第71話 スパルタス指揮官になる
最終的に街を抜け出せた剣闘士は70名程だった。
彼らは山へと向かう道を進んでいき、どうにか追手から逃れる事ができた。
他の者は打ち取られたのか、捕まったのか、あるいは別の方向へ逃げたのか。
「ったく、これで漸く自由の身だ。」
エノマスが吐き捨てる様に言うとクリスもそれに頷いた。
彼らはクレトースの生まれ故郷に向かうつもりだったが、そのためには70人が食べていくための食料が必要であった。
それ以前に追っ手が差し向けられるのは時間の問題である。
彼らは先ずは一人の剣闘士の案内で山の
そこには樵として働かされる奴隷落ちした他国の者と監視役の兵士がいるらしかった。まずそこを占拠すれば対象の食料を手に入れられるはずだ。
案内の男は奴隷としてそこで働いていた時に剣闘士のスカウトに売り込み、養成所に来たらしい。しかし、生活はあまり変わらない上、命を懸ける必要があり、聞いていた話と全然違ったと憤慨していた。
暗闇の中を70人は静かに進軍した。
その村は材木貯蔵施設もあり、それなりの大きさだった。
彼らは見張りの数が10人にも満たない事を確認すると一気に襲い掛かった。
突然の襲撃に見張りは浮足立ち、騒ぎ立てるのが精一杯であっという間にやられてしまった。
スパルタス達はすぐさま兵舎に突撃し、そこでも大した抵抗を受けることなく敵を処分した。そして、すぐさま奴隷として捕まっている者達を叩き起こした。
彼らの前に立つのはスパルタスであった。エノマスとクリスは戦闘は大好きだが、こういった面倒ごとはいつだってスパルタス任せである。
「おっし、こういうのは任せた!お前の得意分野だからな。」
スパルタスも別にそういった事が得意な訳ではなかったが、彼は軍隊に居た事もあり、こういった事には多少の慣れもあった。仲間の性格は良く知っているし、最早引き返せまいとスパルタスは覚悟を決める。
彼らの前に立つと、スパルタスは彼らに問うた。
「俺たちはローメンの剣闘士養成所での奴隷の扱いに不満があり、脱出をしてきた。俺たちは故郷に帰る!俺たちに続くものはここに留まれ。そうでないものは直ちにここを立ち去れ!」
そんな事を口にしながらスパルタスは考えていた。果たして自分は故郷に帰れるだろうか。どう考えても自分の居た世界と異なる理の世界。多分二人も同じ事は考えているはずだ。
しかし、故郷に帰りたい、いや帰るという事は彼の偽りない希望だった。
この旅路で、どうにかしてそのヒントを得ようと彼は考えていた。
叩き起こされた100人程の奴隷は互いの顔を見合わせる。
「本当に故郷に帰れるのか?」
一人の男が前に出て素直な疑問を口にする。
「分からん!だがこのままでいるよりは可能性がある!」
スパルタスは言い切った。
集団から、そうだ、確かに、という賛同の意見がささやかれる。
こうして彼らは規模を拡大し、その村を拠点として防衛陣の構築に着手したのだった。
翌日、彼らの拠点は300の兵士によって包囲された。
しかし彼らは遠巻きに見張るだけで一向に攻めてくる気配は見せない。
その間にスパルタス達は貯蔵された木材を使って拠点の防衛力を強化して行く。
それと同時に少数の部隊をいくつか、偵察と狩での食料調達に向けて派遣していた。
貯蔵された食料は概ね一月分あるかないかという所で、余裕はあったがここから離れる時も考えて蓄えが必要だった。
それから2日後、敵の数は3000を超えていた。
どうやら300の兵士は準備の為の足止めだった様だ。
しかし、彼らが愚かだったのは急ごしらえの部隊の大半が奴隷兵だったことだ。
おそらく時間的な問題で何も考えずに数を集めたのだろう。
彼らは山を包囲し、陣を敷いた。
その頃には樵村がかなり頑強になっていたのもあってどう攻めるかを検討していたのだ。しかし時間を手にしていたのはスパルタス達も同じであった。
スパルタスは偵察に出した者達の報告を受けて作戦を検討する。
包囲されて三日目、村から男たちの合唱が聞こえて来た。
我らは立ち上がり故郷に帰る
奴隷の身から再び自由を取り戻し
虐げられしこの地から、生まれ育った故郷に帰る
同じ仲間を探し出し、彼らと共に故郷に帰る
繰り返される170人の合唱は山々に響き渡り、3000の兵士に届く。
彼らの多くは顔を見合わせていた。
なんの事情も知らされず駆り出された者が殆どの軍である。
奴隷兵には動揺が走っていた。
指揮官が慌てて声を発する。
「耳を貸すな!彼らは山賊だ!樵村を不法占拠した山賊共だ!!」
各部隊で似たような掛け声が上がる中、彼らを見下ろす崖から一人の男が姿を現した。気づけば合唱は聞こえなくなっていた。
「聞け!奴隷となった仲間達!俺の名前はスパルタス!剣闘士養成所から立ち上がり、樵村を開放し、そしてお前たちを解放する者!」
静まり返る集団に正規兵の「耳を貸すんじゃない!」という声が響き渡る。
しかし、それ以上にスパルタスの声は響き渡った。
「故郷に帰らんとする者は立ち上がれ!解放されんとする者は立ち上がれ!今この機会を逃すな!俺達と共に故郷へ帰るんだ!!」
彼の後ろには一本の旗が立っていた。
赤黒いその旗はローメンの旗をローメンの兵士の血で染めたモノだった。
3000人もの人間がいる場を異様な静けさが覆っていた。
その静寂を破る様に一人の男が声を張り上げる。
「あああああーーーー!!!!」
その男は剣を天に掲げあらんかぎりの声を張り上げている。
その声を端緒として所々に声が上がり、それは徐々に輪を広げ、その多くが剣を天に掲げていた。
最早指揮官の叫び声はかき消され、男たちの雄叫びが山々をこだました。
そして、一人の指揮官が近くの兵士を切った時、全てが動き出した。
3000の兵は正規兵に襲い掛かり、彼らを飲み込んでいく。
そこにいつの間に降りて来たのか、スパルタス達三人も旗を掲げて加わり、彼らはあっという間に敵陣を飲み込んだのであった。
僅か70人から始まった反乱はあっという間に3000人にまで膨れ上がっていた。
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