか馬の病気は、人にも感染することがある。

その有名な例は、天然痘だ。


全身にぶつぶつが出来て、死亡率が高い病気。

死なずに済んだ場合でも、ぶつぶつが一生残ってしまう、辛い病気。


前世では、イギリスのお医者さん、ジェンナーが開発したワクチンによって

20世紀後半に絶滅している。

しかし、それまでは世界中で恐れられた病気の一つだ。


“ いや、世界中というのは間違っている ”


大学の講義室で教授が話していたのを思い出した。


「天然痘という病気はアメリカ大陸には無かったんだ。

 それが、コロンブスの新大陸発見によって持ち込まれ、多くの先住民族が亡くなった。

 

 それも、白人が酷い手段を使ってわざわざ病気を広めたんだ」


その手段とはこうである。


友好のあかしとして近隣のインディアン部族に毛布を贈る。

ただし、その毛布は天然痘で亡くなった人が使っていたもの。


たっぷりと天然痘ウィルスのついた毛布を使ったインディアンが感染する。

見知らぬ病気だから、病気が広まるのを阻止することができずに村落が全滅する。


そして、全滅した場所を白人が接収する。


教授の話を思い出し、暗い気持ちになった。

でも、この逸話を復讐に使う事はできるだろう。


なにせ、中世では病気の原因がウィルスだなんて分かりっこないのだ。

ゴットフリート3世に天然痘ウィルスで汚染された毛布を贈ることができれば、病殺できる。


問題があるとすれば、毛布を贈るって部分だろう。


「ゴットフリート3世様に暖かい毛布の贈り物です。 

 寒い夜のお供にどうぞ。寝るとき毎日使ってくださいねー」

とか、怪しすぎる。

絶対怪しまれる。

怪しまれないと思う方がどうかしている。


どうしよう。

別に毛布じゃなくても、動物の毛で作った製品だったら単なる布だって構わない。


そう思いながら、顔をあげるとアデライデがじぃーっと僕の顔を見ているのに気づいた。


「お母さま、どうしたのですか?」

「いえね。 ジャン=ステラが下を向いて考えているみたいだから、静かにしていたのよ。

 私の息子だけあって、あなたはとっても整った顔をしているの。

 その顔が、目を細めたり、口を尖らせたりと、くるくると表情が変わっていくから面白くって。

 いつまでも眺めていたい気分だったわ。」


どうやら考え事をしていた僕は百面相をしていたみたい。

そんな顔をまじまじと見られていたなんて、ちょっとじゃなく恥ずかしい。


顔が赤くなったのか、ちょっとほっぺが熱くなるのを感じる。


「うぅ、お母さま酷いです。 一生懸命考えていたのにぃ」

といって、アデライデから目をそらした。


そらした目線の先、 執務机の後ろの棚にクマのぬいぐるみ、オッディベアが飾られているのが目に止まった。


“僕が作ってお母さまに贈ったクマの人形、大切にしてくれているんだね”

喜んでくれたみたいでちょっと嬉しい。


そんな思いとは裏腹に、僕はある事に気づいた。


ぬいぐるみって表面も内側の詰め物も布だよね。


天然痘ウィルスをたっぷり含んだぬいぐるみをゴットフリート3世に贈るのはどうだろう?

毛布とちがって、警戒はしないだろう。


抱き枕になるようなぬいぐるみだったら、寝床においてくれるかもしれない。

そして、抱いて寝ちゃうかもしれない。

ちょっと想像してみた。


“ぬいぐるみを抱いて眠る、髭もじゃのむさいおっさん”


その頭にはナイトキャップがかぶられており、“ごぉーごぉー”と大きないびきを立てているかもしれない。


うへぇ、想像なんてするんじゃなかった。

夢に出てきちゃったらどうしよう。


どうせ想像するならマティルデお姉ちゃんでしょ。

“ぬいぐるみを抱いて眠る黒髪の美少女”


その頭にはナイトキャップがかぶられており、ぬいぐるみを抱いていない方の親指の爪を軽く噛んでいる。

気が強そうなマティルデお姉ちゃんも寝てるときには、 目元がゆるみ優しい顔になっている。


うん。夢をみるならこちらでしょ?


“妄想はこのくらいにしておかないとね”

お母さまが僕の百面相をによによと見ている気がするし、そろそろ現実に戻らないとね。



天然痘ウィルスを仕込んだぬいぐるみをゴットフリート3世に贈ったらどうなるだろう。

ゴットフリート3世が可愛いもの好きならともかく、きっと妻とか子供とか女性に渡してしまうだろう。


そうなると、ゴットフリート3世は天然痘にかからないだろう。

代わりにぬいぐるみを贈られた周りの女性が天然痘になってしまう。

ゴットフリート3世の義娘のマティルデお姉ちゃんはその筆頭だろう。


“だめぇー。 そんなのやだ”

この計画、ゴットフリート3世よりもマティルデお姉ちゃんに被害がいっちゃうよ。


それによく考えなくても、僕が意図的に天然痘を広めちゃったら、将来人類の敵認定されちゃいそう。


天然痘を意図して広め、間接的に何十万人も殺害した、とか。


“預言者に認定されちゃいそうなだけでもやばいっていうのに、人類の敵はもっとまずいよね”



だからもう一度考え直そう。

農学部の講義を思い出そう。

牛や馬を飼う牧畜の知識がだめだったから、今度は農業はどうだろう。


ーーーーー

ジャン=ステラ  ぶつぶつぶつ( 考え中 )

アデライデ    考えている顔も可愛いわねぇ。

ジャン=ステラ  ぶつぶつぶつ( 眉をしかめてる )

アデライデ    さすが私の息子よね

ジャン=ステラ  ぶつぶつぶつ( 口をとんがせてる )

アデライデ    ああ、もう、食べちゃいたい。

ジャン=ステラ  ぶつぶつぶつ( 苦しそうに顔が歪む )

アデライデ    それにしても、いつになったら戻ってくるのかしら。

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