お笑い部員の漫才事件簿

宵埜白猫

『安楽椅子探偵』

「「はいどうも~!」」

「田中です!」

「鈴木でーす!」

「「二人揃って、安楽椅子探偵です!」」


 男二人が拍手をしながら、元気な声で自分たちの名を叫ぶ。

 漫才では見慣れた光景だ。


「いや~、鈴木ってよく聞く苗字ですよね~。その上こいつ、下の名前一郎なんですよ。こんなシンプルな名前、今時珍しいですよね?」


 田中と名乗った男が相方をいじる。

 もちろん、いじられた相方も黙ってはいない。


「うっさいわ! 俺が生まれた時はこの名前流行っててん! てか一郎の上に鈴木付いたらもうそれはプレミアやねん! 大体お前だって田中太郎やないか。そんなん市役所でしか見いひんわ」

「僕の名前も親が健康に成長できますようにって付けてくれた名前なんよ」

「ていうかそもそも俺らの名前の話は今どうでもええねん。こんなしょうもない話してたら皆飽きてくるで」

「お前なぁ……」


 辛辣な鈴木の物言いに、田中が肩をすくめる。


「じゃあ今日の本題行こか」

「今回のは俺のゼミの後輩から相談されてんけどな、隣に落語研究会ってあるやん? ほら、今度の学園祭で寄席やる言うてたとこ」

「ああ、あるな」

「そこの部室からな、夜中に女の人がすすり泣く声が聞こえたらしいねん」

「え、こわ!」


 鈴木が女の泣きまねをすると、田中が大げさに驚く。


「でな、やっぱ怖いやん」

「今ちょっと聞いただけでも怖かったわ」

「それを解決して欲しい言われて――」

「じゃあ今日はそれを解決するんやな。僕は幽霊ちゃうかと思ってんねんけど」


 鈴木の言葉を遮って、田中が意気込む。


「いや、それは調べたら部員が落語のCD切り忘れてただけやってん」

「なんやねん!」


 室内にいた数人の観客がクスリと笑った。


「普段はCDとかかけへんから忘れててんて」

「せやったらもう事件解決やん。僕らすること何もないで」

「それがな、俺が後輩にそう言うた日の夜に、また事件起こってん」

「何なん? もったいぶらんとはよ言いや」


 田中の言葉に賛同するように、室内すべての視線が鈴木に集中する。


「また女の声が聞こえてん。それも今度は泣き声や無くて、めっちゃ怖い笑い声やったんよ。なんて言うんやろ、狂気的な感じていうか」

「泣き声より怖いやん! でもどうせあれやろ、CDなんやろ?」

「それがな、あの事件後輩に説明したらその日から部室出るときに全部のコンセント抜くようになったらしいわ」


 鈴木の言葉に、観客も喉を鳴らす。


「じゃあなんなん?」

「それを今からやんねん。俺その笑い声の役するから、お前遭遇した部員の役してくれる?」

「ええで」


 田中が頷いて、一呼吸置く。

 すると、場の空気がガラリと変わった。

 まるでその夜に居るかのようだ。


「はぁ~。怖いわ、なんで俺が忘れ物取りに行かなあかんねん。あいつも自分で行きぃや」


 田中が歩くふりをしながら言うと、鈴木が大きく息を吸った。


「きゃははははははははは!」

「うわっ!」


 想像以上に狂気的なその笑い声に、田中だけでなく周りの観客も悲鳴を上げる。


「ちょっ、怖いわ。……何なん?」


 田中が肩を震わせ、後退った。


「もう忘れ物も明日にするように言うとこ。こんなんやってられへんわ」


 そしてそのまま鈴木に背を向け、歩いて行った。


「まあこんな感じやったらしいねんけど」


 田中が戻ってくるのを見ながら、鈴木が言う。


「こんな感じやったらしいねんけどー、ちゃうわ! めっちゃ怖かったわ」

「リアルやったやろ?」

「まあせやけど……。結局それなんやったん?」


 田中が首を傾げて鈴木に問う。


「俺ら名乗ってんねんで? 今ある情報で推理せな」

「せやなぁ、じゃあまず何から行く?」

「そりゃ笑い声が聞こえた理由やろ」


 鈴木に言われ、田中が唸る。


「理由言われてもなぁ」

「考えてみ? そもそもなんでこの事件が俺らのとこに来たん?」

「僕らのとこに来た理由? ……あれちゃう? 君の後輩に相談されて……っ!」


 そう口にして、田中がはっと目を見開いた。


「泣き声事件や! そもそもなんでCDなんてかけてたんや?」

「そこやねん。普段かけへんCDを切り忘れてたんが泣き声事件。……やったらこれもおんなじやと思わへん?」


 鈴木がニヤリと口の端を釣り上げる。


「つまりこの事件起こした人の動機は一緒ってことや」

「ここまで言われたら僕でも分かるわ。学園祭の寄席の練習やろ?」


 鈴木が大きく頷いて続ける。


「つまり笑い声事件の犯人も部員。……ほんで、この中におる人や」


 それを聞いて、周囲がざわつく。


「お前はちゃんと見てたか?」

「当たり前や」

「じゃあ犯人誰か分かるな?」


 そう言う鈴木に頷いて、


「犯人は――」


 大げさな動きで指を指す。


「君やろ?」


 その指は、しっかりとを指していた。

 周りにいた観客、……もとい落研の部員たちがざわざわと騒ぐ。

 その様子を見て、鈴木が手を叩いた。


「まだもうちょっと続くから聞いてな」


 彼がそう言うと、また室内は静まり返り、視線を二人に戻す。


「泣き声事件もそうなんやけど、今回彼女が言い出せへんかった理由な。……気づいたら騒ぎが大き成りすぎてたからやと思うねん」

「せやな。僕も冷蔵庫に入ってるプリン親のやって知らんと食べて、親に空き巣入られたって騒がれた時は言い出せへんかったもん」


 田中が冗談めかして言うが、実際その通りだ。

 CDの件があってから不注意だったのは認めるが、流石に他の部員がいるときにあの演目をやるのは気が引けた。

 同じ理由で、家族に聞かれる可能性のある家も使えない。

 だから夜の部室で練習していただけなのだ。


「まあ今回の事件はこれで解決言うことで」

「どうも――」

「「ありがとうございました」」


 二人が頭を下げて漫才が終わる。

 他の部員たちは一人、二人と席を立ち始めた。

 それを横目に見ながら、私は二人に駆け寄る。


「あの、なんで私だって分かったんですか?」


 私の声に二人は振り返って、


「だって君だけ鈴木の笑い声のときかってんもん」

「他の子らは多かれ少なかれ反応しててんけどな。あんたは声もあげんしかと言って肩震わせることも無かった。……やから、よっぽど緊張してるかこの先何が起こるか知ってる人やって思ってん」


 確かに鈴木の笑い声は怖かった。

 もうホラー映画の俳優にでもなればいいんじゃないかと思うくらいには怖かったが、確かに私は他の部員ほど驚かなかったかもしれない。


「なるほど、分かりました。……でも、なんでお二人は漫才で事件を解決するんですか?」

「そんなん面白いからに決まってるやん」


 田中が即答する。


「後はあれやな。こういう事件やったら漫才にした方が後腐れないやろ」


 鈴木が付け足して、二人は楽しそうに笑った。


「ありがとうございました」


 そんな二人を見て、私は自然と頭を下げていた。

 彼らが卒業するまであと2年。

 これからもきっとこんな風に、面白おかしく事件を解決していくのだろう。

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お笑い部員の漫才事件簿 宵埜白猫 @shironeko98

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