KAC20224 面白くないと追放された聖職者の話

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

「イオン=モール。悪いがあんたには、今日限りでパーティーから外れて貰う」

「なぜですか!?」


 勇者の言葉に耳を疑う。

 イオンは聖職者として、勇者のパーティーと共に邪悪な魔王を倒す為に旅をしていた。

 癒しや解毒といった神の奇跡を授かり、メイスを使った格闘戦にも自信がある。

 今までもこれといった失敗はなく、勇者のパーティーに恥じない働きをしてきたつもりだ。


「あんたは真面目過ぎるんだよ。いつもむっつりして冗談の一つも言いやしねぇ」

「あたし達が楽しく話してると水を差すような事ばかり言うし。あなたといると疲れるのよ」


 戦士と魔法使いがうんざりした顔で言う。


「我々は魔王を倒す為に旅をしているのです。ふざけている暇があるのなら、一秒でも早く魔王を倒す為の方法を考えるべきでしょう」

「そういう所だよ。あんたの正論を聞いてると息が詰まってしょうがない。一緒に旅をしていても全然面白くないんだ。このままじゃ魔王を倒す前にこっちがどうにかなっちまう。だからお別れだ。悪く思うなよ」

「勇者殿!?」


 話はこれで終わりだとばかりに、勇者のパーティーはイオンを冒険者の店に置いて去って行った。


「……はぁ。またか」


 がっくりと肩を落とす。

 イオンが勇者のパーティーから外されるのは今回が初めてではなかった。

 魔王を倒すべく、神の祝福を受けた勇者は大勢いる。

 彼らは冒険者の店で仲間を集い、それぞれに魔王を倒す為旅をしていた。

 その中の幾つかとパーティーを組んだ事があるのだが、いつもイオンは同じような理由でパーティーをクビになってしまうのである。


「面白くないと言われてもな……」


 教会の孤児院で育ったイオンは才能ある子供として、勇者を助ける聖職者になるべく鍛えられた。

 お堅い聖職者に育てられたこともあり、人を楽しませるユーモアは皆無だった。

 真面目だとか面白くないと言われても、どうすればいいのか分からない。

 聖職者としては優秀なイオンである。別の勇者のパーティーに入る事は難しくないだろうが、このままでは同じ事の繰り返しだ。


「……神よ。いったい私はどうすれば……」

「話は聞いたよ。困ってるみたいだね」


 足元から響いた声は、この店の女主人のロリーダのものだった。

 名前通りのロリ系で、見た目は精々十二歳くらい。

 腰まで届く藍色の髪をリボンで結んだ、吊り目の美少女(年齢不詳)である。


「……人の話を盗み聞きするものではありませんよ」


 よせばいいのにイオンは言った。

 彼としては全く悪気はない。

 教会で教え込まれた道徳に従って注意しただけである。

 聖職者として、人々の不徳を正す立場にいる。

 彼は本気でそんな風に思っているのだった。

 案の定、ロリーダのロリ顔が呆れる。


「だから、そういう所がダメなんだって。それじゃあ自分から嫌われにいってるようなもんだろうよ」

「しかし……」

「勇者の役に立ちたいんだろ? パーティーってのは色んな人間が集まるもんさ。真面目なのは良い事だけど、度が過ぎればただのエゴだよ。時には空気を読んで、仲間に合わせて上手くやらないと」

「……その通りだとは思うのですが。私はこの通りの堅物で。空気を読もうとしても中々上手くいかず、場を白けさせる事ばかりしてしまうのです」

「まぁ、口で言って治るもんなら苦労はしないか。あんたには、お笑いの勉強が必要なのかもしれないね」

「お笑い、ですか?」

「そうさ。剣や魔法と同じで、場を愉しませるのにも技術がいる。丁度あそこに遊び人の女の子がいるから、彼女に酒でも奢って、笑いのなんたるかを教えてもらったどうだい?」


 そんな事はバカげている。大体にしてイオンは遊び人なる人種を軽蔑していた。存在からしてふざけた輩である。武芸に秀でたわけでもなく、魔法が使えるわけでもない。あんな輩を勇者のパーティーに加える事自体、魔王討伐という崇高な神命に対する冒涜だと思っている。


 だが、何度もパーティーから外されて、イオンの心も弱っていた。冒険者の店の主は人を見る目に長け、対人問題に関しては有能なアドバイザーでもある。

 藁にもすがる気持ちで、彼女の助言に従ってみる事にした。


「……そうしてみます。御忠告、感謝します」


 ロリーダが視線を向けたテーブルに歩いていくと、イオンは早速後悔した。

 そこにいるのはバニーガールの格好をした、ケバい少女である。

 破廉恥な事極まりない。

 既に相当酔っているらしく、左手に持った酒瓶から行儀悪くラッパ飲みしている。

 彼女は無意味にケラケラ笑いながら、テーブルに垂らした小瓶の聖水を楊枝で伸ばし、下手くそな似顔絵のようなものを描いている。まったく、なんと罰当たりな事か!


