第23話 オスカーとアンドレア
オスカーはアルター家の一人息子で非常に美しい少年だった。
金色の長い髪に青い瞳、誰にも分け隔てなく向けられる笑顔は多くの人を魅了した。
アンドレアもその一人だった。
アルター家は人間の国の宮廷魔導士として知られており、10歳の頃、オスカーの一家が人の街に出た時に、伝手としてアルター家にお世話になったのである。
最初にアンドレアはオスカーが女の子だと勘違いし、非常に気まずい思いをした。
しかし、同じ年に生まれた同士、意気投合し、二人は親友となった。
二人は成長し、そのまま王国の騎士団に入った。
宿舎ではオスカーは評判のシャワー嫌いであった。日々泥臭い訓練を行っているにも関わらず、その女性と見紛う美しい肌、そして埃を寄せ付けないかの様な輝く髪は微塵も煤ける気配がなかった。
アンドレアはオスカーのシャワー嫌いがあまりなので訓練後、宿舎のシャワールームに何度も誘ったが、「そんなに僕の裸が見たいのか?」という言葉を投げられてから、その件に触れるのは止めた。
それからしばらくして見習いを卒業し、二人は辺境探索隊というダンジョン攻略隊に配属された。そこは危険も多く、主に亜人種が配属されており、人間社会で亜人種が生きて行く厳しさを物語っていた。
オスカーは父という後ろ盾があったので辺境探索隊に入る必要は無かったのだが、アンドレアが配属される事と、父への反抗もあって、あの手この手で配属を果たしたのであった。
正直アンドレアはいつまでも華奢なオスカーが危険な辺境探索隊に来る事に反対であった。しかし、一度言い出したら聞かないオスカーに押し負けたのであった。
その時、アンドレアは自分の命に代えてもオスカーを守る事を決意した。
しかし、その思いとは裏腹に、オスカーは一流の魔法剣士であった。
彼はアンドレアを瀬々笑う様に危険な任務に率先して志願し、強力な敵に突撃した。
ある時、遂にアンドレアは爆発した。
食堂で酒を飲んでいる時にオスカーに食って掛かったのである。
「オスカー!君は危険に飛び込み過ぎだ!」
「おいおい、アンドレア、そんな事はないよ。なにせ僕には君がいるんだから。」
「それだよ!俺が君を守るためにどれだけ苦心して立ち回ってると思ってるんだ。命がいくつあっても足りやしない。」
アンドレアはうんざりという様に両手をかかげて肩をすくめる。
「ごめんごめん、君の立ち回りがあまりに世話焼きなもんだからついつい甘えてしまうんだよ。」
「あのなぁ!俺は君の女房じゃないんだぞ?あんなに世話させられてたまるか!」
それを聞いてオスカーは席を立ち、右手でアンドレアの顎をしゃくり上げる。
「なら君、僕にお嫁にこないかい?」
一瞬何を言われているのか判らないアンドレアはあんぐりとオスカーの顔を見た。
オスカーの美しい顔が間近でアンドレアを覗き込んでいた。
食堂で酒を飲みながらやり取りを楽しんでいた周りにも静寂が行き渡っていた。
ようやく何を言われたのか理解したアンドレアの顔がかつてないほど真っ赤になる。
「んな、な、な、何を言ってるんだ君は!!」
あまりに動揺したアンドレアを見てオスカーがバンバンと肩を叩く。
「っぷ。冗談だよ。飲み過ぎて顔がまっかだぜ、アンドレア?」
そういうとオスカーは食堂の出口に向かった。
「明日も頼りにしてるよ、僕の愛しの人。」
そんなセリフを残してオスカーが立ち去ると、ポカンと見ていた周りも一人、また一人と笑い声を漏らし、遂には食堂全体が揺れんばかりの笑い声に包まれたのであった。
ただ一人恥ずかしさのあまり固まっているアンドレアを除いて。
そんな事があってから、アンドレアはその話も二度としないと心に誓い、ただひたすらにオスカーの為に剣を振るい続けた。まるで彼の世話焼き女房の様に。
それからぐんぐんと二人のパーティーは腕を上げ、遂には王国一と言われるまでになり、その名声により5人は王国に呼び戻される運びとなったのだった。
そして、王国帰還まであとひと月となった時、突然彼らはこの世界に呼ばれた。
王国一のパーティー、輝かしい凱旋、そして輝かしい未来。
彼らは目の前のドラゴン達を全て討伐し、元の世界に帰る必要があった。
オスカー達4人は前方のドラゴンが向きを変え終わる前に襲い掛かった。
「下だ、あいつの下に潜り込む様にして攻撃に入る!」
オスカーの指示に他の3人も指さす先に向かって全力で走る。
4人は運よくドラゴンがこちらに噛みつこうと頭を下げるタイミングで腹の下へと潜り込む。
