隣で笑って
ささたけ はじめ
君を笑わせたい
「お笑いのライブ?」
「そう。たまたまチケットが手に入ってさ。次の日曜なんだけど、行ってみない?」
「まぁ、いいけど――」
そうは答えたけれど、騒がしいのはあまり好きじゃないから、本当はゆっくり過ごしたかったというのが本音だった。
私はもうすぐ、三十歳になる。
今時、結婚適齢期なんて馬鹿馬鹿しいとは思うけど――でもやっぱり年齢は気にしてしまう。子供だって欲しいし。
彼とは、付き合ってもう二年。
そろそろプロポーズをしてはくれないかと、ここ最近は待ち続けているのだけれど――そんなそぶりは全く見えない。
ま、それで取り乱すほど、コドモじゃないんだけどさ。
だってもうすぐ、三十歳だもの。
*
ライブ当日。
聞いたこともない若手芸人たちが大騒ぎするそのライブは、やっぱり私の好みではなかった。正直、無理に付き合わず、家でゆっくりしていれば良かったと思った。
それでも、そんな風に考えるのはせっかく誘ってくれた彼に悪いと思うのも事実だった。だから、隣の彼は楽しそうだったから、まあいいじゃないかと無理に自分を納得させてみた。
けれど――。
心の内はにじみ出てしまうもので、どうしても態度に棘が現れてしまう。そのたびに、自己嫌悪と自己弁護の繰り返し。
もう嫌だ。
夕食のために立ち入ったレストランで、そう思い始めたころ――。
「松ちゃんっているじゃん?」
唐突に、彼が訊いてきた。
「――は?」
「松ちゃんだよ。ダウンタウンの、松本人志」
「それが、どうしたのよ」
「あの人が、お笑いやってて一番楽しい時ってどんな時だと思う?」
「――知らないわよ。後輩と遊んでる時とか、給料が振り込まれた時じゃないの? あれだけの成功者なんだから、さぞかし気分がいいでしょうし」
ふてくされて答える私をなだめるかのように、彼は言う。
「それが、こないだテレビで言ってたんだけど――自分のボケで、相方の浜ちゃんが笑ってる時なんだってさ。あれだけの成功者でも、一番楽しいのは隣にいる人が笑ってくれることだってのは、素敵なことだと思わないか?」
「なにが言いたいの?」
「俺も見習おうと思ってさ」
そう言って彼は、小さな箱を取り出した。
「俺は、君が笑ってくれている時が一番嬉しいし楽しい。だから、この先もずっと、君を笑わせてみせるから――」
「――まさか、嘘」
「ずっと俺の隣にいてください。結婚、しよう」
それはついにもたらされた、ずっと望んでいた言葉。
だから私は、満面の笑みで答えた。
「ありがとう――こちらこそ、よろしくね」
小さな箱を開け、私の左手の薬指に指輪をはめながら、彼は言った。
「良かった――誕生日、おめでとう」
望外の言葉に、私は再び満面の笑みで答えた。
「私の誕生日は昨日よ、この馬鹿!」
隣で笑って ささたけ はじめ @sasatake-hajime
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