第50話 ライオネルの異文化交流
翌日は良く晴れた日だった。
ルーメンの体調は変わらず悪く、食べ物をほとんど口にしていないからか、かなり頬がこけていた。意識も少し朦朧としている様であまり焦点が定まっていなかった。
ライオネル達三人はそんなルーメンに何もしてやることができず、今日の行動ができる限り成功する様に打ち合わせを行っていた。
ライオネルは昨晩寝ころびながら考えた作戦を説明していく。
「まず、俺、ガーランド、ルーメンの三人で集落に向かう。レギン、お前は後方で俺達に何か起こった時のために控えておいてくれ。」
レギンはそれを聞いて少し安堵した表情を浮かべる。
「ルーメンはガーランドが背負ってくれ。病人がいる事でいくらか同情を誘えるはずだ。十分な治療を受けられると期待したいが、ダメでもあれだけの人数だ、きっと何らかの治療をできるヤツもいるはずだ。」
ガーランドが頷く。ルーメンからは返事はなかった。
「レギン、俺たちが無事集落に入れた事を確認したら、少し遅れて入ってきてくれ。俺たちで仲間であることを伝えて合流できる様にする。そして、もし俺たちが捕まった場合、お前は夜を待ってから行動を開始してくれ。」
「解った。もしその場で戦いになった場合はどうする?」
レギンは彼らの姿を思い出して念のため確認をした。
「こちらにはルーメンもいるんだ。戦闘は絶対に避ける。きっとあちらにも共通語を喋れるヤツが一人くらいはいると思うんだが。」
共通語とは神が授けた言葉と言われており、万が一世界が違ったとしても、彼らが送られて来るという『繋がり』がある以上、この世界でも使われているとライオネルは期待していた。
「俺は昨日、集落を実際に見たんだ。かなり異様だった。俺にはあいつらが何をしてくるのか全く想像が付かない。正直言えば近づきたくない。」
それを聞いてガーランドが冗談めかして合いの手を入れる。
「俺たちを捕まえて食っちまおうってのか?実は俺たちはそいつらの餌として連れてこられたんだったりしてな。」
しかしレギンは全く笑っていなかった。
ライオネルはそれを見て言った。
「もし、いきなり襲撃された場合は、俺たちはすぐに撤退に入る。その際はレギンも援護に来てくれ。頼りにしてるぞ。」
レギンは「解った」と呟く様に言った。
それから合図等の細かい部分を詰めて、四人は行動を開始した。
レギンが少し先で斥候をしながら集落への道を進んでいく。
集落の近くに来るとライオネルとガーランドは昨日のレギンと同様に異様な雰囲気の集落に目をむいた。
「こういった集落の話は聞いたことが無いな。」
「確かに。一体俺たちはどこまで飛ばされちまったんだ?」
ライオネルの言葉にガーランドも同意する。
レギンは集落の一番大きな入り口へと続く道を案内し、三人を送り出す。
入口の両脇には肩の高さ程の泥を積み上げた防壁が建っている。
一部崩れた所からレンガの様なものが見えているので、中はレンガでくみ上げているのかもしれない。
また、防壁と言っても集落を隈なく囲っているわけではない。
川に向かっている壁は反対岸から見て集落全体が隠れる長さで作っているが、森側は道の両脇に三、四人が隠れられる程度の幅で囲っているだけだった。
レギンは少し森に入った入口の見える木に登り、三人の様子を観察する。
ここから走れば入口まで二分とかからない。
ライオネルは一つ短く息を吐くとガーランドと連れだって集落へと歩いて行った。
集落の入り口付近に来ると中で遊んでいた子供達がライオネルを見つけ、急いで集落の中へと走っていくのが見える。きっと大人を呼びに行ったのだろう。
更に近づいていくと数人の男が入口付近に集まって来た。
彼らは一様に長いひげを蓄えていた。髪の毛は後ろに束ねている者、ぼさぼさのままの者、編み込んでいる者と少しバリエーションがあったが、長いという点では皆同じであった。
レギンから聞いていた様に服装は薄汚れており、その上から更に毛皮を羽織っている者もいた。首には装飾品を下げ、手にも何か色々と嵌めている。
ライオネルとガーランドは不安が悟られない様、できるだけ堂々と入口へと歩いていく。こういう所でおどおどしていると反って怪しまれる。深刻な顔をしていると問題を運んできたと思われる。少し安心した様な顔を作って気安い感じで片手を上げて挨拶を送る。
反応はない。
集落の男達はこちらの様子を伺いながら何やら話し合っている様子だ。
あと数歩という所でライオネルは立ち止まり彼らに声を掛けた。
「すまないが誰か共通語を話せるヤツはいないか?病人が出て困っている。」
親指で後ろに立つガーランドと背負われているルーメンを指さす。
男たちは顔を見合わせてまた会話を始める。
何やら単語の区切りがはっきりした言葉だ。一言しゃべる度に一拍置く様な、未だかつて聞いた事の無い語感の会話だ。
正直まどろっこしい感じもするが、ここで焦ってはいけない。
相手の会話が終わるのをジッと待つ。
一人の男が集落の奥を指さし、少し若そうな男を走らせる。
(やはりこいつらは人間だ。やる事が俺たちと変わらねえ。きっと上手く行く。)
少ししてライオネルの期待通り、一人の老人が現れた。
多分この集落の長だろう。
周りの男達も更に増えていた。
ライオネルは再度、後ろを指さしながら話しかける。
「この集落の長か?我々は病人が出て困っている。助けてくれないか?」
そして懇願する様に一歩近づくと、周りの男たちの数人が警戒する様に石斧や石槍を構えて前傾姿勢になった。
どうやら集落の長であっても全く言葉は通じないらしい。
(あのクソ女神は共通語すら与えていないのか。どうなってやがる!)
ライオネルは警戒を解くために急いで一歩引いた。
そして無抵抗を表すために両手を上にあげた。
ガーランドもそれに倣い、ルーメンを背負ったまま右手を上げた。
それを見て男たちは全員老人を見る。
そして老人が破顔して頷くと、男たちは先を争う様に両手を突き出し、ライオネル達に殺到し始めた。
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