強敵を生み出さないために

 俺は次々とStreptococcusを倒していった。

 その甲斐あって、レベルも13に到達。Ageとかいう値は3に到達した。さて、一日目が終わったタイミングで、俺のステータスは次のようになっている。


Name:ケント

Age:3

Skill

・意思疎通

・帰還

・鑑定

・抗粘物質魔法(Lv.13)

 現在使用可能な呪文

 ・ベンジルペニシリン

 ・βラクタマーゼ阻害剤

 ・メチシリン


 新スキル、メチシリン。今の所、使い道が無いスキル。だが、この先、奴と出くわす事を示唆しているのだろう。



 メチシリンは元々、Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)を倒す為に開発された薬である。

 黄色ブドウ球菌の特徴はグラム陽性(紫色)の球菌(体が丸い)。そして、ブドウのように密集している事が挙げられる。

 実際、スタフィロ(ブドウの房という意味)のように密集した球菌(コッカス)の中でも黄色い(aureus)物だから、この学名が付いた。


 黄色ブドウ球菌はベンジルペニシリンに対して耐性を持っている。βラクタマーゼの一つ『ペニシリナーゼ』を使って、ベンジルペニシリンを破壊するのだ。

 そこで、人間は考えた。ベンジルペニシリンを改造して、ペニシリナーゼでも壊されない物質を作ったらどうだろうかと。


 そうして出来たのが、『メチシリン』だ。


 黄色ブドウ球菌のもっとも代表的な症状が「食中毒」である。

 まず、黄色ブドウ球菌は高塩分濃度でも増殖が可能だ。つまり、漬物の中でも増殖する事が出来る。

 そして、さらに厄介なことに、こいつが出す毒素の中には『耐熱性エンテロトキシン』という加熱しても失活しない毒素がある。「『茹でたら大丈夫だろ!』と思って食べると、ひどい下痢に襲われた。」そんな危険性がある訳だ。



 召喚されて二日目の朝。俺はサラに連れられて草原にやってきた。


「勇者様! なんですかあの、醜いスライムは!!」


「どれどれ? 出たか……」


 球体のスライムが乱雑に積みあがって、一つの巨大なオブジェのように鎮座している。間違いない。あれは黄色ブドウ球菌だろう。



鑑定結果:Staphylococcus aureus



「スタフィロコッカスって名前のスライムだな。球体でブドウの房って意味だ」


「流石勇者様。それで、倒せそうでしょうか?」


「おそらく可能だ。『メチシリン』!! よし、倒せたな」


「良かったです。新種が見つかると、焦りますね」


「ああ。だけど、油断はできない」


「?」


「先ほど倒した奴。あいつは確かに『メチシリン』で倒す事が出来た。だけど、中にはメチシリンに対する防御を身に着けた個体や、果てには攻撃がほとんど通らない個体がいるんだ」


「な!! 紫色なのに、ですか?」


「ああ」



 人類がメチシリンを開発したように、細菌も進化をとげる。黄色ブドウ球菌の中にはペニシリン、メチシリン、その他多くのβラクタム系の抗生物質に対する耐性を獲得した物がいる。

 MRSA。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌という名前だが、実際には多数の抗生物質に耐性を持つ厄介な菌だ。


「万が一、俺の毒を喰らっても瀕死で耐え抜いたやつがいたら、持てる限りの力を尽くして倒さねばならない。『瀕死だし放っておいたら死ぬだろ』と思って放置したら、進化してどんな攻撃も跳ね返す無敵なスライムになってしまう」


「分かりました。先ほどの個体は木っ端微塵になったので大丈夫でしょうけど、万が一に備えて死体を燃やしておきますか」


「そうしよう」


 サラにも言った通り、『瀕死だし放っておいたら死ぬだろ』が細菌の進化を促す。日本でも問題になっている事だが、横着な患者は「治った! もう元気になったし、薬を飲まなくても大丈夫」みたいな適当な判断をしてしまい、結果患者の体内で無敵の菌が生み出されるケースが多々ある。


 薬は、最後まで飲み切る事が大事なのだ。これ、テストに出ますよ!!





******************************

 後書き失礼します。

 ここまでで、グラム陽性の球菌の紹介が終わりましたので、少し短いですが、一区切りとさせて頂きます。



 以下、グラム陽性球菌のまとめです。間違いがあれば指摘お願いします。


・レンサ球菌(Streptococcus)

 ・A群レンサ球菌Streptococcus pyogenes

  <病態>

  ・化膿性疾患

   咽頭炎・扁桃炎、蜂巣炎、皮膚だと「とびひ」、中耳炎や肺炎なども

  ・続発性疾患

   猩紅熱、急性糸球体腎炎(III型アレルギー)、リュウマチ熱

  ・劇症型疾患

   急速に多臓器不全になる。敗血症性ショック、軟部組織壊死、急性腎不全、成人型呼吸窮迫症候群など、命に係わる。

  <治療法>

  ペニシリン系薬剤の耐性菌がほとんど存在しない。よって、ペニシリンが第一選択薬となる。

  セフェム系ならもう少し短い期間の投与で治せる。

  なお、マクロライド系(エリスロマイシンなど)については近年耐性菌が増加しているらしい。

 ・肺炎球菌Streptococcus pneumoniae

  <病態>

  ・肺炎

   一般細菌が原因の肺炎の中ではトップ。

  ・急性中耳炎

   乳幼児で問題になる。これは、耳管(口と耳を繋ぐ管)が短いから。

  ・細菌性髄膜炎

   敗血症とその合併症として発症。発熱、頭痛、嘔吐、意識障害。神経学的後遺症のリスクもある。死亡率も数%あり、早期の治療が必要。

  <治療法>

  ペニシリン系抗生物質を使うのが一般的。ただし、近年耐性菌が増えている。

  その為、「ペニシリン+βラクタマーゼ阻害剤」が推奨されている。

  なお、セフェム系は、気道への移行が遅く、耐性が獲得されやすいので非推奨。


・ブドウ球菌(Staphylococcus)

 ・黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)

 <病態>

 ・毒素性疾患

  毒素性ショック症候群(TSS)、ブドウ球菌性食中毒、Ritter病など

  ※食中毒:この細菌は塩分濃度が高くても増殖するので注意が必要。また、耐熱性エンテロトキシンを産生するので、煮沸したから安心というわけではない。

 ・化膿性疾患

  皮膚や軟部組織の感染症。具体的には膿痂疹(とびひ)や蜂巣炎。

 ・深部感染症

  菌血症・敗血症、心内膜炎、骨・関節感染症、肺炎、その他色々。

 <治療法>

 ペニシリン系に対する耐性は獲得されている。

 近年、メチシリンに対しても耐性を持ってしまった。これらはMRSAと呼ばれ、危険視されている。

 MRSAには、バンコマイシンを使用するのが一般的だが、最近バンコマイシンに対する耐性菌も出現。

 新たな種類の薬の開発・使用が進んでいる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者「くらえ!抗生物質!!」スライム「ピギャアーー……」 青羽真 @TrueBlueFeather

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