第95話 魔王語り

玉座の間、と呼ぶにはあまりにも薄暗く、陰湿な雰囲気な空間に一組のパーティーが入ってきた。


そこは、元々かなり大きな鍾乳洞であり、天井からはツララの様な岩が隙間なく垂れ下がっていた。そんな天井の所々からうっすらと光が発光しており、ぼんやりと空間全体を照らしていた。


「ここが、玉座?」

1人の剣士風の男が周囲を照らそうとランタンをあちらこちらへと向けながら呟いた。しかし光は奥まで届かず、辛うじて高い天井から岩が垂れ下がっているのが確認できる程度だった。


「なんて、広いの。」

白いローブを纏った女が光の端を確認して感嘆の声を漏らす。


マントを背に着けた先頭の男が右手を挙げて、静止する様に促す。

「間違いない、ここが魔王の玉座みたいだ。」


彼の見る先に、徐々にその存在感を膨れ上がらせる者がいた。

しかし、空間はあまりに暗く、彼らに感じられるのはその存在感だけだった。


「リーファルファ、光を。」

先頭の男が、後ろも振り向かずに声をかけると、ランタンを持った緑色の服とマントを着けた一人の女がタクトの様な棒を振り、何かに呼びかける様に魔法を唱える。

そして、ランタンの扉を開けると、その光を触媒として光の精霊が飛び出し、玉座を明るく照らした。


それでも最奥は薄暗く、そこに微かに大きな玉座の姿が確認できる程度であった。

いや、更に目を凝らすと、その玉座には片肘をついた一人の人影があった。

その人影は明るく照らされた6人の男女を見てもピクリとも動かない。


「いるぞ、アーリンは防御魔法を、ゼスダンは強化魔法を頼む。」

指示された白いロープの女と黒いローブの老人が緊張の面持ちで返事をするとそれぞれに魔法を唱え、パーティーに魔法を掛ける。


「イブライ、防御は頼むぞ。」

自分の首まである盾を構えた男が「まかせろ!」と返事をする。


「ムラート、俺とお前、二人ならどれだけの剣技でも防ぐことはできないはずだ。」

ムラートと呼ばれた男は反りの付いた剣を抜いて頷く。


「よし、みんな行くぞ!」

その掛け声で6人は歩みを進め、玉座に座る人影に近づく。

光が玉座の足元を照らし、徐々に影をめくり上げる様に玉座に座る者を照らし出す。


そこには、一人の男が口角を上げて彼らを見下ろしていた。

王都の民が着る様な簡素な服を身に着け短くさっぱりと整えられた髪はあまりに玉座に似つかわしくなく、6人は構えていた武器を下ろしそうになる。


6人が更に近づくと、その男は立ち上がり、大きくあくびをしながら伸びをすると、彼らに話しかけた。

「準備はもういいのか?」


その発せられる存在感と風貌のギャップから重装備をした男が思わず聞いてしまう。

「お前が、魔王?」


それを聞いてにやけづらをしていた男が大きな声で笑いだす。

「ブハッ!アーハッハッハッハ!!」

あまりにも唐突で緊張感のない笑いに質問した男も思わず苦笑いを浮かべてしまう。

他の5人も少し気が抜けた様に腹を抱えている男を見る。


「そうだな、俺の恰好じゃ魔王らしくないかもな。」

魔王は自分の身体を見回しながら笑いを噛み潰した様な顔でおどけた様に言った。


「ま、俺も魔王と名乗った事はないけどな。でも、お前らの認識は間違えてない。」

その言葉に6人は改めて武器を構えなおす。


「俺の名前はギルダル。お前、勇者ムシュタークだろ?たまに街に行くとお前らの噂はよく耳にするぜ。」


ムシュタークと呼ばれた男は驚いた様な顔で魔王を見る。自分の名前を呼ばれた事に、魔王が街に行っている事に、それ以上に魔王の名前に。

「ギルダル?60年前の英雄と、同じ、名前?」


それを聞いて魔王は嬉しそうに一拍手を叩くと勇者を指さす。

「それ!よく知ってるじゃん。俺、元英雄。あの当時はさ、収納魔法とかもなくて、ここに来るのもかなり苦労したんだぜ。」


何やら懐かしそうな顔をする魔王の姿を見て困惑した表情で勇者は問う。

「なぜ魔王を討伐した伝説の英雄が!?」


魔王は嬉しそうに石の玉座に飛ぶように座る。

「お前らさ、俺が魔王倒した後でどうなったか知ってるか?」

それを聞いてアーリンが応える。


「英雄リグルとレグルはこの地にとどまり、それぞれ神聖騎士団の設立と魔導協会の設立に尽力しました。そして英雄ギルダルは魔王を討伐すると神殿の祭壇より光の道を通って元の世界に帰って行ったと。」


それを聞いて魔王は右手で顔を覆う。

「それそれ!なんだよ光の道って!?俺はな、確かに女神からこの世界に送られてきたが、帰り道は用意されてなかった。それどころかこの世界に来てからあのクソ女神と会った事なんて一度たりともなかったわ。」


「それでは、あなたは一体・・・」

「俺はな、魔王を討伐したら神聖アルライン帝国の姫さんを嫁にもらう約束をしてたんだよ。んで魔王を倒したら、どうも姫さんが嫌がってたらしくてな、俺にはやれねぇって言い出しやがったんだよ。」


「そ、そんな事で魔王に!?」

重装戦士が思わず口を開く。


「おい、お前!人の話は最後まで聞け!」

魔王は重装戦士を指さして注意する。

一瞬たじろいだイブライは「お、おう」と言って黙る。


「そりゃ怒ったけどな、俺だってそんなんだけで魔王になんぞならねぇよ。誰もこんな不便なとこ好き好んで居たかねぇだろ?」

そう言って魔王は手を振りながら玉座の間を一瞥した。


「その後、腹も立ったし別の国に売り込みに行こうとしたわけよ。したら皇帝が兵を差し向けて来やがってさ。来るから倒す、倒したら来るの繰り返しよ。まぁそれはいい。どんだけ手練れを送ってきても俺に勝てるわけないしな。」


勇者一行は続く話にどうすれば良いのか戸惑っていた。

イブライは床に座っていた。

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