第30話


 30話


 俺が勝つと疑うな。



「決勝戦!! 光 VS 子羽 !!」


 そのフロアはさっきよりも輝いていた。

 決勝と言うこの場を余すことなく見るように、観客は俺と子羽の事をずっと見ている。・・・いつもであればその視線に恐怖を感じていたのかも知れない。


 だけど、今はそんな余計な感情が入ってこない程、集中している。いつにもましてさらにいいダンスが出来ると。そう確信できる。


 ただ、それは子羽も同じようで。その強気な視線は俺に向けられている。


 先行を取ったのは・・・・俺だ。曲はポップミュージック。つまり俺の十八番。


 なぜここでポップが出てくるかは分からない。でも、ここを取らなければ勝つことは出来ない。


 ふぅ。まずは軽くヒットから。・・・・あぁハマる。・・・ダンスにはジャンルがあり、俺が踊っているポッピンはポップミュージックで踊るダンスだ。


 ならなぜ、他の曲でも踊っていたのか。・・・それは他の曲でも踊る事が出来るからだ。ポッピンに限らず、ブレイキンでもハウスでも、さらにはソウルだって、なんだって対応の曲はあるものだ。


 だけど、この大会ではそうはいかない。様々なジャンルが入り混じるこの大会において、自分が真に欲している、ジャンルの曲がかかる事は少ない。だから、それがハウスミュージックでも、ソウルミュージックでも踊るのだ。


 だけど、欲しい曲はそのダンスに合った曲。あくまで違うジャンルの曲で踊ってはそのダンスは満足に表現しきれない。だって、ジャンルが違うのだから。


 それなら。もし、自分のダンスジャンルが流れてきた曲にドンピシャダンたら。


 その瞬間だけは、本気のダンスを出せる。


「「「うぉぉぉ!!!!」」」


 ・・・・いい。練習の時と同等、もしくはそれよりもいいダンスが出来ている。


 ここまでポッピンを出さなかったのは、単純に流れが合わなかったのは有るが、一番大事だった曲との兼ね合いが悪かった。・・・俺が好きな曲ではなくて、どちらかと言うとヒップホップで踊った方がいい曲しか来なかった。


 だから・・・十八番であるポッピンを出せなかったストレスから解放されたように。もしくは、俺のダンスを見せるかのように。


 やっぱり、ヒップホップではポッピンと違ってダンスの雰囲気が大きく違ってきてしまう。だから、感覚が違ってきてしまうし。・・・やっぱり、自分自身踊っている時の癖が変わって来る。

 だから、俺はポッピンをポップミュージックで踊りたかった。それにここで見せる事が出来たのは、最高だ。流れが合っている。


 これなら勝てる!!!


 そう思い、子羽に番を渡した瞬間俺は想像もしていない事が起きた。・・・一瞬ありえないと思った。でもだからこそ、理解が出来た。


「なんでポッピンを踊っているんだ。ブレイキンのはずだろ。」


 誰にも聞こえないくらい、か細く小さな声は、俺を天から地へ引きずり降ろすような感覚に導いて行った。ブレイキンが相手だからこの曲であれば勝てると思った。


 思わず心が折れそうになる。

 ありえない。理解が出来ない。分からない。・・・そんな気持ちがあふれ出てくる。だって、ポッピンでも俺より上手いんだから。


 どれだけ最高のダンスをしても勝てる気がしない。


 二ラウンド。

 負けを確信した俺のダンスはまるで狼に食べられるような子羊のようだっただろう。・・・音すらちゃんと聞けない。そんな精神状態でのダンスはどれ程みじめであったか。・・・もうほとんど覚えていない。


 だけど、今の現状は理解できる。


 2ラウンド目の後攻。俺のみじめなダンスを子羽は煽っている。

 ・・・ダンス、これはダンスだといても戦い。バトルだ。慰め合い、分かち合い、そんなお子様ごっこはここではできない。


 バトルなんだから。

 その、煽りを返す方法はたった一つ。このバトルで勝つこと。


 そのみじめさが覆せるのは、バトルで勝つこと。


 パリンッ


 その何かが割れた音は・・・今回は聞こえた。


 その時から、みじめさとか、諦めとか無くなった。どうやって勝つか、それだけが頭の中をめぐる。


 脳みそが熱くなってくるが今は勝ちたい。


 だから、ここでダンスダンスは。・・・たぶんここでポッピンをやめるのは負けへ一直線になるだろう。ポッピン勝負で逃げたと思われたら、それで終わりだからだ。それなら、この子羽優勢の空気をどうやってひっくり返すか。


 逃げは無い。


 ポッピンの技術では負けている。それなら、ポッピンを踊っても負けるだけなのではないか?・・・もしここで、Xさんとのバトルでやった、あの周りを飲み込むようなダンスを出来たら。


 ・・・それなら、勝てるかも知れない。


 でも、あの時だってたまたまで時と場所が合ったから、出来た事だ。それにもし出来なかったら・・・


「・・・・・やるんだ。」


 俺は俺のダンスをするんだ。


 意識は沈んでいき、ダンスのこと以外考えられなくなってくる。・・・観客がいる事も、ジャッジがいる事も。そして、子羽がいる事も。


 ダンスを俺に染めていく。・・・真っ暗になった。


「お、オイ。あれは・・なんだよ。」


 そこには、真っ暗のそこに唯一見えたのは・・・壊れた人形。


 俺がいつもポッピンをして、思い浮かべているのは人形だ。動きは分かっている不自然な動きはしない。だけど、人間では敵わない動きをする。


 でも、それは関節がちゃんとあって、ちゃんと商品として成り立たせれるものだ。だから、人形っぽいし。

 でも、壊れた人形は?


 腕は折れていて、関節は満足に動かない。もしかしたら、関節は一回転してしまうかも知れない。

 ・・・あれ?壊れたと言ったら、バラバラだろう?一目で、壊れたなと分かる。・・・それはロボットダンスなんていえるのかもしれない。


 でも、あくまでもこれはポッピンであると分かる。


「・・・」


 そのダンスを見た観客は何も反応しない。・・恐怖に襲われたのか。もしくは、芸術を見ているようだったのか。


 ただ、俺のダンスに目を離せない。・・・・だけど、もう終わりだ。俺のターンが終わる。・・・折角勝って来たんだ。少しの無理くらい許されるだろう。


 その壊れた人形は、誰かの手によってドンドン治されていく。・・・修理されていった。その様子は、まるで諦めていない事を暗示するかのように。


 ・・・折れた腕。逆に曲がった関節。破けた服。取れていた眼球。錆びていた肌。無くなったはずの帽子。


 その全てが修理されていく。・・・最後は「折れた心」をはめて。


 出来上がり。


 ☆


「勝者 子羽」


 今できる最大のダンスをした。だけど、俺のダンスは子羽さんに届かなかった。・・・のばしたその手は、指一本触れず。


 ☆










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オンカウント 人形さん @midnightaaa

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