えがお

あきのななぐさ

登竜門にて

 その老婆は、テレビの前で笑っていた。


 老婆が見ていたその番組は、いわゆるお笑いやコメディで名を売ろうとする人たちの登竜門。数多くの個人やコンビが出演し、その芸を見せていた。


 とにかく面白いものを。


 そこではただそれだけが競い合われ、お茶の間を笑いの渦に飲み込んでいく。もちろん、老婆もその中の一人。ただ一人、薄暗い部屋で、その番組を見て目に涙を浮かべて――。



「それでは、グランプリを制したお二人から、それぞれ今の心境を答えてもらいましょう」


 司会の晴れやかな宣誓に呼応するように、それまで湧き上がっていたスタジオが、急に静けさに包まれていた。さっきまでとは違う雰囲気は、テレビの前にいる全国の人達にも伝わっていた事だろう。


 そんな中、見事にグランプリを制した二人組の一人が、そのマイクを手に取っていた。


「甲子園の土、もってかえります」

「負けてんやん、それ! ここ、テレビ!」


 相方のマイクをひったくるや否や、間髪入れずにいれるツッコミ。それは一つのアンコールのようなもので、誰もが予想していたものだった。


「もうええって。こんな時くらい、真面目でええから」


 司会の呆れた声にせかされ、二人はほんの少し居住まいをただす。それと同時にもう一つマイクを渡され、二人はそれぞれのマイクを握っていた。


「じゃあ、まじめな話で――。こいつは昔っからアホばっかりしとって、勉強もせんと、おちゃらけてて、親を泣かせてばっかりやったんですわ。女手一つで育ててもろたのに、こんな年になるまでこんな生活してて――。こいつの親、こいつのことで笑ったこと一度もないんですわ。顔合わしたら、怒るか、泣くかで――。しかも、親不孝なことに、こいつは親よりも先にボケ覚えてしもうて――、いや、もう同じやな?」

「ボケとんのはオマエや! オレ、ツッコミ! あと、ひとんちの事情、全国にさらすな! ボケ!」

「まあ、これでやっと報告できるんやろうけど。タカシのこと、わかってもらえるか心配です!」

「なんやねん、その感想! そんな心配、せんでええわ!」


 結局、真面目な感想は聞けないと思ったのだろう。その雰囲気を察した司会が、その場を締めにかかっていた。


「まあ、これまで色々と苦労された二人ですが、これからもさらに面白いものを見せてくれるでしょう!」


 栄光を称える言葉と拍手。それらを受けて二人は深々と頭を下げる。


 いつまでも続く拍手に、もう一度頭を上げた二人の顔。それは、ようやくつかんだ栄光に、とても晴れやかなものとなっていた。





「ほんま、おもろかったよ――」


 その一部始終を見ていた老婆の口から、ぽつりとその言葉がこぼれていた。



〈了〉


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