第112話 機構部隊長ヘンリー中尉

機構部隊隊長のヘンリー・ウォルターは食堂で他の兵士がカードに興じているのを少し離れた席でぐったりともたれかかってみていた。


どうにか相手の騎兵を追い払った機甲師団は走り回って敵を警戒して陣地構築の支援をし、その後の命令でジンガー駐屯地にまで戻ってきていた。


彼らの部隊は丸々入れ替えとなり、夜間部隊が機甲部隊として出ていた。

そのため、彼らは少し長めの休息を与えられたのだ。


ヘンリー中尉は部屋で一人になると今日の出来事で押しつぶされそうになるので誰かいるであろう食堂に来ていたが、そこにいる誰とも話したくはなかった。


司令官は部下たちに司令部の命令である事と騎兵を撃退した事に対してのねぎらいがあったが、そんなことで部下との間にできた溝は埋まるはずもない。

歩兵部隊の被害は大凡2000名、50%にまで及んだ。そのうちの何人が戦車で殺した兵士だったのか。


部下からの表立った非難はなかったが、お互いの空気は依然と全く変わっていた。


しばらく何も考えずにカードをプレーする兵士達を見ていると、数人の汚れた服の兵士達が入って来た。


彼らはヘンリーの前に立つとその中の一人が声をかけてきた。

「失礼ですが、ヘンリー中尉ですか?」


ヘンリーは彼らの姿を見てすぐに理解した。

そして心の底からホッとした。

彼は贖罪を欲していた。その贖罪の相手が彼らなら願ってもない事だった。


彼はゆっくりと立ち上がり、一人一人の顔を覚える様に確認した。

「ああ、私がヘンリーだ。」


彼がそう返すと全員が姿勢を正し一斉に敬礼した。

「私は第十六歩兵部隊のウィグナー軍曹です!」


ヘンリーは「ああ」と返事をして敬礼を返す。

一体彼らにどう声を掛ければ良いのか全く判らなかった。

できれば名前を確認したら黙って殴りかかって来て欲しかった。


どれくらいお互いに敬礼していただろうか。

周りで遊んでいた者が全員ゲームを止めてこちらを見ていた。


それは一分だったかもしれないし、五分だったかもしれない。

あまりに長い沈黙に我慢できず、ヘンリーは敬礼をゆっくりおろし、口を開こうとした。


その前に軍曹が口を開いた。

「私は、いや、我々は!中尉に感謝を述べに来ました!!」


ヘンリーは目を見開いてウィグナーを見た。彼、いや彼らはみな泣いていた。

「私達は中尉の英断によって命が救われました。中尉はあの決断に後悔があるのでは、と思います。しかし、私の様に救われた命もあります。」


「俺は、俺は仲間を、殺した。俺を恨むのが真っ当ってもんだろ?その涙はなんだ?本当は殴りたいんじゃないのか!?巻き込まれた仲間の恨みを晴らしたいんじゃないのか!?これか、この階級章が邪魔なのか!?」

そう言うとヘンリーは自分の階級章をもぎ取って床に投げつける。


「殴れよ!殴ってくれよおぉぉぉ!!」

遂にはヘンリーは頭を抱え込む様に床に突っ伏す。


ウィグナーは敬礼の姿勢を一切崩さない。

「あのままだったら次に殺されるのは私でした。ここに居る者は皆似たような状況でした。恨んでいる者はいるかもしれません。でも、感謝している者もいる事を覚えて置いてください。」


そう言うと五人は食堂を後にした。


現場は凄惨だった。次々と騎兵に殺される仲間。そこへ降り注ぐ砲弾。最早兵士たちは逃げ惑う事しかできなかった。ウィグナーの周りに居た知り合いも次々に死ぬか重傷を負った。しかしあの砲撃が無ければ、その数少ない生き残りもみな死んでいた。


だからこそ彼は言わなければならないと思った。

ヘンリーは英雄だと言いたかったのではない。

ただ、感謝している人間もいるという事を知って欲しかったのだ。

今は無理でも、将来自分達の様に感謝している人間もいたのだと思い出してもらいたかった。



そのころ、城塞の周りにはジンガー駐屯地の歩兵による陣地構築が完成していた。

後方には大型の迫撃砲が配置され、そこから500m先には掩体壕がいくつも掘られ、その前には障害として数百メートルに渡り鉄条網が張られていた。


魔導騎士団から攻撃を受けた際の簡易のモノではなく、深く打ち込まれた杭に何重にも張られたものだった。

そしてその更に前方には地雷が無数に設置されていた。


彼らが陣地構築を行う間にも数度の攻撃があったが、兵士達と機甲部隊は根気強く対応し、壊された陣地を粘り強く再度構築した。

完成したそれは、大凡20kmに渡って城塞を包囲するものだった。


迫撃砲は城塞に狙いを定め、弾薬は箱と積まれ、そして兵士は掩体壕の中で息をひそめて命令を待った。


「司令官、全部隊の準備完了。指揮通信状況オールクリアー。」

「よし、全軍一斉攻撃!!球が尽きるまで打ち続けろ!!」


「「「はっ!!」」」

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