第17話 ビーチャム

ビーチャムがジムラムの声に目を向けると、彼は蹲り腕を抱えていた。

その次の瞬間、ジムラムは頭から噛みつかれ、最早助からないと悟った。


さらに、ボスに目をやるとボスはドラゴンの1体を切り倒し、残りの2体を相手に、徐々に攻勢を強めている様子である。

(っち、この状態でボスにオカワリは不味い!!)


ビーチャムは腰のダガーを抜き取り、ジムラムが相手にしていた4体に見える様に、ダガーを投げ込んだ。


ビーチャムはドラゴン達の注意を引きつけ、ボスから徐々に距離を離していく。

ボスだけは助けなければならない。

これはビーチャムにとって自身の命より大切な事であった。


ビーチャムの挑発で釣れたのは合計6体、目の潰された1体は苛立たし気にまだジムラムの肉体をもてあそんでいた。

(ジムラム、最後までいい仕事したぜ!)


どうにか6体の追撃を躱しながら、ビーチャムは切り札である魔法を詠唱する。

(すまない、ネリオーシャ、どうやら帰れないらしい。)

ビーチャムは心の中で息子に詫びを入れる。


彼はエルフの集落に妻のリズネリーと息子のネリオーシャ、3人で狩りと採取で平穏な日々を過ごしていた。


そんな生活もある日突然の人間の襲撃により、集落から焼きだされたのだ。


他の者がどうなったのか全く知れず、3人は途方に暮れた。

ビーチャムはどこに逃げれば良いのか、家族で森を彷徨い歩いていた。

そこに落者狩りの集団に襲われ、武器もなく、気力も尽きかけた状態で、抵抗むなしく捕まったのであった。


3人は後ろ手に縛られ封呪の印で魔法を封印されて町に運ばれる事となった。


その捕まった次の日の晩、三人の男が妻を立たせて連れて行こうとする。

その先何が起こるかは明白であった。


「待ってくれ!どうか、どうか妻と話をさせてくれ!」

「おいおい、別に今生の別れってわけじゃねぇんだ。いい子で待ってるんだな。」

ぎゃははは、と下卑た笑いが起こる。


ビーチャムは懇願する様に膝をつき奴らを見上げていた。

「あんた達だって自分達が壊す幸せがどんなものだったか見た方が楽しめるだろ?」

「ブハ!こいつエグイ提案しやがるぜ。おい、お前ら、こいつらの逢瀬で盛り上がった所で楽しませてもらおうじゃねぇか。」

「おお、そいつぁいいぜ。そいつの目の前で希望を叶えてやろうぜ。ぎゃはは。」


二人は後ろ手で縛られたまま盛り上がる三人に引き連れられ、森の中で話をする事を許された。


二人は口づけを交わし、お互いの目を見る。

それを見ていた外野が口笛で囃し立てる。


「済まない。」

「ネリオーシャを頼みます。」

二人はお互いの肩に頭を乗せ合って涙を流しながらささやき合う。


「リズネリー、愛してる。」

「ビーチャム、愛してます。」

次の瞬間、ビーチャムはリズネリーの首に喰いつき、一瞬でその肉を引きちぎった。

美しい皮膚が剥ぎ取られ、鮮血が迸りビーチャムの顔を赤く染める。

周りにいた男たちは何が起こったのか唖然としてそれを見守った。


リズネリーは悲しみと喜びを浮かべた顔でビーチャムを見つめ、ビーチャムはその目を焼きつけようと、見つめ返した。

口が、声にならない言葉を届ける。り・が・と・う。


ビーチャムも口を開こうとして思いとどまる。

その口には自分が手掛けたリズネリーの肉片が残っていた。

これは彼女の身体の一部。大切な、心から愛した者の一部。

地面に吐き出すわけにはいかない。


リズネリーが崩れ落ち、その目を閉じた時、ビーチャムは自らの行いから、激しい嘔吐が襲う。だがビーチャムはそれに耐え、彼女を身体の一部とする様に、その嘔吐と共に肉片を飲み下した。


