第8話 前世の知識は預言なの?

1056年8月中旬 イタリア北部 ピエモンテ州 トリノ ジャン=ステラ


「あなたは、預言者なの?」


そう質問したアデライデとその横に座るオッドーネの顔は緊張でこわばっている。一方、アデライデに聞かれた僕は戸惑いの顔を見せている。


預言者とは、神の言葉を預かった者という意味である。分かりやすい例としてはモーセが挙げられる。シナイ半島のシナイ山において、モーセは神から十戒を授かった。他にもイスラム教を創設したムハンマドも神の啓示を受けたものとして預言者に数えられるだろう。なお、イエス・キリストは預言者ではなく神の子として別格扱いされる。


ジャン=ステラは前世で藤堂あかりであった記憶を持って生まれてきた。しかし、その記憶は預言なのだろうか。生まれ変わる前に真っ白な部屋に呼び出されて神と対話したわけでもなく、輪廻転生を潜り抜けたという実感もない。ジャン=ステラの意識としては、藤堂あかりが死んだ直後に生まれ変わっただけ。その記憶だって藤堂あかりとして生きていたあかしであり、神に預けられたわけではないと思っている。だからこそジャン=ステラはアデライデの言葉を否定する。


「いいえ、母上。 私は神から言葉を預かっていないので、預言者ではありません」


それを聞いたアデライデとオッドーネの顔からすこし緊張が抜けるのがわかった。


「質問に答えてくれてありがとう。でももう一つ聞きたいことがあるの。預言者でないなら、どうしてそんなに優秀なの?」

先ほどの質問と異なり、アデライデの口調に緊張感はない。しかし、その質問はジャン=ステラを大きく悩ませる。


(どう答えればいいのかな)

正直に答えるべきか、あるいはすっとぼけるか。


もし次のように正直に答えたとする。


「前世の記憶がありま~す。 それも前世なのに過去ではなく1000年後の未来の記憶で~す」


きっと信じてもらえないだろうし、頭のオカシイ子扱いされちゃいそう。

百歩譲ったとして、もし信じられてしまったら、今後生じる出来事を知っている予言者扱いされてしまうだろう。 預言者と予言者。一文字しか違わないけど、予言者の方がたちが悪い。 権力者に予言を強要され、そのあげくに「予言が成就しなかったから、おまえ死刑!」になる未来が目に浮かぶ。



じゃあ、すっとぼけてみたらどうだろうか。

「ん-。なんでだろう? ぼくにもわからないや」

なぜ優秀なのかなんて分からないに決まってるから、この答えでもいい気がする。


でも、オッドーネもアデライデも僕に優しく接してくれている。 なるべく嘘はつきたくないなって思う。それに中世ヨーロッパの二大権力である神聖ローマ皇帝と教皇に目を付けられちゃってるから、僕を守ってくれる存在は必要だと思う。 正直に話して頭のオカシイ子扱いされるのは困るから、まずはちょっとだけ二人に打ち明けてみよう。打ち明けるのは前世で未来の記憶ではなく、知識を持っていることだけ。


頭の中で整理が終わったので、ジャン=ステラは自分の事を語り始めた。


「父上、母上。優秀に見えるのは理由があります。人は生まれてすぐは言葉を話せないように、空っぽで生まれてくるでしょう? どうしてなのか分からないけど、僕はいろいろな知識を持って生まれてきました。その知識を使っているだけで、本当は優秀なわけじゃないのです」


両親を驚かせてしまうかなと思いながら、知識を持つことを伝えた。しかし、オッドーネとアデライデはさほど驚いた様子はなく、どちらかというと納得した表情をしている。


「やはり、そうだったんだな」

とオッドーネが言う。思い当たる節があったのだと教えてくれた。


ジャン=ステラがマティルデと中庭で交わした会話が全部知られていた。アルファベットの事もプロポーズまがいのことも聞かせてくれた。傍から見ていたらほほえましい出来事かもしれないプロポーズでも、それを本人に聞かせるのはやめてほしい。 

「おまえも隅に置けないなー」なんて言うにやにや顔のオッドーネが恨めしい。


「オッドーネ、問題なのはプロポーズではなく、アルファベットの方でしょ?」

そうオッドーネを嗜めるアデライデの声にも笑いの成分が含まれている。


ジャン=ステラとマティルデが中庭から去ったあと、教皇ウィクトル2世は中庭の地面に書かれたアルファベットを確認していた。そして僕が尋常の者ではないことを悟ったとオッドーネとアデライデに伝えてきたそうだ。 

「だから、教皇猊下はアルファベットを見て婚約をまとめることに決めた、とおっしゃっていたわ」

とアデライデは語る。


どうやら、婚約話を持ち出すか否かは教皇ウィクトル2世が皇帝ハインリッヒ3世から一任されていたらしい。 教皇が皇帝の使いっぱしりをするのかと少し訝しんだが、ウィクトル2世はハインリッヒの親戚でありかつ元側近だったそうだ。だからこそ対応を任されており、ジャン=ステラの事を探っていたのだろうと教えてくれた。


実際、教皇がトリノに滞在している間、「預言者」という言葉は一度も出なかったが、オッドーネとアデライデが何か知っているのではないかと終始探るような話し方をしていたらしい。


「つまりはだな、教皇猊下はおまえの事を預言者だと思っているって事だぞ」

とオッドーネが言う。

「そうね。教皇猊下からアルファベットの話を聞いただけではまだ疑っていたわ。しかし、あなたから直接話を聞いて確信したの。 だって知識を預けられて生まれてきたのでしょう? あなたは預言者よ」



「前世の知識って預言だったのね」



ーーーー

ジ: ジャン=ステラ

オ: オッドーネ・ディ・サヴォイア

ア: アデライデ・ディ・トリノ


ジ: これから僕どうなるの? 預言者って名乗らなきゃいけないの?

オ: そうだなぁ。預言者って名乗るのはやめておいた方がいいな

ア: そうねぇ。預言者である事を証明しろとか言いだす人が出てくるもの

オ: 異端審問とかにかけられるかもしれないしね

ジ: なにそれこわい

ア: もちろん辺境伯家の名に懸けてあなたを守るわ。でも何事もない方がいいもの

オ: 俺のサヴォイア家もおまえを守るぞ

ジ: 父上、母上、ありがとうございます

ア: ただね、守るには力が必要なの。 

     だからジャン=ステラ、あなたも統治お仕事を手伝ってね

ジ: もちろんです、母上。 自分の身に降りかかる火の粉は振り払わねば

オ: おお、なんだかかっこいい言葉だな。 こんど俺も使ってみよう

ア: あなた、まぜっかえすのはやめてください。

     せっかくの知識ですもの。役立ててほしいわ。

     だけど使うときは私たちに相談してね。


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