第21話 エクステ

1056年9月中旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ


あー、疲れた。

ほんと、つかれた。

2才の幼児がするような話し合いじゃないよね、まったく。

体も悲鳴をあげているけど、精神的な疲れもそうとう溜まってる。


アイモーネお兄ちゃんというか、宗教の壁の高さとこれからも付き合って行かなければいけないなんて。

そう考えるだけでうんざりしてしまう。


お話合いを行った執務室から子供部屋へと帰る途中、侍女リータに抱っこされた腕のなかでつい、溜息がでてしまう。


「ジャン=ステラ様、だいぶんお疲れのご様子ですよ。部屋に戻ったらすぐにお休みくださいね」

侍女リータが僕の事を優しく気遣ってくれる。


「ありがとう。 僕、もうまぶたまぶたがくっつきそう」

あれ? まぶたってくっつくもんだっけ。

くっつくのは”おなかとせなか”だよねぇ。


そこまでが限界で僕は睡魔に身を委ねることにした。



次の朝、ベッドで身を起こした僕の前にアデライデねえが仁王立ちしていた。


両腕を腰に当てて、僕を睨んでいる。

目を少し細め、眉間にしわをよせて一生懸命怒っているアピールをしているみたい。


“怖いというよりも、その懸命さがとってもかわいいよ、お姉ちゃん”

という心の中で呟いた。


「お姉ちゃん、おはよう。 朝からどうしたの? なんだか元気そうだね」

「元気じゃなくて、怒ってるの! ジャン=ステラにぷんぷんしているんだからね」


ちょっとボケてみたら、怒りに油を注いでしまったみたい。

失敗しっぱい。

今度は頬をふくらまして怒るアデライデねえはやっぱりとっても可愛い。


「どうして僕に怒ってるの?」

「ジャン=ステラばっかりずるいからよ」

「ずるい?」

「兄さまがたもジャン=ステラがずるいって言ってるわよ」


なにがずるいんだろう。

左手をあごにあてつつ、心あたりを探すが何も思い当たらない。


トリートメントしたのはアデライデねえだけで、兄たちは放置していた。

だから兄たちが「アデライデねえばっかりずるい」というなら分かる。


だけど、アデライデねえも兄たちも一緒にずるいってなんだろう?


「うーん、なにがずるいのか分からないから教えて?」

「ジャン=ステラばっかりお父様、お母さまと一緒にいてずるいって言ってるの。

 私だって一緒にいたいのに。 ずるいずるいずるいー」


たしかに兄弟の中で父母と一緒にいる時間が一番長いの僕かもしれない。

ここの所、皇帝が亡くなられた後を想定した対応に追われて父オッドーネと母アデライデは大忙しでである。

でも、子供にはそんな事は関係ないのはわかる。

父母にかまってもらえなくて寂しいのだろう。

それなのに、僕だけが長い時間父母に遊んでもらっていると思ってるんだろう。


でも僕は遊んでもらっているわけではない。

それどころか、好き好んで長時間、父母と一緒にいるわけではないのになぁ。

話し合いなんてもっと短い時間で終わってほしいと思ってる。


って6才のアデライデねえに言ってもわかってもらえないよなぁ。


ふぅっと小さく溜息をついた後、素直に謝ってみる事にする。

こちとら前世とあわせたら30才。 

目の前で可愛くぷんぷんしている女の子に譲ってあげよう。


「そうだよね。僕ばっかりお父様、お母さまと一緒にいるもんね。ずるくてごめんね」

「むふー」


解ってもらえたことに少し留飲を下げたのか、アデライデねえが少し嬉しそうに変化した。

ちょっと得意げに鼻息あらくうなずいている。


「でも、お父様、お母さまは今とっても忙しいんだって。だから僕とあそぼ?」


父母が忙しいことを聞いたアデライデねえは一瞬寂しそうな顔をした。

だけど、僕と遊ぶことは嬉しいみたい。 


遊ぶといっても、2才の僕と6才のアデライデねえとでは体の大きさも力の強さも違いすぎるから、体を動かす遊びは無理。


という事でトリートメントと同じように髪の毛を変化させる方向に行こっかな。


「お姉ちゃんの髪、トリートメントでとってもきれいになったでしょう? 」

「うん、綺麗になってうれしい。」

「今日は、お姉ちゃんをもっと魅力的にするよー」


今からアデライデねえの髪にエクステを一筋入れてみようと思ってる。

エクステっていうのは、ちょっとした付け毛を髪に付けること。

地毛と違う色が一筋入るだけで雰囲気がとってもかわるから気軽におしゃれを楽しむことができる。


付け毛といっても、侍女さんの髪をちょっと拝借ってわけにもいかないので、細く切った布切れで代用。


布で作ったひもを1本、それとアデライデねえの髪2束とで三つ編みをするだけ。

という事で侍女のリータに端切れを持ってくるようお願いする。


布が届くまでの間、アデライデねえとお話をする。


「三つ編みって知ってる?」

「ん-ん、知らない」


知らないらしいので、子供部屋にある椅子にアデライデねえを座らせて、実演する。

「まず髪の毛の束を3つに分けるの」


3つの束を横向きにならべ、左の束を真ん中に持ってくる。

次いで右の束を真ん中に持ってくる。

左、右、左、右と交互に動かせば三つ編みの出来上がり。


あとは、あとは端っこを輪ゴムで束ねれば簡単にほどけなくなる。

のだけど、輪ゴムなんてないので、アデライデねえの侍女に先っぽをひもで結んでもらう。


三つ編みはできても、2歳児の指には髪がほどけないように強く結ぶのは無理だったよ…


自分の体の小ささと力の弱さを実感してちょっとへこんだ僕の耳に、アデライデねえの嬉しそうな声が届いた。


「すごいすごいー」

とアデライデねえが言ってくれる。


そうこうしているうちに、侍女のリータが布切れのひもを準備してくれた。

紐は白いのと緑色の2本。

これをエクステとしてアデライデねえの左右の髪にそれぞれ編んでいく。


「じゃあ、もう一度三つ編みするよー」

僕はもう手が疲れたので、アデライデねえの侍女にしてもらった。


顔の左右の細い三つ編み。そこに編み込まれた白と緑の紐。


アデライデねえの赤い髪にアクセントがついていつもと違う雰囲気になっている。


「ねえ、きれいになった?」

アデライデねえが僕や侍女達に聞いてまわっていた。


「うん、いつもと違うお姉ちゃんになっていて素敵だよ」

そう答えるととっても可愛くはにかんでくれた。




ーーーー

ジャン=ステラ   三つ編みじゃなくて、エクステは髪留めでとめたかったな。

アデライデ姉    どうして?

ジャン=ステラ   三つ編みと違ってエクステが1本の線になるから

アデライデ姉    一本の線だと何が違うの?

ジャン=ステラ   髪の動きが表現しやすいの

アデライデ姉    髪の動きって何?

ジャン=ステラ   上手く説明できないから、そのうち髪留めを作ってもらうね。

アデライデ姉    うん、待ってる。

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