「……えーと。あの」

「ちーす。話は全部聞こえてたんで。そっちの自己紹介とか省略でオッケーっす」


 続く言葉に悩んでいると、振り向きもせず女は言った。


「……人の話しを――」

「ブッブー。つまんないんでスクワット3回っす」


 被せるように言われて唖然とする。


「……別に私は――」

「あたしの名前はヤレル=マンコビッチっす。マンコ先生かビッチ先生でいいっすよ」

「………………マ……いや、ビッチ先生で……」

「嘘に決まってんでしょ。相手がボケたらツッコむ。お笑いの基本すよ。おにーさんそれでも聖職者っすか?」


 座ったまま、仰け反るように振り返ってビッチ先生(仮)が言う。

 イオンは下品な先制パンチに眩暈がした。

 酷い名前に心から同情した気持ちを返して欲しい。

 それはともかく。


「……聖職者は関係ないと思うのですが」

「生殖とかけてんすよ。説明させんなっす。さっきと合わせてスクワット18回!」

「………………女性がそのような事を口にするべきではないと思うのですが」


 律義にスクワットしながらイオンが答える。


「わかってねーっすね。お笑いってのは意外性っすよ。女の自分が言うから面白いんじゃないっすか」

「……なるほど。意外性ですか」


 神妙に頷く。ふざけた女だが、一応ちゃんと笑いについて教えてくれているらしい。


「報酬はドンペリでオッケーっす」

「ドンペリ!? それはいくら何でも高すぎです!」

「冗談すよ。冒険者なんか野蛮人ばっかりっすから。とりあえず大袈裟に言っとけば笑ってくれるっす。下ネタも効果抜群っす。うひゃひゃひゃひゃ」


 酔っ払い特有のとろんとした目で言うと、ビッチ先生(仮)は腹を抱え、足をバタつかせながら大笑いした。


「ふむ。そういうものですか」

「そういうものっす。で、一番大事なのは笑顔っす。人を笑かしたかったらまずは自分が笑う事っす。とりあえず笑っとけばなんとなく面白い雰囲気になるもんす。ほら笑うっすさぁ笑うっす飛び切りの笑顔を見せてみるっす」


 せっつかれて、イオンは頑張って笑ってみせた。

 麻痺毒を受けて顔が引き攣ったようにしか見えなかったが。


「なに笑ってんすか!?」

「いや、だってあなたが……」

「今のはタイミングを外したりあべこべの事をやるっていうボケっす」

「……それも意外性ですか?」

「そーいう事っす。ショーに出るならいざ知らず、日常レベルのお笑いなら、簡単なコツを掴めば楽勝っす」

「そう言われましても。そもそも私には、なにが意外でなにがボケなのか判断がつかないもので……」

「だったら簡単っす。おにーさんが面白い事の出来ないクソ真面目なら、なんでもかんでもそっくりあべこべ、真逆の事をやればいいんす。そうすれば、真面目にやってても勝手に面白くなるはずっす」

「真逆の事をやる……。なるほど、それなら私にも出来そうです。ありがとうございますビッチ先生。私は遊び人というものを誤解していたようだ。私には、あなたが賢者のように見えますよ」

「遊び人のあたしが賢者っすか。それはおもれー冗談っすね。うひゃひゃひゃひゃ」



 †



「というわけで、私は暗黒神官になり、魔王様の配下に加わることにしたのです」


 唖然とする勇者のパーティーに告げると、イオンはニタリと邪悪な笑みを浮かべた。


「ふはははははは! 面白いでしょう? さぁ勇者殿、今一度私をあなたのお仲間に!」


 魔物の軍勢を引き連れたイオンを呆れた顔で見返すと、勇者のパーティーは声を合わせて言ったのだった。


「「「いい加減にしやがれ!」」」

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