そこに我に返った男たちの鉄拳が顔に、腹に、背中にと浴びせられる。

「このクソがあああぁぁぁ!」


その晩、ビーチャムは永遠と思える時間を暴力の洗礼を受け続けた。

息子とは別々の場所で監視されることになった。


その二日後に彼らは町で奴隷商に引き渡された。

旅の間、ビーチャムは常に暴力に曝され、酷い有様で、かなり安くで買いたたかれた。それに更に腹を立て、男たちは最後に唾を吐きかけて去っていった。


ビーチャムとネリオーシャは別々の檻に入れられ、奴隷商の店内で展示されていた。

彼が息子と目が合うと、息子はサッと目を背ける。

きっと奴等が妻を殺した事を告げたのだろう。それは事実であり、自分でも幼い息子に自分の行いを上手く説明する自信はない。


奴隷商は陰気であまり客の来ない商売であったが、数日して4人の男が現れた。

その先頭に立つ男がボスであった。


「おい、店主!てめぇ、またガキィ扱ってんのか!!」

「ひぃ、これは森で捕まえた親子らしくて、合わせてじゃないと売らないと。」

「あ~?そのわりにゃいい値段付けてんじゃねぇか。」


「そ、それは、買ってしまった以上は最高の価格で売れないと、こちらも商売ですから。」

ボスは周りを見回してエルフであるビーチャムを見つけ出した。

「おいおい、こんなボロボロの男を買うために子供を一緒に買ったてか?」

ボスはビーチャムを上から下まで観察すると、再度店主に向き直る。

「ふざけんな!!どう考えたってガキがメインじゃねぇか!」

「ひ、ひぃぃ!」


「よし、そのガキは俺が買う。値札の3割だ。」

「そ、そんな!?」

「おまけなんだろ?」ボスはぎろりと店主を睨みつける。

その威圧に耐え切れず店主はボスの申し出を了承する。


ボスがネリオーシャを連れて出ていくのを見て、ビーチャムが声を上げる。

「俺も、俺も買ってくれ!!俺はその子の父親なんだ!」

彼にはリズネリーとの約束があった。

ビーチャムは命に代えてネリオーシャを守らなくてはいけない。


しかしボスは手を振って立ち去ろうとする。

更にネリオーシャが叫んだ。

「母さんを殺しておいて!!父さんなんか!父さんなんかぁぁああああ。」

その言葉にボスはネリオーシャに目をやる。


覚悟はしていた、しかし実際に息子からの言葉を聞くと自らの過ちをえぐり出され、自らの決意をへし折られそうになった。だがビーチャムは再度叫んだ。

「頼む!俺も連れて行ってくれ!!俺は必ずあんたの役に立つ!!」


相手の気を引く言葉は何もなかった。

だが、ボスは歩みを止め、ビーチャムに近づいていく。

そこに店主が耳打ちして聞いていた事情を説明する。


「ふーん、お前、役に立つのか?」

「あぁ、必ず役に立つ!」

「ボス、やめた方がいいですぜ。そんなんじゃガキも殺しかねねぇ。」


ボスはしばらく思案した後、口を開いた。

「おっし、こいつも貰うわ。」

「ボス、ご購入は嬉しいのですが、後々のクレームはご勘弁くださいよ。」

「わーってるよ。おら、金だ。」

ボスはビーチャムを値札通りの値段で買い取り、二人を連れて行った。


二人が連れていかれたのは町からそこそこ離れた農園であった。

ビーチャム達と同じ様に奴隷印のある者が多く働いていた。


ビーチャムはどうやら農奴として一生こき使うつもりらしいと察した。

だが息子とは一緒に居られる。いざとなればその命を賭して息子の力になる事ができる。そしていつか機を見て息子をここから解放するチャンスが来るかもしれない。


しかし、彼の予想とは裏腹に、そこでの生活は人道的であった。

ビーチャムは主にダンジョン探索に駆り出されていたが、徐々にボスの人となりを知る様になった。ボスは決して優しい男ではなかったが、非道な男でもなかった。


彼のゆすりやたかりのターゲットはいつも脛に傷を持つものばかりであり、その手の相手からは骨の髄までしゃぶり尽くした。しかし、ストリートや奴隷等の子供達は自分の農園に集めて仕事をさせ、生活できる様な環境を作って与えていた。


「あん?なんでガキ共を集めてるかって?あいつらはバカだから騙すのに手間がかからねぇ。最高の労働力なんだよ。」

確かに子供達は助けられた恩義からか良く働いた。だが、その仕事はそこいらの農村での生活と特に変わらない生活だった。しかもその農園はボスが領主をゆすって作らせたもので、ちょっとした悪党では手の出せない安全な場所であった。


あるダンジョン探索の日、ビーチャムは見張りの交代の時にボスに少し時間をもらい、自分の聞きたかった事を聞いた。


「ボス、私は妻を殺しました。それで息子とは一生埋められない軋轢が生まれました。ボスはあの時それを知って私を買った。なぜです?」


ボスはビーチャムの目を覗く様に見続けていた。


ビーチャムはその心を覗かれる様な目線に耐えられず、焚火に目線を外し、ごまかす様に薪をくべた。

「話せよ。お前が嫁さん殺したまでをよ。」


エルフの女が捕まり奴隷となれば、どういう扱いを受けるかは誰でもしっている。

二人は捕まった時に、行きつく先が判ったらどうするかを決めていた。


ボスはビーチャムが首を食いちぎった話を聞いて少しだけ驚いた表情をした。

話を終えてしばらく、ボスは焚火を見つめ、ようやく口を開いた。


「お前の選択は、間違っちゃいねぇ。」


それはビーチャムの質問への答えではなかった。

ビーチャムが驚いてボスを見ると、ボスはやはり覗き込む様にこちらを見ていた。

「いや、聞きたかったことは—」そう口を開いた瞬間、彼は声が出なくなっている事に気がついた。


ボスは静かに立ち上がり、キャンプへと戻っていった。


ビーチャムは泣いていた。自分でも驚く程涙が溢れてくる。驚いた顔で涙を拭っていたが、いつの間にか嗚咽が起こり、遂には顔の表情も保てなくなるほど崩れていた。


「おおお、ううう、ぐぐぅ。」

ビーチャムは声を押し殺しながら泣き続けた。


ビーチャムはその時、大きな許しを得た様な、自分の人生を全うしたような、そんな感情に襲われたのだった。


それから10年、ボスのとりなしでもあったのか、ビーチャムはどうにかネリオーシャと話せるまでの関係を再建し、今に至る。


(ボスは殺させない!)

ビーチャムは長い長い詠唱を終え、その手を追いすがる6体に向けた。

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