第35話 目には目を 復讐の対象
1057年2月上旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ
「ジャン=ステラ、 あなたにもう一つ考えてほしいことがあるの。
どうやってゴットフリート3世に復讐すればいい?」
母アデライデからの2つ目の質問が僕に告げられる。
それは、父オッドーネを暗殺した黒幕への復讐方法であった。
うーん。困った。復讐する方法って言われても、困ってしまう。
前世では女の子だったし、そもそも復讐する方法なんて習っていない。
法律があって、悪い事をした人は警察がつかまえて、刑務所にいれてくれる。
復讐なんてもってのほか。
前世の私が一番長い時間を過ごした学校の教育方針だって
「喧嘩しちゃだめよ。 みんな仲良くしましょうね」
だったから、復讐なんて考えてもみなかったよ。
うーん、一番単純なのは、戦争やって打ち破る?
でもねぇ、戦争の歴史は沢山ならったけど、戦争の仕方なんて習ってないよ。
強いてあげるなら、小中学校の朝礼や行進が第二次世界大戦前の軍事調練の一種だった事くらいだろうか。
先生の掛け声は覚えてるよ。
「前へーならえ」とか「まわれー右」ってやつ。
でも、この掛け声で軍を率いることができるとは到底思えない。
というか、これで敵軍に勝てたらすごいと思わない?
どう考えても無理でしょう。
だから、首を横に振りつつ、僕には無理だという事をアデライデに告げる。
役に立てなくて、ごめんね。
「おかあさま、復讐方法を考えるのはいいですけど、僕は騎士たちを率いて敵軍を打ち破る方法なんて知りませんよ」
「ええ、安心してね。 私もそれは無理だって分かっていますよ。
2才の子供に軍の指揮をしてもらおうとは思っていません。」
よかった。 僕に軍を率いてやっつけて欲しいとは、さすがに思っていなかったみたい。
それに、トリノ辺境伯の軍では、ゴットフリート3世率いるトスカーナ辺境伯軍に勝つのは難しいってアデライデが教えてくれた。
トスカーナ辺境伯軍は、神聖ローマ帝国の諸侯の中で一番数が多いんだって。
それもトリノ辺境伯軍の倍以上。
単独で立ち向かっても、勝ち目はない。
同じ辺境伯を名乗ってはいても、どうやら格が違うらしい。
そして、今やトリノ辺境伯軍を率いる司令官もいない。
防戦するのが精一杯である。
そうだった。
暗殺の黒幕を特定するのに頭をとられて忘れていた。
今はトリノ辺境伯家が滅亡するか、没落するかといった瀬戸際だったよ。
軍を率いて攻め込むなんて全く現実的でなかった事を、アデライデの言葉で僕は思い出した。
「復讐をあなたに直接行って欲しいわけではないの。
私なりの復讐プランだってあるのよ。
でも、あなたは前世の知識を持っているでしょう?
私が思いつかないような方法を知っているかもしれなじゃない」
アデライデが私に望む事。 それを聞かせてくれた。
うーん。 お母さまの期待に満ちた目線が僕に突き刺さって痛いです。
そして、先ほど黒幕を推測するのに僕の知識が役だったでしょう、と告げられてしまった。
あうぅ。 何かを思いつかないといけない雰囲気になっちゃった。
歴史でならった知識に何か使えそうなのはないだろうか。
古代から順番に思い出してみよう。
そうそう教科書の最初に書かれていたのは、チンパンジーみたいな原人のアウストラロピテクスだっけ。
今の人間よりも脳も体も小さいとかなんとか。
って全然関係ないやん!
思わず関西人みたいに自分に突っ込みをいれてしまった。
せめて人の歴史が始まってからじゃないと復讐もないでしょう?
