第20話 お金儲けは悪徳なの?その 2


1056年9月中旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ


トリノ城館の執務室に父母とアイモーネ、そして私ジャン=ステラの4人が集まってトリートメントの扱いをどうするのか相談をしていた。


アデライデねえの傷んだ髪が気になり、ちょっとした思いつきで作ったトリートメント。

たかがトリートメントなのだけど、父貴族女性に引く手あまたになるらしく、トリノ辺境伯家の安定化に使えるらしい。

たかがトリートメント。なのに戦略物資扱いされていない?


トリートメントを使うと、頭に天使が舞い降りる、とでも宣伝するのかしら


あれ、天使の輪っかっていっても、髪の汚れをきちんと落とし、髪の表面を油でおおうテカテカコーティングしただけだと思うんだけど。


「うそ、おおげさ、まぎらわしい」で広告審査機構JAROに通報されちゃってもしらないよ、ぼく。

ま、この時代にそんなものないからいいけど。


それはさておき、トリートメント以外にもお金儲けができそうな品は沢山思いつく。

だから、お金儲けをしよう、 儲けたお金でトリノ辺境伯家を裕福にしよう。

そして、大きな船を作ろうと父、母、僕の3人で盛り上がっていたら、 しょっぱい顔をしたアイモーネに水を指されてしまった。


「ジャン=ステラ様、お金を集める事は悪い事なんですよ」

「えっと…?」


お金を集めるのがだめって、つまりお金儲けをしてはダメってこと?

なんで?

全く理解できない。 

今の僕は大分、まぬけな顔をしているんだろうな。 

「はぁーーーー! 何 うてるねん」 って大きな声の関西弁でつっこみを入れれたら良かったのに。


一方、父オッドーネと母アデライデは理解しているみたい。

「そういえばそうだったな」

「聖書にそのような話がありましたね」


えーー。まじですか。聖書ってことは宗教ですよね。ここはイタリアだからキリスト教ですよね。

キリスト教がメイン宗教の欧米諸国なんて拝金主義がまかり越してるやん。

世界一お金儲けに専念している宗教じゃない。


僕の心の叫びを無視して、アイモーネが詳しく説明をしてくれた


「ええ、その通りです。 新約聖書にはこう書いてあります。


『富める者が天国にはいるのは、難しい。

それに比べれば、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい 』


だから、お金儲けはよくない事なんです。

私たちキリスト教徒は清貧と博愛を目指し、地上ではなく天国に宝を貯める存在なのですよ」


アイモーネが慈愛に満ちた表情で話を締めくくった。

さすが司祭なだけあって、ご立派なこと。 何度も同じような説教を繰り返してきたんだろうな。


中世ではお金儲けが悪い事なのは当然なのかもしれない。

でも、1000年後を知っている僕にしてみれば、全く納得できない話である。


ついひと月前にトリノに滞在していた教皇ウィクトル2世はキンキンキラキラの服をまとっていた。

どう見たって清貧とはいえない。


僕みたいな子供にお金を集めることがいけない、と言うよりもまず、その上から目線で恍惚となって説教する先を教皇に向けたらいいじゃない。

“教皇猊下、あなたは清貧じゃないから、天国には行けません”って。


ムカムカ、イライラする。


「なるほど, なるほど。 そうなんですね。 ご立派な考えを聞くことができてとてもうれしいデス」

棘のある声でアイモーネに皮肉をいったつもりだったが、聖書の言葉を語った悦に入っているのか気づいてくれない。

「ジャン=ステラ様、あなたにも聖書を深く読み込むことをお勧めします。なにせ聖書にはこの世に必要な全ての事柄が書かれているのですからね」


だめだ、皮肉が通じない。というか、会話が成立しそうな気がしない。

父と母を見てみても、うんうん、その通りですとばかりにアイモーネの説教を神妙な面持ちで聞いている。


それに、聖書にはこの世の全てが書かれているって、ゲームに出てくるアカシックレコードか何かですか?

