第16話 荒くれパーティーとドラゴン

四人の男達はゆったりと平原を進んでいた。

リラックスした風でさっき見た女神を肴に猥談に花を咲かせながらも、いつ地平線から敵が姿を現すのかと四方に目をやっている。


この口の悪い、下品な4人は、小吉しょうきちの世界では悪名高い冒険者パーティーであった。

飲む、打つ、買うは当たり前、領主へのゆすりまがいの問題行動もあり、ギルド内でもかなり煙たがられた存在である。


それでもギルドを追放されないのは彼らのその実力故だ。

ダンジョン深層の大型魔獣を唯一パーティーのみで倒せる最強メンバー。

特にそのボスは一人でドラゴンを討伐した事があるという噂すら流れていた。


そしてそのボスには名前が無かった。いやきっと過去にはあったのだろう。

しかし、誰もが彼をボスと呼び、誰もがそれ以外の呼び方を知らない。

それはメンバーすらその名を知らないのではないかと噂される程である。


少しして一人の男が声を上げる。

「ボス、見えてきたぜ。あれは・・・なんか魔獣か?」

それを聞いてボスと呼ばれた男は背中の大剣に手を触れる。

「どんな魔獣だ?」

「分かんね。あの走り方、二本脚か。」


徐々にこちらに向かって来る砂埃が見えてくる。

「おっし、いっちょやるかね。おい、デクノ、魔法掛けろや。」

「ヘイ、ボス!」

デクノと呼ばれた男はフードから杖を持った手を出し、詠唱を始める。


空間に小さな魔法陣がいくつか出てきて、ボスの大剣に魔法が付与される。

魔法は火属性、重量軽減、刃毀れ軽減、切れ味維持であった。


剣が光り出し、ボスはそれを軽々と振り回して準備運動を始める。

刃渡り1m40cm程の大剣。それはドラゴンスレイヤーの名を冠していた。


「おっし、次はビーチャム剣出しな。」

続けてビーチャムと呼ばれた男のショートソードにも魔法を付与する。

切れ長の目に白い肌、そして長めの耳、エルフの男は黙ってその剣を構える。


「うし、射程に入ったら俺が突撃チャージかますからよ、ジムラム、援護頼むぞ。」

「う~い。休日にモンスターハントとか、休日手当が欲しいわ。」

返事をしたのは先ほど遠目をした男だった。


男達は更に自身に身体強化魔法を使う。

身体強化魔法は全員が使えるため、それぞれで掛ける約束なのである。


ジムラムは背中の弓矢を取り出して構えてから再度報告を上げる。

「ボス、なんか一杯いるわ。」

「あぁ?一杯ってなんだよ?」

「まぁ9匹くらい?あと15秒で射程に入るわ。」


「あ~ん?なんだ9匹って!?ドラゴン9匹かよ!?」

ボスが驚いた声で確認する。


「みたいだな~。どうするボス?」

「ボス、どうしやす?」

「って、どうもこうもねぇよ!どうせ全部片づけないと帰れないんだろ?頭使えよ、頭をよお。」


ボスは仲間に激を飛ばす。

全員が顔を見合わせて頷き合う。

そして遂にはドラゴン9匹の姿が他の者にも視認できる距離まで来た。


「おいおい、ドラゴンのくせに生意気に陣形組んでんぞ?正面が先頭で左右が10秒遅れくらいかぁ?やりにきぃなぁおい。」


そのときジムラムが叫ぶ。

「入った!!」

「うっしゃ、撃て!」


ジムラムが一気に二本の矢を放つ。

矢は魔法がかかっているのか、赤く光りながら戦闘のドラゴンめがけて飛んで行く。

そして矢が額と左目に刺さる。

「グ、ガァァ!!!」

ドラゴンは一吠えするとスピードも落とさず接近を続ける。


「的中!ってダメだ、刺さっただけじゃ勢いが止まらねぇ。」

「っち、作戦変更!左に寄せて後方を遅らせるぞ!」


四人は一斉に左に向かって走り出す。

すると中央の3体がつられて左に寄りながら近づいてくる。

これで左側の3体の進路が被り、少し時間的な猶予ができた。


移動しながらジムラムが矢を次々と射てゆく。

矢は吸い込まれる様に3体のドラゴンに飛んでゆくが、ドラゴン達にも見えているのか、目に刺さらない様頭を振って突き進んで来る。


「デクノ!!あしぃ狙え。」

「ヘイ!ボス!」

そういうが早いかデクノは詠唱を始め、両手から炎の矢を放つ。


二本の炎の矢は一直線に飛んで先頭のドラゴンの両足に突き刺さる。

