強敵を生み出さないために
俺は次々とStreptococcusを倒していった。
その甲斐あって、レベルも13に到達。Ageとかいう値は3に到達した。さて、一日目が終わったタイミングで、俺のステータスは次のようになっている。
Name:ケント
Age:3
Skill
・意思疎通
・帰還
・鑑定
・抗粘物質魔法(Lv.13)
現在使用可能な呪文
・ベンジルペニシリン
・βラクタマーゼ阻害剤
・メチシリン
新スキル、メチシリン。今の所、使い道が無いスキル。だが、この先、奴と出くわす事を示唆しているのだろう。
◆
メチシリンは元々、Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)を倒す為に開発された薬である。
黄色ブドウ球菌の特徴はグラム陽性(紫色)の球菌(体が丸い)。そして、ブドウのように密集している事が挙げられる。
実際、スタフィロ(ブドウの房という意味)のように密集した球菌(コッカス)の中でも黄色い(aureus)物だから、この学名が付いた。
黄色ブドウ球菌はベンジルペニシリンに対して耐性を持っている。βラクタマーゼの一つ『ペニシリナーゼ』を使って、ベンジルペニシリンを破壊するのだ。
そこで、人間は考えた。ベンジルペニシリンを改造して、ペニシリナーゼでも壊されない物質を作ったらどうだろうかと。
そうして出来たのが、『メチシリン』だ。
黄色ブドウ球菌のもっとも代表的な症状が「食中毒」である。
まず、黄色ブドウ球菌は高塩分濃度でも増殖が可能だ。つまり、漬物の中でも増殖する事が出来る。
そして、さらに厄介なことに、こいつが出す毒素の中には『耐熱性エンテロトキシン』という加熱しても失活しない毒素がある。「『茹でたら大丈夫だろ!』と思って食べると、ひどい下痢に襲われた。」そんな危険性がある訳だ。
◆
召喚されて二日目の朝。俺はサラに連れられて草原にやってきた。
「勇者様! なんですかあの、醜いスライムは!!」
「どれどれ? 出たか……」
球体のスライムが乱雑に積みあがって、一つの巨大なオブジェのように鎮座している。間違いない。あれは黄色ブドウ球菌だろう。
鑑定結果:Staphylococcus aureus
「スタフィロコッカスって名前のスライムだな。球体でブドウの房って意味だ」
「流石勇者様。それで、倒せそうでしょうか?」
「おそらく可能だ。『メチシリン』!! よし、倒せたな」
「良かったです。新種が見つかると、焦りますね」
「ああ。だけど、油断はできない」
「?」
「先ほど倒した奴。あいつは確かに『メチシリン』で倒す事が出来た。だけど、中にはメチシリンに対する防御を身に着けた個体や、果てには攻撃がほとんど通らない個体がいるんだ」
「な!! 紫色なのに、ですか?」
「ああ」
◆
人類がメチシリンを開発したように、細菌も進化をとげる。黄色ブドウ球菌の中にはペニシリン、メチシリン、その他多くのβラクタム系の抗生物質に対する耐性を獲得した物がいる。
MRSA。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌という名前だが、実際には多数の抗生物質に耐性を持つ厄介な菌だ。
「万が一、俺の毒を喰らっても瀕死で耐え抜いたやつがいたら、持てる限りの力を尽くして倒さねばならない。『瀕死だし放っておいたら死ぬだろ』と思って放置したら、進化してどんな攻撃も跳ね返す無敵なスライムになってしまう」
「分かりました。先ほどの個体は木っ端微塵になったので大丈夫でしょうけど、万が一に備えて死体を燃やしておきますか」
「そうしよう」
サラにも言った通り、『瀕死だし放っておいたら死ぬだろ』が細菌の進化を促す。日本でも問題になっている事だが、横着な患者は「治った! もう元気になったし、薬を飲まなくても大丈夫」みたいな適当な判断をしてしまい、結果患者の体内で無敵の菌が生み出されるケースが多々ある。
薬は、最後まで飲み切る事が大事なのだ。これ、テストに出ますよ!!
******************************
後書き失礼します。
ここまでで、グラム陽性の球菌の紹介が終わりましたので、少し短いですが、一区切りとさせて頂きます。
以下、グラム陽性球菌のまとめです。間違いがあれば指摘お願いします。
・レンサ球菌(Streptococcus)
・A群レンサ球菌Streptococcus pyogenes
<病態>
・化膿性疾患
咽頭炎・扁桃炎、蜂巣炎、皮膚だと「とびひ」、中耳炎や肺炎なども
・続発性疾患
猩紅熱、急性糸球体腎炎(III型アレルギー)、リュウマチ熱
・劇症型疾患
急速に多臓器不全になる。敗血症性ショック、軟部組織壊死、急性腎不全、成人型呼吸窮迫症候群など、命に係わる。
<治療法>
ペニシリン系薬剤の耐性菌がほとんど存在しない。よって、ペニシリンが第一選択薬となる。
セフェム系ならもう少し短い期間の投与で治せる。
なお、マクロライド系(エリスロマイシンなど)については近年耐性菌が増加しているらしい。
・肺炎球菌Streptococcus pneumoniae
<病態>
・肺炎
一般細菌が原因の肺炎の中ではトップ。
・急性中耳炎
乳幼児で問題になる。これは、耳管(口と耳を繋ぐ管)が短いから。
・細菌性髄膜炎
敗血症とその合併症として発症。発熱、頭痛、嘔吐、意識障害。神経学的後遺症のリスクもある。死亡率も数%あり、早期の治療が必要。
<治療法>
ペニシリン系抗生物質を使うのが一般的。ただし、近年耐性菌が増えている。
その為、「ペニシリン+βラクタマーゼ阻害剤」が推奨されている。
なお、セフェム系は、気道への移行が遅く、耐性が獲得されやすいので非推奨。
・ブドウ球菌(Staphylococcus)
・黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)
<病態>
・毒素性疾患
毒素性ショック症候群(TSS)、ブドウ球菌性食中毒、Ritter病など
※食中毒:この細菌は塩分濃度が高くても増殖するので注意が必要。また、耐熱性エンテロトキシンを産生するので、煮沸したから安心というわけではない。
・化膿性疾患
皮膚や軟部組織の感染症。具体的には膿痂疹(とびひ)や蜂巣炎。
・深部感染症
菌血症・敗血症、心内膜炎、骨・関節感染症、肺炎、その他色々。
<治療法>
ペニシリン系に対する耐性は獲得されている。
近年、メチシリンに対しても耐性を持ってしまった。これらはMRSAと呼ばれ、危険視されている。
MRSAには、バンコマイシンを使用するのが一般的だが、最近バンコマイシンに対する耐性菌も出現。
新たな種類の薬の開発・使用が進んでいる。
勇者「くらえ!抗生物質!!」スライム「ピギャアーー……」 青羽真 @TrueBlueFeather
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