ゲームの設定なら受け入れられるけど、現実に目の前で言われると精神ダメージがでかいです。


でも僕だって引けないのだ。お金儲けができないと大西洋を渡る船が作れない。

船が作れないとじゃがマヨコーンピザの野望が達成できない。

別に天国も地獄も信じていないのだから、天国に行けなくなるという脅しは僕には全く通用しない。

過去とはいえ転生しちゃっているのだから、まだ仏教の輪廻転生説の方が信じられるよね。


「人は信じたいものだけを信じる」という言葉がある。

だから、宗教人であるアイモーネを僕が説得するのは無理。

逆に、僕も宗教なんて信じていないのだから、アイモーネに迎合するのも自分を裏切るようでいやだ。

だったら、適当な言い訳をでっちあげてお金儲けを正当化すればいいよね。

自分を奮い立たせ、もういちどアイモーネに話しかける事にした。


「どうして聖書では、お金を集めるのが悪い事なの? 」

「イエス・キリストがおっしゃった事だからですよ」


うーん。聞きたいのはそこではなく、お金を集めることが悪い理由なんだけどな。

ということで、もう一段階論理を深く聞いてみる。


「じゃあ、どうしてイエス・キリストはお金を集めるのが悪い事って言ったの?」


この質問にアイモーネは少し考えた後、泥棒だからだと答えた。


「お金を集めるという事は、 つまり他の人が持っているお金を奪うという事になります。

何かを奪うという事は、泥棒ですよね。

ジャン=ステラ、あなたは泥棒する事は悪い事だと思いませんか?」


はい? また僕の常識と異なる内容がでてきたよ。

僕を諭すように優しく答えてくれるのはいいんだけど、議論がかみ合わない。


お金を集めるって、奪い取って集めるわけじゃなく、商売をした結果お金が集まるっていう意味で僕は聞いたんだけどな。

商品とお金との等価交換だから奪ってないでしょ?

なんでこんなに話が通じないんだろう。


「アイモーネお兄ちゃん、商品と交換した結果、お金が集まるんでしょう?

 商品とお金を交換しているんだから、泥棒ではないと思うんだけど。」

戸惑いを多分に含む声で僕はアイモーネに再度問いかける。


「そうですね。商品とお金を等価交換するならいいのですが、実際はそうなっていません。

 ジャン=ステラ様はまだ幼いから実際に商品とお金を交換する場に居合わせたことはないと思います。

 ですが、これは知っておいてほしいのです。

 富める者や乱暴者がその力にまかせて、貧者から物を取り上げ、その代わりにごく少ない代金しか支払わない事がほとんどなのです。 だから商売というのは基本的に悪い事なんです」