「ゴガァァァ!!」

ドラゴンはうめき声を上げてスピードを落とし、よろよろと歩き始める。


漸く一体を脱落させたが、残りの8体が既に間近に迫っていた。

「どんどん魔法打ち込め!真正面に立つんじゃねぇぞ!」

ボスはそう叫ぶと、突っ込んできたドラゴンの直進を右に避け、大剣で左足を切り付ける。ドラゴンは太ももから鮮血を飛ばし、バランスを崩して倒れた。


そこに右から来ていた3体が一斉にパーティーに襲い掛かって来た。

それをボスが後ろにジャンプしながら大剣で鼻づらを切り付ける。


ビーチャムも同じ様に右に避けながらもう1体のドラゴンの顎を上に切り上げる。

そこに更にデクノがファイアーアローを連打し1体の顔を潰す。


ファイアーアローを喰らったドラゴンは短い手で顔を抑える様にうずまり、動きを止める。その瞬間を逃さずボスが懐に入り込む。


「だりゃああああああ!!」

大上段に振りかぶった大権を振り下ろし見事にドラゴンの腹を掻っ捌く。剣の通り過ぎた後から、鮮血が赤い翼の様に宙に噴き出す。


腹の裂かれたドラゴンは怒りと痛みで咆哮し、ボスを噛み砕こうとするが、ボスは既に横に転がり出ていた。


「うっひょー!流石ボスだぜ!」

デクノが喜びの声を上げるとボスが叫ぶ。

「馬鹿野郎!油断するんじゃねぇ!」


ボスが注意の叱咤を送った瞬間、デクノの身体が食いちぎられる。

パーティーが正面から右にかけて注意を向けていた所を、左を走っていた3体が少し大回りに回り込んで背後を取っていたのである。


「デクノォォ!!この間抜けがぁ!」

ボスが叫びデクノを咥え上げるドラゴンに切りかかる。


その背後に腹を裂かれたドラゴンが喰いかかろうとするが、それをビーチャムが横から剣を振るい、左足に連打を入れる。不意を突かれたドラゴンは膝を着いて崩れ落ちる。ビーチャムはとどめを刺そうと近づいて行く。

そのビーチャムを噛み砕こうともう一体が更に入り込んできたが、それをジムラムが矢で目を射て止めた。


ジムラムがボスに目をやると、ボスはまんまともう1体のドラゴンの腹を同じように切り裂いていた。

(残りは何匹だ畜生!)

ジムラムが心の中で悪態をつく。

(てか、なんなんだ、この展開は?突然呼ばれたと思ったらドラゴン9体かよ!クソが!クソが!!)


しかもドラゴンは仲間が倒されても躊躇なく攻撃を仕掛けてくる。

いつの間にかボスは3体のドラゴンに囲まれていた。

いや、ビーチャムの前にも3体いる。


(すると、俺の左に居る3体はなんだ?)

ジムラムは嫌な汗を掻く。

(2体倒したのにまだ9体?増えてる?どういう事だよ!)


ジムラムはとにかく自分を狙っている3体のドラゴンに打てる限りの矢を目をめがけて射続ける。そのうちの何本かが命中し、1体のドラゴンの両目を完全に潰した。

まだ完全に無傷の1体にもどうにか目を潰したいと矢を射ようと筒に手を入れるが、その手はむなしく宙を彷徨った。


(マジかよ。)

ジムラムは腰からスピアを抜き出し、慎重に構えた。


一方ボスは3体に牽制されてなかなか懐に入れないでいた。

このドラゴンは噛みつきを主としており、懐までの距離が深いため複数体を相手にするとかなり厳しいのだ。しかも相手も、リーチの長い剣を用心してお互いにフェイントの応酬となっている。


ビーチャムも3体を相手にしながら苦戦していた。

素早い動きで空間の空いている所へと逃げるのだが、ドラゴンは巨体の割に素早く、追いつかれることは無くても彼の動きを捉えてついてくる。


(剣は通る。肉が篤いのか、なかなか致命傷にはならないが、冷静に対処すれば倒せるはずだ。)

ビーチャムは冷静に彼我の差を分析し、どうにか勝機を手繰り寄せる。


その時、後ろから「チクショー!!!」と悲痛な叫び声が聞こえた。

ビーチャムが大きくサイドにジャンプしながら目をやるとジムラムがうずくまっていた。そして、彼の前には4体のドラゴンがいた。


(4体!?ヤバいだろ、あの数は。このままでは背後からも来ちまう!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る