第51話 ライオネルの戦い
突然集落の男たちがライオネル達に迫ってきていた。
迫りくる男たちから殺気は感じられなかった。武器も手にしていない。
しかしその形相はかなり必死のものだった。
何か、獲物を手づかみで捕まえる様な、そんな雰囲気だ。
得体の知れない状況にライオネルとガーランドは恐怖を覚えていた。
(クソ!どういう状況だ?何をしようとしてる?一体何がいけなかった?両手を上げたからか?いや、原因を考えている場合じゃない。判断だ!今はどうするか判断するんだ!成すがままになるべきか?それとも退くか?)
そんな事を考えながらライオネルは後ろに何歩かステップをしていた。
先頭を切っていた男はそれで飛び掛かるタイミングを失って躓き、その男に引っかかってさらに数人の男が折り重なる。
倒れ込む男は避けられるなんて全く想像していなかった、そんな顔をしていた。
その倒れ込んだ男の後ろからも次々と別の男達が現れて襲い掛かってくる。
10人は下らないだろう男たちが迫ってくる様は圧巻だった。
全力で走り寄る男達は速く、既に手の届く距離にまで迫っていた。
一人の男の手がライオネルの皮鎧に触れようかという瞬間、ライオネルは無意識にその手を切り捨てていた。
ライオネルは自分の行為に目を見開いた。
迫りくる男たちへの恐怖が習慣を引き出し、無意識に剣を抜かせていた。
彼は無意識とは言えやってしまった事を後悔した。しかしもう後の祭りだった。
「撤退だ!」
瞬時にライオネルは大声で叫ぶと振り向きざまに剣を空に向かって突き立てた。
レギンへの援護要請の合図だった。
ガーランドは既に集落に背を向けて森へと走り出していた。
(クソッ!クソッ!クソッ!!やっちまった。成すがままが正解だったってのか?あんな大量の男共が走り寄ってきてそのままなんてできる訳がねぇ!)
ライオネルも悪態をつきながら森へ走り始める。
後ろへ視線を投げると手を切り落とされた男は残った手で傷口を押さえながら蹲っていた。他の男たちも事態を飲み込めないといった顔で立ち止まっている。
そんな中で一人の男が雄叫びを上げる様に叫ぶ。
「キーレ!キーレ・ゼゥヤー!!」
その声に他の男たちも口々に同じ言葉を繰り返し始める。
一瞬で集団に殺意が芽生え伝播する。
ライオネル達に迫っていた男たちで腰に斧を持っていた者はそれを手に走り出す。
老人の近くで武器を持っていた者達も石斧や石槍を携え走り出した。
幾つも石が飛んできてライオネルの背中に当たった。
頭に当たらない様に手で覆う。
思わず無詠唱で魔法を使うが全くなんの反応もない。
あまりの心もとなさにただでさえ早い鼓動が更に早くなった様に感じていた。
(そもそも俺はこんなに遅かっただろうか?)
ライオネルは後ろに流れる風景を見ながらふと疑問を感じた。
彼が十全の力で走りぬいている事は間違いなかった。
身体を使う感覚自体に違和感はない。
そして今はその些細な違和感に使える時間は無かった。
彼は意識を森へと集中しなおして走った。
ライオネル達が森まであと少し、という所でレギンと合流する。
男達もかなり近くに迫っていた。
装備はそれなりに重く、ルーメンもいる状態で四人はかなり不利な状況であった。
レギンは先頭を走る男の足にナイフを投擲すると、踵を返して森に走り始める。
数人の男がそれで突っ掛かり転んだが多少の足止めでしかなかった。
森に入れば障害物が増えて多少数の優位を減らせる。
もう少しで森だ。
「あいつらは何人位いる!?」
ライオネルは走りながらレギンに確認をする。
「23人だった。一人足をやったから後22と思う。」
彼らとの距離を見るとどう考えても逃げ切る事はできなかった。
「森に入ったら狭い場所を探してある。そこに籠って迎撃ができる!」
レギンがライオネルに声をかける。
森に入る。
一本の木を中心としてそこにルーメンを下ろすとガーランドも剣を構えた。
その木の周りに7本の木が囲む様に生えており、一部には低木が茂って壁を作っていた。襲い掛かれる口は5か所。
平地で囲まれるより断然戦いやすい場所だった。
ルーメンに背を向ける様に三人が三方に構える。
すぐに男達が狙った口から襲い掛かってくる。
それをガーランドが石斧の柄を切り、その返しで男の首を落とした。
彼らの周りに既に三人の男が殺されていた。
「いけるぞ!頑張れ!!」
ライオネルが全員を鼓舞する。
しかし、彼らの見込みは全くの間違いであった。
「上だ!!」
レギンが叫ぶ。
木が揺れる音がしたと思うと背にしていた木から一人の男が枝から垂れる様に斧を振るってきた。
いや、周りの木の上からも男が飛んでくる。
彼らは信じられない速さで木に登り、上から攻撃を仕掛けてきているのだ。
ライオネルが上から来る男に振り向きざまに剣を払ったが、切られた男の身体がそのままのしかかってくる形になり、その重さで姿勢を崩す。
そこに横殴りで石斧が頭を弾いた。
意識が遠のく。
薄れゆく意識の中、レギンが組みつかれ正に石斧で叩かれようとしていた。
ガーランドはまだ奮闘していた。
しかし陣形が崩れた今、ガーランドだけで持ちこたえられるのも時間の問題だろう。
(一体、なんだったんだ?俺たちはなぜここに呼ばれた?クソ!クソが!クソ女神が!!とんでもない仕打ちだ!次に会ったらぶっ殺してやる!!絶対に、だ!)
ライオネルはそうして息絶えた。
程無くして他の三人も無残に叩き殺された。
そして、彼らが再び女神の前に立つことはなかった。
男達は、自分達の殺した者達を見ていた。
一人の男がライオネルの剣を拾い上げ上に掲げた。
「ウオオオォォォ!!」
高らかに勝利宣言をすると、他の男達もそれに続いた。
彼らは四人から全ての身ぐるみを剥ぐと、仲間の死体だけを連れて集落へと帰っていった。彼らの手にした物は未だかつて見た事の無い物ばかりであった。
自分達の仲間を切り裂いた長く、強く、輝く武器。
斧の手ごたえを減らす硬い服。
非常に目の細かい布の服や底のしっかりとした靴。
銀色の小さな丸い板。
その全てが宝であった。
それらは彼らの神殿に奉納された。
その後、それらの遺物は多くの侵略者の手を渡る事となる。
特に金属の存在は多くの者に刺激を与え、新たな探求への道を開いたのであった。
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