商売人というのは、不要なものを権力を使って高く売ったり、必要なものを不当に安く買ったりする人たちの事を指す言葉らしい。

道理でまったくアイモーネと話が通じないわけだ。

ようやく、理解の糸筋が見えた気がする。


「先ほど我々もトリートメントをいかに高く上流貴族に売りつけるかという話をしていましたよね」

とアイモーネはいう。

たしかに、高値で売りつけるにはどうすればいいかって考えていたね。


ただしこの場合、貴族の間、というか富める者、権力者の間の対等な商売なので問題ないらしい。

つまりは、権力者イコール貴族の横暴を少しでも防ぐための方策にはなっているという事だろう。



「じゃあ、権力を使ってがっぽがっぽと儲けなければいいの?」

「そうですね。 ですが、先ほどのトリートメントのやり取りを見る限り、ジャン=ステラ様は阿漕あこぎに儲けるように見受けられましたが?」


しまった、トリートメントの話がそう繋がるのか。

「んー。トリートメントは貴族間の商売だからいいんだよね。

だったら貴族間はともかく、平民との取引では儲けない、これならいい?」


アイモーネはまだ少し渋い顔のままだけど、それならいいですよ、と答えてくれた。

「ただ、貴族間での商売でもジャン=ステラのもとにお金が集まる事には変わりありませんよね。

 だれかの元にお金が集まると、ただでさえ少ないお金が足りなくなってしまうのです。

 お金が足りなくなると物々交換が盛んな農村はともかく、町に住んでいる平民がお金を手に入れることができなくなって困るのです。」


お金を集める事はキリスト教として悪徳らしいが、町を統治する政治家としても困るという事か。


じゃあ、お金をもっと作れば問題の一つは解決するのではないかと質問すると、無理な理由が帰ってきた。

そもそも貴金属が不足しているのだそうな。

掘り出した貴金属は地中海の東側や南側、中東や北アフリカのすぐれた産物を買うために使われてヨーロッパ内に留まらない。 

ヨーロッパ全体が輸入超過の貿易赤字。 未開発国の悲哀ってやつだ。



でもね、理解はしたけど納得するわけにはいかないんだよ。

船が欲しいというのもあるけど、例えば新大陸からポテトを持って帰ってきてヨーロッパで栽培することができれば、ドイツのような寒い国でどれだけの人を養うことができるようになるのか。


じゃがマヨコーンピザを食べたいのが本心でも、飢えの恐怖から沢山の人を救えるはず。

だから僕は自問する。


考えろ、考えるんだ、ジャン=ステラ。 どっかに解決の糸口があるはず。

無駄に大学でいろいろな事を学んできたわけじゃないでしょう?


中世のヨーロッパは文明から取り残された片田舎の蛮族。

でも千年後のキリスト教国は世界の富をほぼ独占しているのだ。

そこに何か糸口があるはず。


伊達に大学受験勉強に苦しんだわけではないのでしょう?

そう、西洋の歴史を思い出せ。

お金と関係ある出来事があったはず。


マルチン・ルターの宗教改革。

宗教家が免罪符を高値で売ってがっぽがっぽ儲けていた。

やりすぎて儲けすぎちゃったのが宗教改革の原因だけど、今回とは関係ない。


アダムスミスの国富論。

“神の見えざる手”って受験勉強で暗記した。

そして大学の経済学でもうすこし詳しく習った。 


みんながお金儲けに精をだせば、みんながお金持ちになれる、だっけ。

うーん、なんか違う。というか条件がたりない。


そう、金は天下の回りもの、だった。

お金儲けに精をだした結果お金をため込んでいたら、ダメ。

町のお金が足りなくなって、物価もあがってしまうし、いい事なし。


でも、儲けたお金を使って、もっとお金を儲けるためにお金を使えばいいんだった。

儲けたお金は即使う。

これなら町のお金が少なくなることもないし、使う金額だけが増えて経済が活性化する。


ここでのポイントは「お金をため込まない。」

宵越しの金は持たねぇの江戸っ子精神で解決できるはず。


アイモーネも言っているではないか「お金を集めるのが泥棒だ」と。

そしてこうも言っていた。

「私たちキリスト教徒は清貧と博愛を目指し、地上ではなく天国に宝を貯める存在なのですよ」



お金が手元に残っていなければ清貧なのだし、平民相手に儲けなければ商売もOK。

そして、町中でお金を使えば使うほど景気がよくなって平民の生活も豊かになるだろう。

大分先の話になるだろうけど、ポテトやトマトが栽培できるようになれば、幸せな人は増えるはず。


うん。八方良しなはず。

あとは、アイモーネを説得するだけ。


その後も長々と話を続けた結果、「キリスト教の教えに反せず、トリノ辺境伯家の役にたつのなら」

と根負けのような形でアイモーネが折れてくれた。


ーーーーーー

アイモーネ    なぜお金を使うと全員豊かになるのかよくわからないよ

ジャン=ステラ  ただお金を使うだけじゃだめで、もっとお金儲けをするためにお金を使うんだよ

アイモーネ    ますますわからん

ジャン=ステラ  儲けたお金で豪華な服を作っても、今後儲けられるお金の金額はかわりません

アイモーネ    そこまでは分かるよ

ジャン=ステラ  服の代わりに、道具を買ったら職人はもっと沢山商品を作れるから儲かるの

アイモーネ    道具があっても職人が作る商品の数はかわらないでしょう?

ジャン=ステラ  え?

アイモーネ    商品を作るのが早くなったら、その分休み時間が増えるだけでしょ

ジャン=ステラ  なんで?

アイモーネ    好き好んで働きたい人間なんていないっしょ?

ジャン=ステラ  あちゃー、考えがジャパニーズサラリーマンだったよ

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