第110話 司令部の決断

ジンガー駐屯地司令部でトラグル少将はすぐに機甲部隊の後退を指示した。

その指示に従い、残り2部隊は即移動を開始し、本日の中継地点付近へ到着した。


果たしてそこが安全地帯なのかどうか、それすら判断が付かなかった。

そのため迅速に方針を決める必要があった。


何よりも先に決めなければいけないのは、現在の進行を止めるかどうかだ。

もし、あの攻撃が10回も打てるのであれば、ジンガー駐屯地に勝ち目は無い。

なぜ神は我々に核を持たせなかったのか、心の中で少将は愚痴った。


「もしあれが魔法であるとするならば、ですが。」

そう前置きして士官の男が意見を述べる。

「我々の知識からすると、魔法は準備が必要だと考えます。つまり、次の攻撃に入るためにはいくらかの時間がかかるものと思いますがいかがでしょうか。」


「それは一理ありますね。初日に撃ってこなかったのも、連続して撃ってこなかったのも納得できる。」

「だが初日は準備をしていなかっただけで、準備が出来ていればリロードタイムが1時間という可能性もあるのではないか?」

その意見に対して否定できる者はいなかった。


副司令官が一つ提案をする。

「一先ず情報を検討するリストを作ろう。」

全員がそれを肯定し、リストを作り上げる。


・攻撃範囲は直径約500m。周囲も熱が凄く安全息は直径800m

・エネルギー的攻撃で対抗は不可能

・2km~20kmまでの安全性は不明

・リロードタイムは不明

・回数制限は不明

・射撃精度は不明

・利用条件は不明


殆ど情報が無いことが情報と言ったところだった。


「さて、我々が進軍をそのまま進めるか撤退するかを決める要因はあるか?」

「被害サイズから考えると撤退が選択肢と思いますが・・・。」

そこまで言って若い士官は口をつぐんだ。


「思いますが、なんだ?遠慮なく言ってみろ。」

トラグル少将が先を促す。

「我々が元の世界に帰る為には勝利が必須であります。しかしながら、艦砲射撃も航空支援、ましてや追加の補給すら受けられない状況です。そして、我々が勝利するためには必ずどこかで攻撃を仕掛ける必要が出てきます。それなら部隊が充実している現時点が最良の攻撃タイミングと考えます。」


司令部の全員が押し黙る。

彼の意見は正論だった。しかし、もし、あれが何度も打てるのだったら被害は目も当てられないものになる。


トラグル少将はこの沈黙を肯定と受け取った。

「反対意見は、無い様だな。我々は何としても帰らなければならない。きっと元の世界の友軍は我々の支援を待っているはずだ!進行は継続する。」

「仰る通りです!我々は魔法に勝ち、そして元の世界に帰って魔法の様に勝ちましょう!」

副司令官のつまらないジョークに全員が肩をすくめて笑った。


「よし!では全員できる事をどんどん出すんだ!」


「まずは中継地点での野営陣地を広く設置しましょう。」

「防衛の幅は薄くなりますが、包囲も同様に広くするべきでしょう。」

「機構部隊は一旦撤収させ、明日の攻撃準備等の度に派遣するのが良いでしょう。」

「夜間の奇襲は歩兵だけでは厳しいのでは?」

「夜間に戦車で騎馬へ攻撃するのは難しいと考えます。奇襲であれば相手も火は使わないでしょうから。」

「夜間は交代でヘリの偵察を行いましょう。城壁から出てくるのが見られていると思えば奇襲はできないと考えるかもしれません。」


その後も詳細を詰めながら、明日の城塞前陣地設置までの計画は策定された。

そして矢継ぎ早に実行可能なものから指示を出してゆく。


それから更に2時間後、歩兵部隊はその場で再編成され、陣地構築に入っていた。

陣地は城塞を囲う様に円周上に配置され、その長さは17kmにまでなった。


兵士達は掩体壕を掘り、各小隊単位で見張りを立て、次の日に備えた。

寝れる時に寝るのは陸軍の鉄則だ。

彼らは遠くに聞こえるヘリの音を聞きながら眠りについた。


一方司令部はいつ攻撃が来るかと眠れぬ夜を過ごしていた。

彼らは中継地点でいつあの魔法を使われるかと気が気でなかった。

もし一発でも使われたなら、一斉後退の命令を出す必要があった。


眠れぬ夜を過ごしたのは王城都市シェマーンでも同様であった。

彼らは一晩中鳴り響く聞き慣れないヘリのローター音に苛まれ、怒りと殺意を感じながら夜を過ごした。


見張りの何人かが魔法を放とうと起きていったが、防衛結界に守られた城塞からヘリへ攻撃する事はできない。


国王も眠れずに騎士団を派遣する様に命令をしたが、おびき出す為の挑発行為の可能性があるという事で将軍が国王をなだめた。

彼らには戦略級魔法と騎士団しかいないのだ。挑発行為で団員を無駄にするわけにはいかなかった。


そして遂に決戦への第一日目が始まる。

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