第138話 魔王の侵攻

魔王軍襲撃の結果は惨憺たるものだった。

一方的な攻撃を受け続け、上陸や攻撃どころか視認範囲にすら行く事ができなかったのだ。魔王が誕生してから未だかつてこの様な戦いは見たことがなかった。


今まで圧倒的な力で蹂躙する側であった魔王軍は蹂躙される側であり、配下達はその力の前に心が屈してしまっていた。


魔王は数々のいいわけがましい報告を聞きながらどうすべきかを考えた。

相手はあの柱を飛ばしてくることでこちらの派遣した配下の殆どを屠っていた。


魔王にとって配下というのは所詮は目的を達成するための消耗品でしかない。

なので減った数については全く気にならないが、自分の配下の上位種でもどうしようも無いとなると自らが動かざるを得ない。


魔王は一度だけ本気を出し過ぎて国を一瞬で消滅させたことがあった。

それは魔力を練り込んだ特大魔法であり、城が丸々消え去り、その後には丸く大きなくぼみが残るだけという威力であった。

それは発動してしまえばたとえ勇者でも防ぐことの叶わない代物である。


しかし、それではあまりに興が無いので魔王が自ら禁じ手としていた魔法である。

それを解放する時が来た。


「仕方がない、行くか。」


そうつぶやくと魔王は帰還し、報告を終えてかしづく配下に言い放った。


「我が動く。貴様ら、せめて我の盾として我に続け!!」


それは絶対的な命令。

這う這うの体で帰って来た魔物たちは何の不満を述べる事も許されず深く首を垂れた。


魔王は自分が動くとなるとすぐに動き始めた。

城の屋上に出ると全土に聞こえる程の咆哮を上げた。


「ゴガアアアアァァァ!!!」


そして宙に浮くとメリカン合衆国に向けて侵攻を開始した。

それに続く様に魔王城から多数の魔物が飛び立ち、大地に住まう者が走り追いかけた。その集団は徐々に数を増し、まるでうねる波の様に空と大地を覆った。


魔王は何も考えずに大陸中の魔物を呼んでみたが、まだこれだけの数がいたかと感心した。しかし、盾が増えればいいと思っていただけで海を渡る必要があるとか、スピードが違う等という事は一切気にしていなかった。


海に差し掛かると空に飛ぶ者達はそれに続き、海に住まう者達は待ってましたとばかりに浜から離れて続いた。陸を駆ける者達は、意を決して海に突撃し、泳ぎ始めた。


そして魔王の大陸全土から魔物がいなくなった。



一方のメリカン合衆国は大量の火薬を投入したとは言えあっけなく勝利した事を素直に喜んでいた。近代兵器は十分に相手を殺す事ができる。その安心感から会議では侵攻計画が検討されようとしていた。


「諸君、我々は迫りくるモンスター共を圧倒的に叩きのめしてやった。次は我々が攻め込むターンという事だ!」

バイドン大統領が楽し気にテーブルに並ぶ者達を見渡す。


「その通りです!あいつらはミサイル兵器に全く手も足も出ない!とっとと上陸部隊を派遣し、あの不気味な島を滅ぼして我々の世界へ帰してもらいましょう!!」

国防長官が力強く賛同する。


「しかし我々はあの島の地理情報がまだ全然入手できていない。あの霧の中はレーダー等でも調べる事ができないし、派遣した特殊部隊もまだ戻らない。」

情報管制局長官は慎重派だった。


特殊偵察に部隊を派遣して既に8日。

通信できない環境という事もあって未だ新しい情報は入手できていなかった。


そんな話に対して大統領が蛮行極まる提案をする。

「小さな島だ。あそこを核で飽和攻撃をするというのはどうだ?エンジェルも言ってただろ?核ですぐに決着を着けてやれと。きっと核は悪魔を殲滅するこの日の為に神が与えたもうた聖剣だったに違いない。」


彼は自分の発見が神の真理の一端を見抜いたと言わんばかりの満足顔だった。

神が意図して与えた物ではなかったが、期待としては間違えていなかった。


そして、その言葉を聞いて全員が顔を見合わせた。


縞の広さは大凡5000㎢。核一発の十分な威力範囲を20㎞として高々250発程度でカバーする事ができる。更に隙を無くす為に最密充填的攻撃を行うなら500発に満たない数であった。


誰も魔物なんかに同情する者はいなかった。

全員が大統領の名案に賛辞を述べ、口々に言い合った。


「確かにこれであの不気味な奴らを根絶やしにできるなら世界にとってこんなに良いことはない!!」

「流石は大統領!これは歴史に残る偉業ですぞ!」

「メンテナンス切れ寸前の核ならたんまりあります。処分場としてあそこ程最適な縞もありませんな!この世界ですっきりシェイプアップして帰りましょう!」

「おお、そうすれば他国の核兵器の縮小を胸を張って主張できるというものです。」


全員が統合参謀本部議長の顔を見ると、彼も力強く頷いて早速作戦立案を行うために席を立とうとした。


そこへ緊急の報告として事務官が飛び込んできた。


「大変です、大統領!!大量の、大量の魔物がこちらに近づいています!!」

「おい、落ち着きたまえ君。また同じ様に対処すれば良いじゃないか。」


事務官の慌てぶりに大統領が余裕の態度で応じる。


「そ、それが前回とは比べ物にならない数のモンスターが押し寄せているのです!また、既に原子力潜水艦2隻が沈められました!」


その報告に場を静寂が支配した。

それは魔王の島の反対側にいた海の魔物がメリカン合衆国に向かう際にたまたま遭遇した結果であった。


「メルトダウン、は?」

国防次官が冷静を保つ様に聞いた。

「不明です。ただ、搭載されていた核ミサイルの爆発は観測されていません。」


大統領は国防長官の助言に従い、できる限りの軍を沿岸に配置すると同時に、核での迎撃も視野に入れた準備に取り掛かるように様に指示を出した。

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