新たな呪文
「早速だが、スライムを狩ろうと思う。あの森は、結界の範囲外なのか?」
「そうですね。たぶん、そこら中にいると思います」
「よし。じゃあ向かいますか!」
◆
「Streptococcus pyogenesばっかりだな……」
「ストレプト? えっと?」
「この蛇みたいなスライムの事。俺達はそう呼ぶんだ」
「そうなんですね」
「こいつらは、レベル0でも倒せるからいいけど、他の菌が出てきたら嫌だなあ」
A群レンサ球菌はペニシリンに対する耐性化がほとんど進んでいない、数少ない細菌である。
耐性化とはなにか? 簡単に言えば、細菌が『薬に対向する手段』を獲得する事を示す。細菌は進化する。薬に曝されている内に、薬で死なない奴が生まれる事があるのだ。具体的にはペニシリン分解酵素『βラクタマーゼ』を使って、ペニシリンを不活化するのだ。実はもっとヤバい耐性株もいるのだが、今は考えないでおこう。
今の日本ではベンジルペニシリンはほとんど使用されていないのだが、それは耐性株が増えたことも原因の一つである。
「勇者様。それはフラグかと……」
「え゛?」
「向こうにいる菌、ストレプト何とかとは違う種類ではないでしょうか?」
「うわあ。鑑定するまでもなく、何かわかっちゃったよ……」
俺たちの視線の先には、紫色の真ん丸な体が二つ繋がったスライムがいた。先ほどから倒している、『蛇型スライム』が短くなっただけに見えるが、おそらくあれは……
「『エグザミン』」
鑑定結果:Streptococcus pneumoniae
やっぱり。肺炎球菌でしたか。
◆
肺炎球菌。その名の通り、肺炎の原因菌の一つである。
学名に『pneumoniae』が付く菌は総じて肺炎の原因になる菌なのだが、その中でも最もメジャーな菌と言っていいだろう。
実は、肺炎球菌は肺炎以外の病態も示す。それが『急性中耳炎』である。耳と口が繋がっている事は有名だろう。さて、乳幼児は顔が小さい分、口腔内と耳の距離が近い。口の中にたくさんいる肺炎球菌が、何かの拍子に耳の中に入り、中耳炎を引き起こす事があるのだ。
また、細菌性髄膜炎の原因にもなったりする。これは、血管やリンパ管を通じて肺炎球菌が脳(正確には髄膜だが)に到達し、そこで激しい炎症を引き起こして起こる。神経学的な障害が残る事もあり、大変危険である。
肺炎球菌の特徴は『紫色の真ん丸な体が二つ繋がっている』である。紫色なのは、グラム陽性菌だから。真ん丸な体が二つ繋がっているのは、肺炎球菌が『双球菌』の一種だからだ。
こいつは、紫色=グラム陽性菌なので、ペニシリン系に弱いはずだ。だが、肺炎球菌の中には『βラクタマーゼ』を持つ物が存在する。そいつらにはペニシリンが効かない。こいつは、どっちだ?
◆
「Streptococcus pneumoniaeだな。倒せると思いたいが、失敗する可能性もある」
「またストレプト何とかですか?」
「ストレプトは『鎖状で曲がる』という意味で、コッカスは『球体』って意味なんだ。」
「確かに、蛇型の菌もストレプトでコッカスですね」
「似た種類だけど、胞子の毒性が違う。だから、似た名前を付けているんだ」
「なるほどです。それで、失敗する可能性があるとのことでしたが……」
「ああ。今の魔法で倒せなかった場合、逃走しよう。逃げ切れるよな?」
「はい。大丈夫なはずです」
「じゃあ、行くぞ。『ベンジルペニシリン』」
「「やったか? あ、これもフラグ……」」
白い煙が一帯を覆うも、双子スライムは苦しむ様子がない。
「くっそ、βラクタマーゼを持っているのか! 逃げるぞ!」
「ええ!」
俺たちはその場を逃げ出した。あいつを倒すのは、新しい魔法を手に入れてからだ!
◆
その後はA群レンサ球菌を狙って倒した。何度も何度も倒していると、とうとうその時が来た。
<Ageが上がった! 1→2>
<抗粘物質魔法のレベルが上がった! 4→5>
<抗粘物質魔法に新たな魔法が追加された!>
Name:ケント
Age:2
Skill
・意思疎通
・帰還
・鑑定
・抗粘物質魔法(Lv.5)
現在使用可能な呪文
・ベンジルペニシリン
・βラクタマーゼ阻害剤
「よっしゃ! 来たぞ! 手に入った!」
「どうかされました?」
「ああ。新しい呪文を手に入れたんだ! これでさっきの双子スライムにリベンジできるぞ!」
「本当ですか! 早速向かいましょう!!」
◆
βラクタマーゼ阻害剤。その名の通り、βラクタマーゼを阻害する薬だ。ペニシリンを阻害するβラクタマーゼを阻害する薬。なんだかややこしいが、要するに敵の防御力を下げる事が出来ると考えればよいだろう。
「さあ、リベンジだ。『βラクタマーゼ阻害剤』からの『ベンジルペニシリン』!!」
「ピギャアーー……」
スライムは苦しそうに暴れ出し……
――バフン!!!!
爆発四散した。
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