第55話 エンメカの立志伝
気が付くとエンメカはレンガ造りの建物に居た。
薄暗い部屋の中で彼が周りを見渡すと少し離れた所に出口があった。
左右にもいくつか部屋があるらしく、薄暗い中で更に黒い入口が見えていた。
扉らしきものもなく、本当に口が開いているだけである。
さらに見回して彼はそこが神殿である事を理解した。
全く生活感の無い作りな上に、自分が起きた近くに台があり、そこに多くの食べ物が置いてある。多分捧げもののための
かれは神饌でアマテラスに祈りをささげると出口に向かって歩き始めた。
外に出ると強い日差しで目が眩み、しばらく目を瞑って慣れさせる必要があった。
しばらくして目を開けるとそこには一人の男が立っていた。
彼は編み込んだ帽子をかぶり、服は腰巻と左肩から斜めに掛けた布だけという簡素な
恰好であった。ただ、それらの衣装は白い布地に赤と青の派手な色使いでコントラストがありながらセンスを感じさせる配色をしていた。
彼は立派に蓄えたひげをさすりながらこちらを見ていた。
その後ろには腰巻だけを付けた、丸坊主の男が4人立っていた。
エンメカがどうすべきか迷っていると男の方から話しかけて来た。
「お前は誰だ?どこから入った?」
それは、低くて重い声で威厳があり、エンメカは少々萎縮した。
「ぼ、僕は神様から送られてここに来ました。気づいたらあの建物の中に居ました。」
思わず出た言葉はかなり色々と端折られてしまい、彼はもっとちゃんと説明しなければ、と男の顔を見た。
「その神は一体何の神だ?」
男が目を見開いて聞いて来た。
エンメカは少し後ずさりしながら応える。
「た、太陽の神、と・・・」
おお、と男たちから声が聞こえた。
エンメカはもしかしたら彼らにとって凄い事が起きたのではないかと思った。
いや、冷静に考えれば普通に凄い事が起きている事に思い至った。
なぜこの様な事が起こっているのか?
エンメカはきっとあの女神は彼に己の使命を全うする事を期待されているのだと確信した。己の使命とは何か?彼は何も明言されていない。そうであるならばきっと彼の歩んできた人生、そしてその思いに関係があるのに違いない。
それは理不尽を許さない大人になる事、それが神として求められるならもっと大きく理不尽を許さない世界を作る事に違いない、と。
あちらの世界では自分は魔力が無かった。なのでそれを成し得なかった。
だからこそ、この魔法の世界でそれを成すべきなのだと。
エンメカは頭の冴えた子供であった。
だからこそ彼は女神の意向(と信じられるもの)を汲むことができたのだ。
彼の確信は彼の人生を定め、全てを捧げる覚悟を与えた。
「僕は神に理不尽の無い世界を作りなさいと言われ、この世界に産み落とされました。」
彼の言葉は確信に溢れ、聞くものに疑い様の無い真実を与えた。
エンメカの堂々たる態度は最早子供のそれではなかった。それは正に神の子として信じるに足るものであった。
男たちは思わずエンメカの前に膝を突き
こうして彼は使命を達成するための足掛かりを得たのであった。
エンメカに声を掛けた男の名はアッガシェと言った。
彼は小国の王であり、村々を併合し、その統治を拡大している所であった。
アッガシェは大きな力を得ていた。
しかしそれは単なる人の集まりでしかなかった。
彼にはもっと大きな形がある様に思えたのだ。
それを知るために神託を求めて来た神殿でエンメカと出会ったという次第であった。
アッガシェはエンメカを神託として受け取り、養子とした。
エンメカはアッガシェの元で多くの事を学び、自分の居た世界で使える知識を使い、アッガシェの手伝いをした。
エンメカは自分のいた世界の話はしなかった。
この国の太陽神の名前はアマテラスではなかった。
きっと彼女が太陽神である事を口にした時、疑問形だったのもそこらへんの事情があったのかもしれないと察した。
そう言う事で自分の身の上話も何か良い事態を引き起こすとは思えず隠したのだ。
エンメカは前の世界の知識を神から授かったものとしてアッガシェに提案をした。
エンメカの知識は先進的であり、アッガシェの国は他国に頭一つ抜けて繁栄をした。
アッガシェの国には、いや周りの国を含めて文字が使われていなかった。そのため、エンメカは非常に驚いたが、彼自身も文字を学んだ事がなかったので、彼らの使っていた税の計量のための記録から発展させて文字を作った。
彼のいた王都に倣って周りに城壁を作り、外敵と川の氾濫に備えた。
城壁に囲まれた城塞都市化はその後多くの国に取り入れられ、一つのスタンダードとなる。
城塞化を進めると、人が次々と都市部へと移住してきた。
都市は外敵や獣から人を守り、安心感があった。
気付けば人口は万を超えようとしていた。
そして、エンメカはアッガシェから王位を継いだ。
王となったエンメカはより改革を進めていった。
ギルドを参考に職能に応じた組合を作り、自主的運営を可能とした。
多くの者が仕事を得て生活できる仕組みを作り上げていった。
貢献への適切な償い、仕事の補償と支援。
エンメカはお金は存在しなかったのにも驚かされた。
この世界の基本は物々交換である。
誰かが作った食べ物を誰かの作った木材と交換する。
誰かの労力を誰かの家畜と交換する。
しかし、物々交換は上手く品数が合わない時がある。
麦の収穫前に肉を得るためには二つの方法があった。
一つは肉を受け取り、麦の収穫後に支払う方法。
これは粘土板に記録を残して管理したが記録のための手間賃と利息が必要だった。
もう一つは銀の塊を使う方法で、お金の様に使う事ができた。
しかし、銀をお金として流すには量が無く、また支払いとして使える割合に上限が決められていた。なぜなら銀だけでの支払いを許すと物の循環が滞り混乱してしまう事があったからだった。
そして、国民が二万を超える頃、エンメカは死の床にあった。
結局の所、理不尽は無くならなかった。
戦争は常に隣にあった。奴隷も貧困も存在していた。
しかしエンメカは満足していた。
理不尽を減らすために多くの規律を定め、それを実行していった。
不正や搾取は許されなかった。
多くの国民がそれに満足していた。
きっとアマテラス様も満足しただろうとエンメカは確信していた。
実際には彼の敬愛したアマテラスもその創造主も、彼の偉業の全容を理解していなかったが、エンメカは知る由もなかった。
こうして彼の王国は繁栄し、彼の成した国家運営の礎はその後の世界を推進させた。
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