第76話 王都ジュラク

キャッスル戦が始まって王都ジュラクは大混乱へと叩き落された。


まずは突然、防衛結界が消滅した。

防衛結界は城の地下に安置された巨大なクリスタル結晶から供給されるマナを利用し、城塞都市全体を包み込むというかなり大がかりな結界魔法である。


それが突然に消滅したのだ。

宮廷魔導士長のガルーシャはその報告を受けて大慌てでクリスタルの安置されている地下にまで駆けて行った。彼は既に齢60を超えており、地下までの激走は息を切らせる等という様なレベルを超えていた。


彼が喘ぎながら地下ホールに到着し中に入るとクリスタルは輝きを失い、地下ホールの床に転がっていた。


「一体・・・どうなっている?」

かれはよろける様にクリスタルに向かって進み、膝をつく。

ガルーシャはこの事態をどうにかする術を持ち合わせていなかった。


これは80年も前に生きていた大魔導士が設置したものでそれ以来この様な事態に陥る事を誰も想定していなかった。何せクリスタルは床に描かれた魔法陣を通して大地のマナを吸収し半永久的に防衛結界を展開し続けるはずのものなのだ。


ガルーシャは恐る恐るクリスタルに触れて自身のマナを注ぎ込んでみた。

僅か一瞬、クリスタルが光ったが、それだけであった。

いや、それどころかガルーシャのマナは一瞬で身体から抜けてしまった。


「こ、これは!?」

ガルーシャは今度は自分の身体を確認する。

おかしい。いくら何でもおかしい。


彼はいつも持ち歩ている小さな瓶に入った魔力ポーションを飲み干す。

「ライト!」

彼は初級も初級の光を作って周りを照らす魔法を唱える。

しかし、何も起こらない。


「マナが、無いのか?」

彼は想像もできない事を口にする。

しかし、実際にクリスタルはその力を失い、自分も初級魔法すら使う事ができない。

彼は今この世界からマナが消失した事を悟った。


彼はこの自分だけではどうしようもできない事態である事に少し安堵した。

もし、これがクリスタルの問題であれば彼がどうにかしなければならなかったからだ。


彼は急いで戻り、国王に主要幹部を全員招集する様に進言する。


国王のマルースは頭を抱えた。

つい先ほど翼の生えた天使にこれから敵が来る事、敵を打ち倒さねば元の世界に帰れない事を告げられ、そして今、世界からマナが消失したことを伝えられたからだ。


正直、最初はかなり気軽に考えていた。

何せシュラクは世界で一番の強国であり、彼の騎士団は剣技も魔法も一流レベルの者だけを揃えた正に一流の軍隊なのである。


彼らの強さが突出していたため、他国に比べて軍の数は少なかったがそんな事は些細な差でしか無かった。騎士一人が他国の普通の兵士100人分に相当した。

そんな化け物の様な騎士が3000名も所属しているのである。


騎士以外は攻城の為の大規模魔法を使うための魔導士が300名、そして食料や野営設置の人員がいるだけの非常にシンプルな構成だ。


しかし今、この城に居る者は全て魔法を使う事が出来なくなっていた。

一体この状況は何によって引き起こされているのか、一体どんな敵が相手なのか、一切の情報は無かった。


それがどんな状況であれ、戦の準備を始める必要がある。

マルースは最早子の状態に自分は対処できないと指揮権を将軍のバンクスに委任した。


「今、この状態にどう対応すべきかは判らない。しかし、我々はできる事をとにかく進め、その結果として勝利を手にしなければならない!」

「将軍!我々騎士団は魔法が使えなくとも一騎当千!敵の目に物を見せてやりましょう!」

騎士団の隊長達の言葉にバンクスも頷くが、彼は心中ではそんなに甘くないだろうと考えていた。


「まずは何にせよ情報だ!偵察隊を出せ!騎士団は魔法が使えなくなったことの影響調査及び作戦立案!そして魔法無しでの訓練を開始しろ!」

「「「はっ!!」」」

10名の騎士団隊長はそれぞれ敬礼を返すと足早に部屋を出て行った。


それから3日、彼は最早魔法の使えない魔導士団を書記として周辺の地図と敵軍の状況を集めていった。

ガルーシャも魔法が使えなくなった原因の解明と対処を調査していたが、その成果は全くなかった。


そして4日目、遂に敵が動き出したという報告を受ける。

地図を広げ、彼らの進行方向を確認してゆく。


「それにしても何もない地形だ。お互いの戦力と陣だけで勝負が決まるな。」

バンクスがつぶやく。


敵の数は3万~5万に及ぶと言う。

正直それだけの軍隊を保有している国というのは数に任せて攻めてくるだけの的みたいな国ばかりである。

それは上級の魔法使いを揃えられないと言っている様なものなのだ。


しかし、今この魔法の使えない世界であれば数は力だ。

将軍は相手も魔法を使えないであろうと当を付けた。

しかし、それは仮説であり、確認をしてみなければいけない。


「よし、重装騎兵で3部隊出せ。まずは数が比較的少ない左翼に突撃し、魔法を使って来るかを確認して欲しい。それと相手の技量が計れたら即撤収しろ。」


こうして900の重装騎兵が威力偵察として城壁外に出撃した。

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