第58話 エルティナの混乱
王都エルティナは騒然としていた。
軍の最高指揮官であるアーガイル将軍は次々と上がってくる報告に頭を抱えていた。
彼が見回すと周りには八人の指揮官が同様にうろたえた顔で座っていた。
先ほど、どう考えても邪悪な魔人が現れて敵を打ち滅ぼす様に命令をしてきた。
彼は世界を創造した神の使いなのだと言う。
それはいい、いや、いいのかは解らないが敵がいる事は事実だし、それを打ち滅ぼさなければならない事は疑い様もなかった。
その敵の偵察のための部隊を派遣する時に問題は起こった。
なんと、誰一人として魔法が使えなくなっているのである。
身体の中の魔力はある、それは間違いない。
だが魔法の発動ができないのだ。
しかも敏感な者によると徐々に体のマナは減っているらしい。
あまりに微量で自分には良く分からないが。
何にしても魔法が使えない事はアーガイル自身も確認をしており、一体この現象が相手のなんらかの魔術的効果によるものなのか、神の悪戯なのか全く判断が付かない状況なのである。
彼は左後ろに直立して控えている参謀に声をかける。
「メリンダ、この状況をどう見る?」
メリンダと呼ばれた女性は顔も向けずに意見を述べる。
「将軍、一番最悪のケースは相手だけが魔法を使えることです。その場合、我々ができるのは散開して全軍突撃を仕掛ける事で一気に決戦まで持ち込む事です。」
アーガイルは頷く。
そうであってもかなり勝率は薄いだろう。相手だけ魔法が使える状況と言うのは相手の騎兵や歩兵も強化されているに違いないからだ。そこになんの強化もされていない騎兵が飛び込んだ所で大した戦果は挙げられないだろう。
「籠城はどうだ?」
「そちらもあまり良い結果は得られないでしょう。こちらが出てこないとなれば相手は大規模魔法を準備して攻城する事ができますから。一方的に被害が増えるだけです。」
彼女は一切の抑揚もなく上官へ意見を述べる。
そんなことはとうに判っている事だと言わんばかりだ。
全くもってその通りだった。
同じ結末を得る事は自明だが、それでもこの異常な状況でもそうである事を確認したかったのだ。
彼は再度周りを見渡した。
他の意見を持つ者は居ない様だった。
彼は決心した様に作戦を述べた。
「全部隊を突撃準備。突撃時間を合わせるために、歩兵と弓兵部隊は今から城壁街で待機。斥候の報告あり次第全騎兵部隊を出す。突撃の第一波は魔導騎兵部隊の二隊とする。」
魔導騎兵部隊とは近年使われ始めた魔導士の運用方法で、騎兵の機動性を上手く活用し、敵側面から速射可能な魔法を打ち込み陣形を崩す役割を担っていた。
弓兵と異なり、両手を使わなくて済む事と連射がしやすい事から軍に置いては欠くことのできない部隊なのである。それなりに敵陣に近づくため近接戦闘の訓練もそれなりに行われていた。
「将軍!魔導騎兵部隊を前列に置くという事は、我々に盾になれと!?」
魔導騎兵第一部隊の指揮官が立ち上がる。
彼の怒りは尤もであった。
魔導騎兵部隊は騎兵に比べれば近接戦は弱く、魔法も速射性を重視しているため本職に比べると威力がない。しかし、状況に応じた柔軟さと遠近両方に対応できる冷静さが必要であり、基本的にはエリート部隊なのである。
それが魔法が使えないが為に盾役として消耗される事になるとは。
「気持ちは解る。しかし、出し惜しみしたが故に国が亡ぶ等あってはならん事だ。今の状況での最悪の事態を想定した最善の策だ。もし何か良い案があれば聞こう。」
将軍の言葉にその指揮官は黙って座った。
その後、今まで魔法で行っていた伝令方法の検討、魔導部隊の転用についての検討等を行った。将軍はいつ敵が現れるのか戦々恐々としており、議論の速やかな終了に向けて尽力していた。
そこへ偵察に出ていた騎馬斥候の兵士が部屋に入って来た。
「報告!敵はその容姿から魔族と思われます。歩兵、弓兵のみでその数600。彼らは鎧もつけず、腰巻のみな上、槍は鈍く光を放つ乳白色の見慣れぬ金属を使用しておりました。」
その報告に部屋の中がざわめく。
「見慣れぬ金属とは魔導器か?」
「鎧を付けぬとはかなりの防御魔法を使えるという可能性が!最悪だ!」
「魔族が600だと!?今わが軍で戦力となるのは1000に満たないぞ。一体どうすれば。」
彼らは盛大に勘違いをしていた。
しかし青銅器を見たこともなく、日に焼けて生活する民族の赤肌等見たことも無かったため、それを魔族か何かかと勘違いしたのだ。そうやって見るとあまりに軽装なのは防御魔法を使えるからにほかならないとしか考えられなかった。
将軍は彼らの動揺を抑え、斥候に確認をした。
「敵はあとどれくらいでここに到達する?」
「はい、本日は野営準備をしており、速度的に明日動き出してから2時間後には城壁に到達すると思われます。」
どうやら彼らは議論に時間を使い過ぎていた。
今晩中に全ての準備を整え、作戦を実行しなければならなかった。
アーガイルは全員に指示を出した。
「作戦は決まった。これ以上の議論は不要だ。すぐに準備に入れ!!」
「は!!」
その場にいた全員が立ち上がり姿勢を正して胸に拳をあてて応えると、急ぎ足でその場を去っていったのだった。
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青銅器の色についてご指摘を頂き修正しました。
ありがとうございます!
博物館なんかで見ると正に青銅という感じの色ですが、本来は白っぽい金属なんですね。いや錫の含有量で色味も変わるみたいですが。
勉強になりました。
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