「よし、尻尾側から抜ける際に一撃入れる。アンドレア!そちらの足を頼む!」
「任せてくれ、オスカー!」
本来狙うべきは弱点とも言える腹だ。
しかし、はたしてどこまで深く剣を入れれば致命傷となるのか。
そう考え、まずは足止めする事で戦闘する数を減らす作戦だ。
「ミレー、シュミット!君たちも手の届く範囲で頼む。」
「「はい!」」
二人は護身用のダガーを構え、走りながら足の内側に刃を走らせる。
そして尻尾を避ける様にオスカーとミレーが右側に、アンドレアとシュミットが左側に抜け出した。
「ゴガァァァァ!」
ドラゴンは苦痛のうめき声をあげ、後ろから走り抜けるエルフに攻撃を加えようと頭を右に振った。しかし、体を捻った事で足の傷がさらに痛み、たまらず膝をつく。
その様子を見てオスカーは安堵する。
(これを後10回・・・)
そう思った矢先、想定していなかった事が起こる。
膝を着いたドラゴンの右に居たドラゴンが彼らを追いかけて下に頭を突っ込もうとし、膝を着いたドラゴンに体当たりを食らわせたのである。
その勢いで膝を着いたドラゴンが左後ろに倒れ込み、その尾が地面を這う様にオスカー達を襲う形になった。こちらに向かって来る尾にオスカーが叫ぶ。
「ミレー!飛ぶんだ!」
その瞬間、オスカーはどうにか尾を飛び超えて前転で衝撃を軽減すると立ち上がり、ミレーの安否を確認しようと振り返る。
しかしミレーは突然の事に反応できず、モロに身体で尾を受け、跳ね飛ばされた。
そして、ミレーは彼らに近づいて来ていた他の3体の前に放り出された状態になっていた。
ミレーはうつ伏せ状態で目を開けると、覗き込む様に囲むドラゴンに気が付き、叫び声を上げた。
「あ、あ、ああああぁぁぁぁぁ!」
急いで上体を起こしたその瞬間、後頭部を押される様な圧力がかかり、そのまま前屈する様な形でドラゴンに踏みつぶされた。
一体その体にどれだけの血が含まれていたのかと思える程の血がドラゴンの足の外側に飛び散っていた。
「ミレーェェェ!!」
仲間の死を目の前にしたオスカーが怒りに任せてミレーを踏み潰したドラゴンに向かおうとすると、その腕が掴まれる。
そこには走り寄って来ていたアンドレアが立っていた。
「オスカー!落ち着け!!」
「アンドレア・・・」
パンッ
挫けそうなオスカーの顔にアンドレアの平手打ちが入る。
「しっかりしろ!フィリップの、ミレーの死を無駄にするな!?」
その言葉にオスカーはハッとする。
「そうだね。行こう、アンドレア、シュミット。」
オスカーは二人の顔を見て力強く頷く。
彼らが見渡すと近くには立ち上がろうともがくドラゴン、そして周りには今にも襲い掛かろうと近づいてくるドラゴン達が取り囲んでいた。
そこにはフィリップが引き付けたドラゴンもいた。
オスカーは躊躇なく1体のドラゴンを指さす。
「よし、次はあいつに行こう!」
それは倒れてもがいているドラゴンの左右に居たドラゴンの内の1体だった。
3人はすぐさま走り出す。
3人は奮闘した。
しかし遂に3体一組のドラゴンに真正面から挑みかかった時にシュミットが狩られた。しかし、最早彼らは止まらなかった。
そして、4体目を処理した時、遂にオスカーが襲い掛かるドラゴンの噛みつき攻撃を避けきれず、剣で受けて吹き飛ばされた。
アンドレアが駆け寄りオスカーを抱き起す。
「アンドレア、足をやられたらしい。君だけでも行ってくれ。」
「っく、何を言う。君を、君を置いてはいけない!」
アンドレアはオスカーに肩を貸そうと体を屈める。
「危ない!!」
オスカーがアンドレアを右に引っ張った瞬間、アンドレアの左半身に激しい痛みが襲う。
「ぐうっ!」
ドラゴンの口が肩から腹にかけてアンドレアを咥えていた。
「アンドレア!」
オスカーがすかさず右手に持つ剣をアンドレアに食いついているドラゴンに突き立てると、ドラゴンは痛みでアンドレアを放し、のけぞる。
「すまない、オスカー。君を、守り切れ―」
口から血を吐きながら、アンドレアが詫びる。
オスカーは生気の消えゆく顔に呼びかける。
「アンドレア。」
座ったまま絶命する彼に口づけすると、オスカーは手にしていた剣を自らの心臓に深々とその刃を差し入れた。
「君だけを逝かせないよ、愛しい人。」
そして二人は重なる様に地面に伏した。
しかし、そんな光景を蹂躙する様に、ドラゴンは容赦なく襲い掛かったのだった。
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