第96話 魔王語り2
魔王の玉座に到着した6人の英雄は引き続き魔王の語りを聞いていた。
「あの当時はよ、空飛ぶ魔法ってまだ無かったんだよ。だから俺は歩いて逃げてたわけよ。相手は馬だし、ありゃ大変だったぜ。」
そこへ魔導士ゼスダンが手を挙げる。
それに気づいた魔王が、教師の様にゼスダンを指さす。
「ギルダル殿は空飛ぶ魔法ができるという事ですかな?」
彼は空飛ぶ魔法で芽生えた経緯で魔王を殿呼びしていた。
「あ?お前飛べないの?しゃーねーな。こうやって、こうやって、こうだよ。」
魔王は立ち上がると気怠そうに指で印を結ぶ。すると足元に魔法陣が現れ宙に浮いた。
「ふおおぉぉ!」
ゼスダンが興奮で変な声を出す。
他の5人が少しあきれた顔で彼を見ていた。
「って、そんな話はしてねぇわ!どこまで話したか忘れるだろ!質問は最後にしろ!」
「いや、つい、し、失礼した。」
ゼスダンが素直に謝ると、魔王も「ったく」と頭を掻いて玉座に座る。
それを見てリーファルファとムラートも床に座り始めた。
「んでな、隣国に行く途中の山の中でな、木こりの親子に会ったんだよ。気のいい親子でな、腹空かせて山ん中ウロウロしてた俺に飯食わせてくれたんだよ。それで当分そこで世話んなる事になったんだわ。ガキは8歳の男の子でよ、なんか弟ができた見たいだったなぁ。」
魔王は懐かしいものでも見る様に遠くに目線を置いていた。
「ある日な、その親子が薪を売りに町に降りてった。そしたらよ、ガキが町で俺の自慢しちまったんだよ。まぁ、俺も色々と話しちまったのがいけなかったんだがな。」
6人はイヤな予感しかしないという顔で魔王を見ていた。
魔王もその視線に気が付いて舌打ちをする。
「っち、ご明察だよ。どうも町の騎士が、ガキに褒美も受け取らず消えた俺に会いたいとか言ったらしくてな。帰りが遅いと思ったら、次の日に親子で嬉しそうに騎士団連れてきちまったよ。」
魔王は玉座に深く座ると、一つ大きく息を吐く。
静かな空間にその音は妙に良く通った。
「騎士共が俺を取り囲むとよ、ガキも気づいたのか『逃げて~』とか言いやがってさ、俺に切りかかろうとする騎士に走りだしたんだよ。笑えるだろ?ガキが英雄の俺を守ろうってんだぜ?」
魔王は笑っていなかった。
「・・・ガキ一人が騎士あいてに一体何ができるよ?あいつら、それを止めようとした親父もろとも・・・。俺、意表突かれすぎて動けなかったわ。8歳のガキがよ、あんな事するとか思うか?」
魔王が全員の顔を見回す。
魔王は何か答えを知っていそうな者を探し出すかの様に、順番に、ゆっくりと、目を覗き込んできた。
立っていた勇者ムシュタークがドカリと床に座り込んだ。
魔王は「ふっ」と嘆息して深く座り直した。
「気づいたらよ、町一つ消してた。」
ポツリとつぶやかれたセリフに、6人は目を見開いて魔王を見た。
「それでも全く収まらなくてなぁ。結局王都まで攻め込んだんだよなぁ。我ながら面倒くさがり屋の俺が、あんな面倒な事するとは思ってなかったよな。」
その伝説は有名だった。魔王討伐後すぐの新魔王誕生。そして王都襲来。
それはリグルとレグルのエピローグ的英雄譚。
その魔王は討伐された魔王幹部の生き残りなのではないかと言われていたが、まさかそれが同じ英雄のギルダルだとは誰も聞いていなかった。
「今でも街行くと衝動抑えるのが結構大変なんだよね。っと、そう言えばリグルとレグルはまだ元気でやってるのか?」
ふと思い出した様に魔王が質問する。
目の合ったアーリンが首を横に振る。
「そっか。ま、あいつらは人間のままだったしな。お前らも気を付けるんだな。もし俺を倒せたら、女神の
女神の軛、聞いたことの無い言葉に6人は顔を見合わせる。
それも当然で、そう呼んでいるのはギルダルだけだった。彼が魔王を倒した時、何か自分を縛っていたモノから解放された様に感じた。
そもそも彼は人の為に魔王を倒すという崇高な心を持つ様な性格ではなかった。
ただ、楽で実りの良い仕事について、悠々と人生を過ごしたいと考えていた。そして魔王を倒した時、あれだけ熱心に魔王を討伐しようとした自分に強い違和感を抱いていたのだ。
そして木こりの親子が死んだ。
望んでいなかった人生。縛られていた心。降りかかる理不尽。
彼は確信した。全てはあの女神が原因なんだと。そして、あの女神の世界を壊す事を心から望んだ。
彼の力は全て闇に染め上げられ、彼は魔王の力を得ていた。
実を言えばそれは魔王の軛と呼ぶこともできた。ただそれは彼に違和感なく馴染んだ。彼は魔王になる性質を持っていたのだ。
魔王は立ちあがると再び伸びをした。
「よっし、そろそろ始めるか。久々に人と話ができて楽しかったぜ。」
そう言うと魔王は脚を伸ばしながら6人に立ち上がる様に手をひらひらさせる。
6人もなんともやりにくそうに思案顔で立ち上がる。
「おいおい、パパっとしろよ。てかちゃんともう一回バフかけ直せよ。」
釈然としない顔で6人は再度戦闘の準備を始める。
それを見て魔王は頭を掻きながら短く嘆息する。
「しゃーねーな。」
魔王が精霊使いのリーファルファを指さすと、指先から光の線が出て彼女の足を焼き切った。
「ひぎっ、ああああああぁぁぁぁあぁぁ!!!」
玉座に響き渡る様な悲鳴を上げてリーファルファが左足を抱えて地面に倒れる。
突然の事に5人が驚いてリーファルファを見た。
そこには太ももより下を無くしたリーファルファが脚を押さえて悶えていた。
魔王が今度は手の平を向けると、床に転げていた足や血が光の粒子となってリーファルファの足に集まり、みるみると足が再生して行く。
「はい、俺の話を聞いてくれた特典は致命傷の治癒でした!ラッキーでしたね~。」
下手な役者の様にそう言って魔王は質の悪い自分のジョークに小さく笑う。
「来いよ。とっとと終わらせようぜ。懐かしい話したら久しぶりに王都を焼きに行きたくなったからよ。あの二人がいないなら楽勝だわ。」
よだれと涙でぐちゃぐちゃになった顔でリーファルファが魔王を見る。
他の5人も息をのんで魔王を見る。
もしまた魔王が王都に来たら。勇者の頭に彼を支えてくれた人達の顔が浮かぶ。
「させない!そんなことはさせない!!」
ムシュタークが魔王に吠える。
リーファルファが震えを押さえて起き上がり、タクトを構える。
イブライが盾を構えて前に陣取る。
6人は心を決し、魔王に向き合った。
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