そうだった。復讐といえば古代のハムラビ法典だ。
「目には目を、歯には歯を」ってやつである。
やられたらやり返す。
つまり、暗殺されたら暗殺しかえす。
でもねぇ。それはきっとお母さまだって思いついているはず。
一応確認してみよう。
「お母さま。 ゴットフリート3世を暗殺するって案はありきたり過ぎますよね?」
「ええ、もちろんよ。 当たり前じゃない。
それに、暗殺するのはゴットフリート3世本人じゃなくてもいいわよね。」
ゴットフリート3世の家族も当然のように暗殺対象だとの事。
アデライデはにこやかな顔のまま、さも当然とばかりに答えを返してくれた。
うーん、家族も当然なのか。
さすが乱世ですなぁ。
怖いなぁ。
ブルブルっと身震いがした所で、僕は何か重要な事を忘れている事に気づいた。
脳裏に浮かんだのは、去年の8月に初めで出会ったマティルデお姉ちゃん。
いきなり僕がプロポーズしちゃったから、驚きながらも照れて頬が赤く染まった可愛い笑顔。
「マティルデお姉ちゃん!」
思わず僕は叫んでた。
ゴットフリート3世はマティルデの母と再婚している。
つまり、マティルデお姉ちゃんはゴットフリート3世の義娘、つまり家族になる。
ということは、マティルデお姉ちゃんも暗殺対象になっちゃうの?
僕はこぶしを強く握りこみ、湧き出てくる不安を押し殺しながらアデライデに尋ねてみた。
「お母さま、もしかして」
そこまで言った僕の言葉にアデライデが被せるように話してくれた。
「大丈夫よ。あなたが大好きなマティルデは暗殺の対象ではないわ」
あぁ、よかった。
アデライデの言葉を聞いた僕は、ふぅ、という溜息と一緒に全身から力が抜けていくのを感じた。
でもどうして対象でないのだろう。
お母さまが、父オッドーネを殺された怨念を心の内に秘めている事を僕は知っている。
だから、理由を聞かないと心が落ち着かないのだ。
「暗殺対象でなくって、ほんとうに良かったです。でもどうしてなの?」
「それはね…」
アデライデが理由を優しく教えてくれた。
トスカーナ辺境伯の正当な後継者は、マティルデ・ディ・カノッサただ一人だけ。
ゴットフリート3世もトスカーナ辺境伯を名乗っているけど、称号的にはマティルデのおまけでしかない。
だからマティルデが結婚したら、ゴットフリート3世はトスカーナ辺境伯の称号を譲らなければいけないのだ。
ここでもし、マティルデが不慮の死を遂げてしまったらどうなるだろうか。
マティルデの後継者がいないのだから、ゴットフリート3世がトスカーナ辺境伯の正当な後継者となってしまうだろう。
マティルデを暗殺する事は、ゴットフリート3世の利益にしかならない。
逆にいえば、マティルデは守らないといけない対象という事になる。
もちろんこの事はマティルデの周りも分かっている。
だから、暗殺に対する厳重な警戒がなされているだろうとの予想も教えてくれた。
この場合の警戒対象は、義父のゴットフリート3世だったりする。
義父からの暗殺を一番警戒しないといけないなんて、なんという殺伐とした厳しい世の中なのだろう。
それでも今は、マティルデお姉ちゃんを暗殺する方法を考えなくていい。
その事だけで良かった思える。
“あぁ、よかった”
本当にほっとした。
◇ ◆ ◇
アデライデ ゴットフリート3世は暗殺疑惑が付きまとってるのよ
ジャン=ステラ 例えば?
アデライデ マティルデ嬢の父のボニファーチオが暗殺されているわ
ジャン=ステラ ゴットフリート3世が殺ったの?
アデライデ 歴史の謎ね。 でもオッドーネの殺し方と同じなの
ジャン=ステラ 毒矢を使い、川を使って逃走したと
アデライデ それにマティルデ嬢の兄、前トスカーナ辺境伯フェデーリコもね
フェデーリコの場合、獄中死だけど疑惑は残るわ
ジャン=ステラ マティルデお姉ちゃん、悲しい星の下に生まれちゃったのね
アデライデ あなたならその運命を変えられるかしら
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